神願祈祷術式
「ナハト様……その、それではただの脅迫では……?」
アイシャがナハトの後ろで申し訳なさそうに呟いた。
「む? 私としてはただの協力要請なのだが?」
「「どこがよ!」」
仲の良い姉妹の突っ込みにナハトは小首を傾げる。
「ケンセイ様! これはいったいどういうことなのですか? 何故神聖な儀式場にこのような女性をっ! それに、神願祈祷術式は、大祭はっ!?」
「落ち着け、ヨゾラちゃん。わしらは今回、和の国の全てをナハトちゃんに任せておる」
その言葉に、ヨゾラはさらに顔を赤くさせた。
「部外者に! いったい何をお考えですか!!」
「不満か?」
ナハトは楽しそうに言う。
「当たり前でしょう! ハルカ様も、お母様も! 納得しているのですか!?」
「ん~、納得とは違うかな~、私たちには最初から選択肢なんてないんだよ~、ヨゾラちゃん」
「…………諦めなさい……」
達観したような目で、言う二人。
「ケンセイ様っ!」
「…………諦めることも肝要ぞ……」
「あなた! 皆にいったい何をしたのっ!?」
まるでナハトが洗脳でもしているかのように言い寄るヨゾラ。
酷く失礼な奴である。
「あ、あの――神願祈祷術式にいったい何をしたんですか? ほ、本当に、もう、使えないのですか?」
おずおずと聞くヒユキにナハトはただ笑っていた。
悪戯が成功したと言わんがばかりの笑みである。
「まあ、その当たりの説明は中でするとしよう――入るが良いぞ」
まるでナハトが管理者であるかのように偉そうに言う。
ギャーギャーと騒ぎ続けるヨゾラを無視してナハトは、和の国の秘奥にあっさりと足を進めたのだった。
◆
「あ、あの……ここって……絶対勝手に入っちゃダメなとこですよね……?」
おっかなびっくり、そんな言葉似合いそうな歩幅で、アイシャは地霊大社の本殿へと侵入した。
外回りの結界も、守衛の精鋭もナハトの手によって無力化された今、その侵入を妨げるものは誰もいないというのに。
「ははは、アイシャは面白い冗談を言う。私の立ち入りを拒んで良い場所など、この世に存在するはずがないだろう」
「…………」
何故だろうか。
至極当然のことを言ったつもりなのだが、アイシャが酷く冷めた目で見てくる。
「アイシャ……?」
「はぁ……ナハト様はいい加減、大人になるべきだと思うのですが……」
「なにを言う、私ほど良くできた大人は中々にいないぞ」
「…………」
アイシャの瞳が絶対零度に辿り着きそうなほど、冷えていた。
ナハトはこれ以上墓穴を掘る前に、わざとらしく咳ばらいを一つ。
「ま、まあ、ともかく……私たちも、シュテルのために仕事にとりかかろう」
「それで、不法侵入の次は何をするつもりなのですか、ナハト様…………」
「なに、少し手を入れるだけさ、この不完全で危なっかしい術式にな――」
眼前には、深々と大地に刻まれた魔法陣が存在していた。
いや、それだけしか存在していないという方が正しいのだろう。
半径二十メートルはあるだろう複雑精緻な魔の結晶、膨大な魔力を蓄え薄っすらと輝く術式でさえ、ただの制御術式でしかないと思うと、その精巧な作りに微かな感動さえ覚えてしまいそうになる。
「すごいですね……これが、ハルカさんが言っていた、えっと地脈を制御するための超凄い術式、なんですね……」
ハルカのおざなりな説明を、アイシャが反芻した。
「ここにあるのはその制御術式でしかないがな。この場所を中心に、クサツ全体をこの魔法陣が覆っている。都市へと魔素が流入することを防ぎ、魔獣と人との生活圏を分断する和の国の生命線とも言える大切な術式だ」
「そんな大事なものをナハト様は…………壊さないでくださいね……」
「うむ、努力しよう」
「そこは確約してくださいよ!!」
心配そうに言うアイシャに向けてナハトは薄く笑む。
自信は勿論あるが、何分他者の、それもこれほどまでに大規模な術式に干渉し、書き換え、最適化を行おうと試みるのだ。百パーセント成功すると断言することはナハトにもできない。
