エピローグ
まるで遊び疲れた子供のように、穏やかな寝息をたてて眠るシュテル。
ヤマタに止めの一撃を放った後、糸が切れたかのように眠ってしまったシュテルは、太陽が中天にかかるまで、ぐっすりと眠ったままであった。
随分と無理をしていたが、彼女の母親が言うには、体には何も問題はないとのことである。
今はただ疲れを癒すために、眠っているだけであった。
ヒユキは穏やかに眠るシュテルの手を取る。
正直に言えば、ヒユキも一晩眠ったぐらいでは全然疲労が抜けないが、こうしているとどこか心が安らいで、疲れが吹き飛んでしまうような気がする。
小さな手だった。
握れば折れてしまうのではないかと不安になるほど、小さな手。
この小さな手が、何度も、何度も、何度も、ヒユキを助けてくれた。
いっぱい、いっぱい、ありがとうと、伝えたいなと手を握る。
「…………ん……あ……ママぁ……?」
ふにふにとシュテルの手を握っていると、目を開いたシュテルが寝ぼけ眼でそう言った。
ぱちくりと、何度も瞬きを繰り返し、やがってぱっちりと開いた瞳がヒユキの姿を映し出した。
「……あ、ヒユキおねえちゃんだ、おはよう~」
「おはよう、シュテルちゃん、もうお昼を過ぎてますけどね」
ぼーっとしていたシュテルの瞳が、勢いよく見開かれた。
「たたかいはっ!? シュテル、かったよね!? ね?」
「――うん、勝ったよ、シュテルちゃんが頑張ってくれたおかげだね」
「そっかー、よかったぁー」
なんて、心底嬉しそうに言うシュテル。
ヒユキもつられるように、笑みを浮かべた。
「――ねぇ、シュテルちゃん。どうしてシュテルちゃんは戦ってくれたの? 私を助けてくれたの?」
シュテルと出会って、一方的に押しかけられて、一緒に遊んで、ヒユキにとってははじめてできた友達で、特別な人であったことは間違いない。
大切な人のために、シュテルのために姫巫女の使命を果たそうと、ヒユキに思わせてくれた人だ。
だけどそれは、ヒユキが思っていただけで。
だから、理由を聞きたかった。
小さな体を酷使して、命の危険さえ冒しながら、危険に挑んでくれたのはどうしてですか、と。
そんなヒユキの疑問に、
「シュテルがたたかいたかったから?」
なんて、疑問符混じりの言葉を返す。
呆気にとられるヒユキがずっこけそうになっていると、シュテルは再び口を開いた。
「んーと、よくわかんないんだけどね――たぶん、ヒユキおねえちゃんが笑ってなかったからかな」
「え――?」
「ヒユキおねえちゃんはきれーだったけど、きれーじゃなかったから! おまつりのときも、ねむってたときも、遊んでたときも、おでかけしたときも、ぜんぜん笑ってなかったから、だからたすけたいっておもったんだよ?」
「……笑えて、なかったかな?」
「あい」
「心配、してくれてたんだ」
「あい」
「…………ありがとう、シュテルちゃん!」
シュテルの手をぎゅっと握って、ヒユキは言う。
目には涙が浮かんでしまって、彼女の前では、いつもヒユキのほうが子供になってしまうなって、そう思う。
「だからね、笑って、ヒユキちゃん」
今にも泣きだしそうなヒユキに、シュテルはそう言う。
笑って、っと。
それだけが、望みなんだよ、って、そう言う。
小さな子供の願いを叶えるために、
ヒユキは涙混じりの顔のままで、
心からの笑みを浮かべたのだ。




