打ち上げ
穏やかに降り注ぐ陽光が延々と広がる海面をキラキラと照らしていた。
そんな海よりもなお、キラキラとした満面の笑みを浮かべるシュテルが勢いよく海へと駆け出す。
「うみだぁあああああああぁ! ひっろーいっ!! ママぁー、パパー、はやくはやくー!」
一人、花柄ワンピースの水着を着込んだシュテルが我先にと駆け出した。
シュテルの強い要望で、ナハトはハルカの案内のもと、和の国が誇るイワテの海に足を運んでいた。
ハルカが姫巫女として生活をしていた春雷殿を貸し切りにしているので、ビーチにいるのはナハトたちと巫女たちだけである。
そうであるならば、恥ずかしがるアイシャに防御力の低い水着を着せることはナハトの使命と言えるだろう。
本当であれば、ウィルさんの力作であるスクール水着を着て欲しい所なのだが、拘り過ぎるウィルさんの作品は、失敗作でありながら古代級の力を秘める逸品なので、ナハト以外では装備することができないのである。
流石は究極宝具のスク水を作ろうとした男である。
仕方がないので、アイシャにはシンプルな白のビキニを着て貰っている。
「ぅぅ……なんか、布面積が少ないような…………」
親衛隊が手掛けた作品なので、そこら辺はお察しであろう。
だが、着心地や性能は並ではない。見えそうだが決して見えず、残念なことにポロリの可能性もゼロである。
ナハトもアイシャと対になるような黒の水着を着込み、砂浜へと足を乗せる。
「ヒユキお姉ちゃんもー、はやくーはやくー!」
長い人生で初めて見る海にシュテルは大はしゃぎだった。
「あんまりはしゃぐと危ないよ、シュテルちゃん」
新雪のような髪を靡かせるヒユキは水色と白のボーダー柄の水着を、ハルカは明るめな桜色の水着を、ヨゾラは水玉模様の水着を着ている。
どれも、ナハトが持ち込んだものである。
それは決して、やぼったい和の国の水着を嫌ったから、ではない。
春先の海はまだ少し冷たく、海水浴には早い時期なので、それでも完璧に楽しめるように保温効果を持つ水着を配布する親切極まりない気遣いなのだ。
決して、色気のある水着で戯れるアイシャたちを見たいがための欲望などではない。
ビーチパラソルをはじめ、椅子やテーブル、ドリンクの準備を終えたナハトは、水をかけ合いはしゃぐアイシャ達を見ながら、海岸にて釣り糸を垂らした。
ナハトがのんびりと座る頃には、シュテルの遊びは、渡しておいたビーチボールへと移行していた。
「必殺、シュテルレシーブ、です!」
「ちょ、シュテル、海面を走るのは反則です!」
「そう言うアイシャちゃんも~、精霊魔法は禁止じゃないの~?」
「それを言うならハルカ様、魔法の使用は禁止じゃないんですか!」
そのうちボールが破裂しそうだなと思いながら、ナハトは楽し気に笑うアイシャを見る。
アイシャは、この前の戦で最後の最後にナハトを頼ろうとしたことが原因で、少しだけ落ち込んでいたのだ。アイシャは十分すぎる程シュテルを支えて戦ったし、最後の救援も、ナハトがギミックを説明していなかったのがそもそもの原因なので、アイシャに落ち度はないのである。それに、シュテルを思っての行動で、ナハトがアイシャに腹を立てることなどあり得ないのだ。
シュテルと同じく、はじめて見る海で遊ぶアイシャは、いい感じに気分転換ができているのだろう。
「ふむ、そう言えば一人足りぬな――」
視線を砂浜に動かすと、一人黙々と砂の城を建設するヨゾラの姿があった。
根っからのボッチにも見えるが、魔法を駆使して、掘を作り、石垣をくみ上げ、天守閣まで再現しようとする辺り、あれはあれで楽しんでいることが伝わってくる。
柔らかな日差しを受け輝く白い肌を鑑賞すること一時間。