「まあ、失敗したらその時は…………プランBで行こう――」
「そんなものがあるのですか?」
「うむ、名付けて、力圧し大作戦!」
「…………絶対成功させてくださいね」
アイシャの乾いた声援を受け、ナハトは悠然と魔法陣へ侵入する。
膨大な魔力をかき分け、その中央に佇むと、
「あ、あの、アイシャに手伝えることはないですか?」
とアイシャが言った。
勿論、アイシャの役目の九割九分はナハトの応援なのだが、もう一つ、彼女にも大切な役目がある。
「術式の改変にはそれなりの時間が必要になる。部外者が来るだろうから、私の邪魔をさせないよう説得してくれ」
「ふぇ、あ、あの、それって絶対お話を聞いてくれませんよね! どう見てもアイシャたちが悪者ですよね、今!」
アイシャが不安げにナハトを見るが、ナハトはただ楽しそうに笑みを浮かべるだけだ。
「では、任せたぞ――」
そう言葉を発した次の瞬間には、ナハトは深く術式の深奥へと潜り込んだ。
◆
宙に輝きを放つ文字が、幾何学模様が、浮かび上がってはまた沈んでいく。
無軌道に見えて、実は精緻に、アイシャの目の前で何かが変わっていく。
変化の中心で、その手を翳すナハトの姿は、見惚れるなというほうが無茶に思える程、ただただ美しかった。
このまま、ずっと、その姿を見ていたい。
そう思っていたアイシャの耳がピクリと動いた。
風が運ぶ、荒々しい足音。
そんな足音が勢いよく迫り、バンっと音を立てて古めかしい扉が開かれた。
「あ、あの、これは――」
「――侵入者を、捕えなさいっ!」
アイシャが説明を、と口を開こうした時には、怒声が響き渡っていた。
魔力を帯びた刀を携える五人の武士が瞬く間にアイシャへと迫り、
「「「かはっ――」」」
その全員が、苦し気にうめき、喉を抑えながら倒れた。
「あ、あの、お話を聞いて貰えませんか?」
「っ! 何を――」
「あ、えっと、精霊様に頼んで、ちょっと空気を薄くしただけです。こっちに近づかなければ全然大丈夫なはずです」
「くっ、まんまと罠に、ならここから――」
鋭い目つきをした女性が、再び攻撃を命じようと声を上げる。
「あ、あのっ! お話を聞いてください!!」
「侵入者の言葉など、聞く価値はありません」
「えっと、その、一応ハルカさんの許可は貰ってます…………」
「だとしても! 地霊大社本殿への立ち入りはクサツの領主である私の許可がなければ認められません。あなた方は犯罪者です」
「ぅぅ、面と向かって言われると……ごめんなさい、お父さん……アイシャは悪い子になってしまいました……じゃなくて! えっと、その、凄く悪いことをしている気はするのですが、それでも決して悪いようにはなりませんから! だから、この場所で争うよりも、少しだけ、お話を聞いて貰えませんか?」
薙刀を構えていた女性は、不承不承と言いたげに構えを解くと、アイシャに鋭い眼光を向ける。
「私はクサツが領主、ヒイラギ・コノハです。あなた方は――いいえ、あれは何をやっているのですか!?」
コノハの目は、アイシャから、輝きの渦に佇むナハトへと移ろう。
その表情は、唖然、という一言に尽きていた。
制御することすら命がけ、そう言えるだろう魔法陣をまるでおもちゃのように操るナハトをただ茫然と見ていた。
「えっと、不完全で危なっかしいものを改造しているのだと言ってました」
「そんなこと、できるはずがない……と心底言いたいのですが、現実を直視しないわけにもいきません……それで、何が目的なのですか……普通に考えればクサツの破壊なのでしょうが、そうではないのでしょう?」
まるで敵意のないアイシャの態度から推察しただろうコノハが言う。
実際、アイシャたちがここに辿り着くまでの間も、誰一人として命を失った者はいないのだ。
「それは、その、アイシャも良く分かんないです……」
アイシャは事の全容など分かっていなかった。
