全力全開
変化は一瞬にして訪れた。
ヤマタと相対していたシュテルの姿が、陽炎のように揺らいだ瞬間。世界が霧の中に閉ざされた。
ヤマタがシュテルを見失う。
すぐさま熱感知に切り替えるヤマタの感覚が捉えたものは、人の形をした無数の熱源だった。
十、二十、三十。
唐突に現れた反応に、ヤマタは混乱していた。
試しにブレスを放ってみるが、手ごたえを感じない。
消えた人型は別の場所で復活し、傷ついた霧はすぐさま傷を覆い、再び暗闇の世界が訪れた。
混乱は加速する。
地の底に流れる力の源に、ヤマタとは別の意思を感じた。目が覚めた時と同じだ。何者かに領域を脅かされている、そう思った瞬間。体に流入していた無限の力が、失われた。
それは、ヤマタにとって特大の焦燥だった。
真っ赤に塗りつぶされた感情を吐き出そうと、雄叫びを上げようとしたそんな時だ。
無音を破ったのはヤマタの咆哮ではなく――爆炎と衝撃波だった。
空から降る何かが、ヤマタの頭上に降り注いだ。
まるで、霧の中が見えているかのようにヤマタの頭部に爆撃が襲う。
それは、知っている痛みだった。何処に潜んでいたのかは知らないが前にもあった羽虫からの攻撃だろう。だから、空からの攻撃は、待っていればすぐに収まる。
ヤマタは小さく丸まって、痛みを耐えようと防御を固めようとした。
だが――
「属性付与」
そんな声と共に、圧力が増した。
爆炎が収束し、狙い打たれた頭部の一つが膨大な熱量に飲み込まれ、灰と化した。
「「「グルゥオオオオオオオオオッ!!」」」
怒りと共に、空にブレスを放つヤマタ。振り払った霧の隙間から敵を探すべく空を見上げたヤマタの首の一つに、痛みが走る。
「立花流刀術奥伝――――桜花双影斬っ!!」
小太刀が魔力を帯びて肉を切り裂き、影を追うように魔刀が閃く。
薄闇の尾を引いて、ケンセイの剣撃がヤマタの首を両断した。
首が地に落ちた瞬間、視界が一気に晴れ渡る。
何十と感じていた熱源も同時に消え失せていた。
知覚が正常に働き出したヤマタが捉えた敵影は三つ。
大地にケンセイとアイシャが、空にシュテルが佇んでいた。
首を刎ねたケンセイがヤマタにとって一番近くの獲物であった。だから、米粒のようなケンセイに向かってヤマタは牙を伸ばした。
ケンセイは夜色の衣を纏った刀で迫る牙を受け止めると、衝撃を殺すように大きく飛び上がる。人間など、十人は一飲みできそうなヤマタ相手に、紙一重で刀を合わせ、即座に退避へと移るケンセイは流石だといえる。
だが、それもヤマタにとっては悪あがきに映った。
二度、三度と繰り返せば、確実に殺せる。
それは、事実であったが、実行はできなかった。
空から重々しい圧力を感じたからだ。
決して無視できぬ脅威。
尋常じゃない重圧が、ヤマタの追撃を止めたのだ。
「――四竜招来――」
逃亡か、迎撃か。
全神経を上空に佇む小さな敵に向ける。
だが、状況はヤマタにとって優しくなることはなかった。
「――竜魔法――」
脅威は、一つではなかったからだ。
そうしてようやくヤマタは気がついた。
敵は、攻撃を加えようとしているのではない。
止めをさしにきているのだ、と。
◇
短期決戦。
それこそが、アイシャの思い描く未来絵図である。
大切なのは仲間との連携とタイミングだ。
間に入るアイシャは、仲間の連携を図りつつ、自分の能力を切り替えなければならない。
幸運なことに、ヤマタはシュテル以外をまるで警戒した様子がない。
そのシュテルが相手でも、ヤマタは危機感を抱いてはいないだろう。