「おかしい」
ナハトは苛立たし気にそう呟いた。
「なぜ、釣れない…………」
糸を垂らし、のんびりとアイシャを眺めるだけで一時間はすぐに過ぎ去った。
だが、その間当たりが一匹もないとはどういう了見なのか。
ハルカが言うには、まるっきりの素人でも、イワテの海なら簡単にかかると言っていたはずなのにだ。
「あはは~、魚が~、ナハトちゃんの気配に怯えてるからじゃないかな~」
確信を突くハルカの指摘にナハトは屈辱に顔を歪める。
「なぜだ、魔力は十分抑えているはずだ」
「いや~、イライラしてるナハトちゃんには、魚は近づかないよね、うん」
浅瀬では、シュテルが素手で獲物を捕らえていた。
それほどまでに魚はいるのだ。
なのに、ナハトの竿はピクリともしない。
「私の完璧な海の幸バーベキュー計画が、潰えるだと…………」
シュテルのために、取れたての魚を大量に釣り上げるはずだったのに。これでは母親としてのメンツが丸潰れである。
「フィルネリアさんに後始末を押し付けた罰ですね」
遊び疲れたのか、少し休憩です、と隣に来たアイシャがそう言う。
「ははは、それはあいつが進んでやってくれているだけだ。それに、夕方のバーべーキューには参加すると言っていたしな、何も問題はない」
ちょっとナハトが説得しただけで、喜びの涙と共に頷いてくれたのだ。
家族と過ごすナハトの大切な時間のために犠牲になったのだ。フィルネリアも本望に違いない。
「しかし、魚が釣れないのなら仕方がない――」
「「ちょ、ナハトちゃん(様)!」」
魔力を練り上げたナハトに反応する二人の声。
だが、ナハトは気にも留めず扉を開く。
「――大罪悪魔召喚」
手を翳した虚空を闇が呑み込み、扉の先から女が顕れる。
「ふぁー、なんだい、こんな時間に――悪魔の就業時間0時からなんだぜ、主様」
わざとらしくあくびをかまし、心底めんどくさそうにレヴィが言った。
「年中働いてない悪魔が就業時間とは笑わせるな、レヴィ」
「はっ、僕ほどの大悪魔ともなれば、地底の無の管理で大変なのさ。主様は分かってないねー」
なんて胸を張って言うレヴィ。
「何時の時代の話だ――お前、今は私の保有空間にいるだろう? つまり、私に呼ばれない限りお前はただのニートだな」
「に、に、ニートちゃうわ! これでも僕は、三本の指に入る大悪魔なんだぞ! 偉いんだぞ! まったく、主様はなんにも分かってないんだから」
過去の栄光に胸を張るレヴィ。
ナハトはそんなレヴィにため息を返す。
「まあいい。仕事だレヴィ、ありがたく働くが良い」
「はぁ、で、何をすればいいんだい?」
「今日の夕食を集めてこい。精々大物を仕留めてくるんだな」
そうナハトが言うと、レヴィは心底つまらなそうに肩を落とす。
「はぁ…………僕って結構凄い悪魔なんだけどな……なんで毎回呼び出される度にパシリなんだよ……てか、それくらい自分でやったらどうなんだい?」
「ナハト様はさっき失敗してましたから」
「ちょ、アイシャっ!?」
思わぬ伏兵にたじろぐナハト。
「あれだけ危険だって言ってたのに、こんなことでレヴィさんを呼ばないでください!」
「ぷっ、ぷぷぷ、そっかー、ちゃんと主様ができないことのために呼ばれたんだね、ぷっ、じゃあ、僕が代わりにやったげようじゃない――」
レヴィの言葉がピタリと止まり。
同時に、光龍の楔がレヴィの肢体を艶めかしく拘束する。
「――あはは…………冗談、冗談だから……こんな場所で龍撃魔法はだめだって、主様……!」
「死ぬか、失せるか、一秒で選べ」
「それでは食料調達にいってまいりまーすっ!!」
そう言って、レヴィは逃げるように駆け出した。