それでも、シュテルのためとなれば、アイシャは全力でナハトを支える。それだけだから、目的と言われても、特にないというのが本音であった。
「本当なら、今すぐにでも、力づくであの者を排除すべきなのでしょう」
そうコノハが言った瞬間。アイシャの目が鋭くなる。
「ですが、今妨害して、魔法陣そのものが壊れては元も子もありません。あなた方を連行するのはその後にしてあげましょう」
「ぅぅ、やっぱりアイシャ達は犯罪者なのですね……」
「どう減刑しても、打ち首です」
青ざめるアイシャにコノハは言う。
「なので、減刑に値するように、偽りなく証言なさい――ハルカの許可を得た、と言っていましたが、あなた方は彼女の手引きで、大祭を邪魔しにきたのですか?」
「え、あ、その……大祭ってなんですか?」
「…………はぁ、どうして何も知らない貴方のような子供が、ここにいるのでしょうか……」
「その……ごめんなさい…………」
「大祭とは、姫巫女が神願祈祷術式を起動する儀式――今、あの者が遺憾にも操っている術式を、今日ヨゾラが……いえ、ヒユキが使うはずだった――まあ、このままヨゾラが使うくらいなら、いっそ壊れてしまっても構わないと思わないでもありませんが……っと、これは聞かなかったことにしなさい」
影を落として暗く沈むコノハにアイシャは言う。
「そんなに危険なものだったのですか?」
「伝説の魔王――正確には、彼の伴侶の一人、魔法の祖――アイシス・グリモワールが残した秘法。これはそれを模倣したものに過ぎない。負担も大きい上に、魔力変換も完全ではない代物です。姫巫女は数多の願いが――いいえ、願望が、欲望が渦巻く魔力を制し、術式を行使しなければなりません。肉体的にも、精神的にも極めて過酷な儀式と言えるでしょう」
「だから、不完全で危なっかしいもの、なのですね……直そうとしなかったのですか?」
「それこそ、まさか、でしょう。アイシス様の教えを受けたかつての祖先が残した術式を、一体だれが直そうなんて考えるのか、あのハルカでさえ匙を投げたのに」
アイシャがナハトを見て、つられるようにコノハもナハトを見た。
「だから、今、私は常識を粉々にされた気分です…………」
「あ、えっと、その、ナハト様は非常識なので…………」
見つめ合う二人が曖昧なまま固まった。
そんな無言を貫くように、魔法陣が恒星が如く輝きを放つと、一瞬にして地に新たな陣が広がった。
ナハトが纏うドレスがふわりと浮き上がり、大地に翳されていた手がゆっくりと離れる。
「ふむ、まあ、こんなところか」
「これは……制御式が三つ……? 貴方は、一体何をしたのですか……!」
「ナハト様、それで……成功したのですか……?」
「うむ、まあそれなりに形にはなったっと思うぞ、ご苦労様、アイシャ」
そう言って、ナハトはアイシャに近づくとその頭を優しく撫でてきた。
アイシャは緩みそうになる頬を懸命に抑えるが、それでも微かに口元が上向く。
「さて、作業には没頭していたが、聞こえてはいたぞ。なにやら面白いことを言っていたな、クサツの領主コノハよ」
ナハトの言葉は力を持っているかのように、重く響く。
コノハも大領主であるからこそ、アイシャにだって分かるほど鋭く重々しい気配を持っていた。だが、生まれながらにして王者である、そう言わんがばかりに放たれるナハトの重圧に比べれば幾分か、軽い。
思わず、気圧されそうになっていたコノハへと畳みかけるようにナハトは言った。
「愛しき娘を守るために、私と一つ契約を結ばないか?」
そう語りかけるナハトの姿は、まるで悪魔のように見えるのだった。
すっかりご無沙汰いたしまして、申し訳ありません。
皆様に一つ、ご報告させていただきます。
本作「ネタキャラ転生とかあんまりだ!」が書籍化させていただける運びとなりました。
詳しくは活動報告に記載させていただきます。
長くお付き合いしていただいた読者の皆様、本当にありがとうございました。
これからも、お付き合い頂けましたら幸いです。