強者の慢心、それこそが付け入る隙であった。
エルフの里での戦いのように、水の大精霊の力を借りてフジ大山一帯を霧で覆う。
同時に、大精霊の力で人と同じ体温の水人形を精製して、ヤマタの混乱を誘う。
《大切なのは、正面から戦わないことです》
そうアイシャが言うと、シュテルだけはえーっと文句をこぼしていた。
だが、一対一で相対した場合、間違いなく誰もヤマタには敵わない。
重要なのは、ヤマタの攻撃対象を一点に絞らせないことである。
《そのためにまず、パーティを二つに分けます。一つはアイシャとケンセイさん、もう一つはシュテルと飛竜隊です》
神願祈祷術式によって、魔素の流れを遮断すれば、ヤマタは必ず動揺するだろう。
その隙を狙って、まず飛竜隊による爆撃の第一波を放つ。
アイシャやシュテルにとって、精霊の生み出す霧は晴れ渡る大空と何ら変わらない。精霊が教えてくれる気配の先へ、誘導し攻撃する。多少ずれが生じても、シュテルが風の精霊の力を借りて誘導すれば外れることはない。
攻撃を受ければ、ヤマタの注意は上空に向けられるだろう。
確実に、脅威は上空にあると思わせるために、第二波の爆撃は一本の首を狙って集中させ、シュテルの属性付与によって火力を上げる。灼熱の力を帯びた爆撃がヤマタの首に致命傷を与える。
意識が上に向かったところで、アイシャの誘導を受けたケンセイが新しい脅威となる。
ヤマタに斬りかかる一瞬で。アイシャは己の力を切り替える。
技能、龍巫女の調べの強化効果を受けたケンセイが、見事なまでの剣技でヤマタの首を斬り落としてくれたおかげで、ケンセイは明確な脅威となった。それも、より手が届きやすい絶好の獲物がヤマタの目の前にいる、と認識させることができたのだ。
《飛竜隊には陽動を、ケンセイさんには囮をお願いしたいんです、やってもらえませんか?》
アイシャがそう聞くと、どちらも即答で引き受けてくれた。
特にケンセイなど、一番危険な役回りになるが、怪物討伐の一助となれるなら使い潰されても本望、と覚悟の篭る声で言ってくれた。
ケンセイに意識が割かれ、上空への攻撃が緩んだ瞬間。シュテルが全力を解放する。
四本の首を狩れる、と言ったシュテルの攻撃だ。
ケンセイを狙い続ける選択などできるはずもない。
狙いを絞らせない。
余裕を与えない。
常に状況を変化させ、一息に止めを刺す。
ケンセイから意識が外れた瞬間を見極め、アイシャは補助に回していた力を解く。
と、同時に、残っている力全てを使う勢いで、魔力を練り上げる。
これが、今のアイシャに出来る精一杯。
全力全開の攻撃だった。
◇
膨大な魔力の流出によって、空がうねる様に歪んでいく。
雲が恐れ戦くように晴れ渡り、双子月の光が差し込んだ。
ヤマタの巨体に引けを取らないほど巨大な槍が四つ。シュテルを戴くように舞い踊る。
シュテルの呼び声と共に絡み合う四匹の竜。
地、水、火、風、異なる光が空へと昇る。
虚空を掴むように拳を握り、急降下と共に、シュテルは最大限の攻撃を解き放った。
「――竜技――竜槍、四連撃いいいぃぃっ!!」
重なる轟音。
飛び散る肉片。
的確に弱点属性を突いたシュテルの攻撃は、ヤマタの首を木っ端みじんに破砕する。
地は抉れ、空気は歪み、一寸先も見えない凄惨な光景。
だが、それでも、攻撃は止まらない。
「――永遠に住まう氷竜」
シュテルが弱点をつけない首は、アイシャの獲物である。
氷雪が駆け抜け、草木を枯らす。
氷柱が大地を押し上げるように乱立し、竜が二つの首を飲み込んで、八本全ての首が沈黙した。




