バーベキュー
澄み渡る空の下、水に濡れる美少女。
艶やかなアイシャの髪から零れた雫が、肩から鎖骨へと重力に従い落ちていく。小さな胸を隠す水着から、水滴が絶妙にくびれる腰へと流れ、ゆっくりと砂浜に落ちた。
これ以上に、眼福な光景がこの世に存在するだろうか。
「いや、しない」
「何を一人で言ってるんですか、ナハト様…………」
アイシャを凝視していると、訝しむような視線でナハトを睨んできた。
「いやなに、食料問題も解決したことだ。そろそろ私も見ているだけではなく、参加しようと思ってな」
「そのためにレヴィさんを呼んだのですか…………」
アイシャが納得と呆れが入り混じった瞳でナハトを見ている。
だが、もともと和の国での目的は観光なのだ。ならば、目一杯遊ぶことは使命と言えるだろう。
「せっかくの海だ、ここは一つマリンスポーツを楽しもうじゃないか!」
そう言って、ナハトが取り出したのは一枚の板である。
「ナハト様、それは?」
「万能ボードと言ったところか、水陸空、魔力を込めれば滑れる移動用の道具だ」
最も、出せる速度は魔力に比例し、普通なら二十キロも出れば上出来な代物である。
「これを使ってウェイクボードをやろうではないか」
「うぇいくぼーど? ですか」
本来はボートに引っ張って貰いながら、ボードに乗り水面を滑走するマリンスポーツである。が、そのために必要な水陸兼用の魔導ジェット、『変態よススメ』1号~7号は他の仲間が所有しているため、動力がないのだ。
「代わりに、動力は私が引き受けよう、さあアイシャ、共に遊ぼうじゃないか!」
「怖いから嫌です」
一瞬の間さえない即答。
ナハトは膝から崩れ落ちた。
「大丈夫だ、怖くなんてないよ! 転んでも下は水だから痛くないし、最初はゆっくりするから、な?」
「ナハト様――」
真剣な瞳でナハトを見るアイシャ。
「はい」
ナハトも思わず、真剣に答える。
「ナハト様は嘘をつきません、ですから、最初はアイシャに合わせてゆっくりしてくれるのは本当なのでしょう」
「それは、勿論。だから安心して乗るが良い」
そんなナハトの返答に、アイシャはため息を一つ。
「で、その後は速度を上げて、怖がるアイシャを見て楽しもう、なんて考えてないですよね?」
「…………カ、カンガエテナイヨ……?」
アイシャが背を向けて去っていく。
再び、ナハトはゆっくりと崩れ落ちた。
仕方がないので一人楽しそうに砂城を建設するヨゾラを引っ張て来て、ボードに足を固定する。
「ちょっと! なにすんのよ!」
「ふむ、一人で寂しそうだったからな。シュテルと遊ぶ前の実験台――もとい、一緒に遊ぼうじゃないか、ヨゾラよ」
「はぁ? なんで私がってきゃああああああああああああっ!!」
残念だが、拒否権はない。
「ちょ、もうちょっとゆっくり! ひゃ、ふぁ、あ、べし――」
何度か海面に倒れ込んだヨゾラだったが、すぐにコツを掴んだのか最後の方はもっと速度を出しなさいよ、とリクエストするくらいには楽しんでいた。
ヨゾラを砂浜に送ると、すぐにシュテルがぴょこぴょことやってきて、
「ママ―っ! シュテルも、シュテルもっ!!」
なんてハイテンションで言う。
勿論ナハトはシュテルの望みを叶える。
「あははははははー、すっごーい!! はっやぁーい!!」
抜群の運動能力を持つシュテルはバランスを取るなど朝飯前。飛び跳ねる、回転する、果てはバク転から三回転など人間業じゃないパフォーマンスをこなすほどである。
「うむ、流石は私の娘だな」
「えへへー」
シュテルと遊び、興味を持ったハルカとヒユキも順番に乗せ、最後の最後で、アイシャもボードに乗ってくれた。
日がゆっくりと沈みだすまで、ナハトたちは海を満喫した。シュテルやアイシャたちは疲れ果ててビーチチェアで横になるほど、はしゃいでいたのだ。
ナハトはバーベキューのために、一人準備を黙々とこなす。
徐々に日の色が茜色に染まっていき、完成したヨゾラの超大作を鮮やかに照らしていた。
「我ながらいい出来」
思わず状態保存をかけたくなるような立派な城を見て、ヒユキが笑った。
「なによ、なんか文句でもあるの――」
「いや、そうじゃなくてさ――ヨゾラが普通の女の子みたいで驚いてるだけ」
「失礼ね――武家であることと、私がヨゾラであることは別物よ。せっかくできた貴重な時間を有意義に使わないのはバカのすることだわ」
「なんか、ヨゾラらしいね」
そう言って、ヒユキは苦笑する。
そんな中で、太陽が沈み切るよりも前に、打ち上げ会場へとやってきた者が二人。
「新鮮な魚! 肉! バーベキュー!」
一人は言うまでもなく、色気より食い気なサキュバス、フィルネリア。
「ケンセイはまだ仕事か?」
「事後処理も大変なのよ。なにせ、貴方たちは和の国の誰もが成し得なかった三界の主を討伐したのだから」
ナハトの問いに、コノハが答えた。
「…………ちょっとくらい私を待っててくれたっていいじゃない……てか、あんたも手伝いなさいよ…………」
恨めしそうなフィルネリア。
最も、ナハトはそんなフィルネリアにヤマタ討伐の功をほとんど渡してある。公式記録にも、扉の先より訪れた魔族の協力の下、和の国の総力を挙げて討伐に成功、となるはずである。出世の足掛かりになるかもしれないのだ、感謝して欲しいくらいである。
「では、ケンセイには悪いが、始めるとするか――」
アイシャやハルカなど、悪酔い組にはジュースを、コノハやナハトは酒を注いだグラスを掲げる。
「シュテルのヤマタ討伐を祝して、乾杯っ!」
「「「乾杯!」」」
鉄板で肉と魚を焼いていく。
同時に、アイシャのためにネギ焼きそばを作ったり、シュテルのためにハンバーグを焼いたりと、ナハトは休むことなく手を動かす。
「働き者だね~、ナハトちゃんは~」
「なに、料理はもう趣味のようなものだからな」
鉄板料理に舌鼓を打つ中で、思い出したかのようにアイシャが口を開いた。
「そう言えばナハト様、もう始めちゃってますが、レヴィさんは帰ってきてないですよね?」
「ふむ、そう言えばそうだな、遅刻――――いや、ちょうど帰ってきた所のようだ」
その接近を最初に感知したのはナハトだ。
だが、すぐにアイシャ達もその存在を知覚する。
なにせ、それは――水平線の彼方にあってなお、視認できてしまうのだから。
「ふぇ、ふぇええええええええええええええええええええ」
海を泳ぐ長大な龍。
泳ぐだけで津波が引き起こされそうな巨体が蠢いているが、波が立つことはない。
「ちょ、ナハトちゃん!! あれって…………まさか……」
ハルカの呆然とした声が響く。
「うむ、指令通り、大物を仕留めてきたようだな」
龍の姿をとったレヴィが引き摺る獲物。
それはさながら、島を引き摺って移動させているかのように見える、巨体であった。
「コノハよ、悪いがケンセイに謝罪しておいてくれ。仕事を増やして悪かった、と」
茫然とする皆を置き去りに、ナハトは一人そう言った。
 




