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囚われの姫巫女

 夢を見ていた。

 それは遠い遠い過去の世界で、ありもしない理想を描いたものだった。

 

 寡黙なはずの父がヒユキの隣で楽しげに笑い、そんな父の傍でおっとりと微笑む母がいる。

 ありはしない、夢の中の景色だと、心のどこかで感じてはいた。

 だけど、それでも、ヒユキはゆっくりと手を伸ばし――――そして、意識が覚醒する。


「ん……? ……っ!」


 目を見開いて、我に返ったヒユキは己の無事を確認した。

 ぼんやりとした意識のまま記憶を辿っていくと、思い出せる限りの最後の記憶は、何か布のようなものを押し付けられ甘い香りと共に意識を失ったことであった。

 

 無理やり眠らされただけあって、今も思考がうまく纏まらないが、ゆっくりと体を動かしてみても特に違和感を感じることはなかった。

 ヨゾラの仕業なだけあって、こちらを傷つけるような意図は微塵もない。

 簡素といえるだろう一室は、清掃の跡が見受けられるものの、少しだけかび臭い。そんな場所に高級そうな布団が一組、場違いに置かれている。

 ハルカはそこに寝かされていた。

 

「ここ、どこ…………あー、もうっ! ヨゾラのバカっ! 何考えてんのよ、あいつ…………」


 どれくらいの時間眠らされていたのか、日の光が届かぬこの場所では確かめようもない。

 

(時間は……! 大祭はもうすぐだってのに……!)


 焦燥と共に、眠らされていた体が水分を求めたそんな時だった。

 闇の中から――手が伸びてきた。


「うわぁあっ!」


 誰もいないと思っていた部屋に、人がいた。

 その手には、温かそうに湯気を立てる湯飲みが置かれていて、ヒユキのほうへと恭しく差し出されている。


「…………」


「……いたのね……ハンゾウ…………」


 闇と同化しているような男は、寡黙に頷く。

 ハルカは差し出された手から乱雑に湯飲みを受け取り、香り高い和のお茶を飲み込んだ。

 気持ちを落ち着けること一拍。ハルカはゆっくりと口を開く。


「――で、これはいったいどういうつもりですか、ハンゾウ」


「…………」


 ヒイラギに仕える隠密、その筆頭たるハンゾウは寡黙な男だった。

 ヒユキもまともに会話をしたことは少なく、ハンゾウはただ今までと同じように沈黙する。

 が、それで済ませられるほど、今の状況は甘くない。


「大祭は今夜日付が変わると同時に行う予定なのよ!? それ以前に、最後の神楽だって……こんなことをして、ただで済むと思っているの!?」


 激昂するヒユキに対し、ハンゾウはそれでも沈黙を保っていた。

 問答をする時間さえ惜しい。

 一刻も早く、この場から逃げ出さねばならぬヒユキだが、それは酷く難しい。

 

 目の前の男は長くヒイラギに仕え、技を研ぎ澄ませてきた超一流の忍であった。

 無論ヒユキとて姫巫女なのだから、かつて魔導の天才と称されたハルカには劣るものの人並み外れた魔力を持つ上に多種多様な魔法を操れる――が、戦闘自体は素人であるハルカが逃げ出すことは極めて難しいのだ。

 魔法など使う暇さえ与えられず、意識が刈り取られる未来が見える。


「貴方は自分が何をしているのか分かっているのですか? 大祭が行われなければ、クサツがどうなるのか、それくらい理解しているのでしょう?」

 ヒイラギに命を捧げる隠密の筆頭が、それを知らないはずもない。


「…………使命はヨゾラ様が果たすことでしょう」

 ぽつりと、小さな声がようやく響いた。


「そんなくだらないことのために私を誘拐したって言うの? 主君である義母も、ヒイラギも裏切って、ヨゾラのわがままを叶えるっていうの? 貴方も、貴方の家も、ただじゃすまないっていうのに!?」


「…………」

 沈黙を重ねるハンゾウに、ヒユキの怒りは増すばかりだった。


「答えなさい、ハンゾウ!!」

 激昂するヒユキとは対照的に、男は静かに呟いた。


「…………覚悟が、足りませぬ故に」


 そんな男がこぼした言葉は、不気味なほどに強く響いた。


「この身は既に、一族を抜けておりますれば、心配は無用にございます」


「っ――! それは――」


 ハンゾウの冷たい瞳に、今度はヒユキが沈黙する。

 大祭の直前に姫巫女の誘拐、どう取り繕っても重罪だ。それは本人だけでなく、一族郎党の責を問われかねないほどである。

 

 故に、ハンゾウは一族との関係を切った、とそう言った。

 先代から、ヒイラギのために忠義を尽くしてきた忠臣が、犯罪者の汚名さえ背負って、ヨゾラに味方していた。

 その覚悟が、ヒユキの口を噤ませたのだ。


「全てを捧げる覚悟が、命を差し出す覚悟が、この国には必要なのでございます」













 三十畳を軽く超える広間にて、ナハト、アイシャ、シュテル、フィルネリア、ハルカの五人が顔を見合わせていた。

 落ち着きのないシュテルに、ハルカをどこか警戒した目で見るアイシャ。気まずそうに目を背けるハルカに、我関せずな態度を崩さないフィルネリア。

 奇妙な緊張が、そこにはあった。


「それでね、ママっ! たいへんなの! いないの! ヒユキちゃん、いつものばしょにもっ! どこにも! さがしたのにっ!」


 ナハトに抱きついてきたシュテルが矢継ぎ早にまくし立てる。

 泣きそうなシュテルの頭をやさしく撫でながら、ナハトはハルカを見た。


「あはは……シュテルちゃん、いつもいないと思ってたけどやっぱり…………」


 ハルカはシュテルの行動を半ば察していたのか、諦めたかのように呟いた。

 実際、姫巫女の失踪など、秘中の秘であるのだろう。

 普通なら知ることさえできないが、シュテルはここ数日、毎日ヒユキのもとを訪ねては遊んで帰ってきているのだ。


 いつものように遊びに行ったら、肝心のヒユキがいなかった。

 そうであれば、シュテルが取り乱してもおかしくない。


「……う~ん、昨日の夜から行方が分かってないんだよね~。犯人に検討はついてるんだけど、まだ見つかってないみたい」


 ハルカやケンセイが忙しなく動いていたのもそのせいなのだろう。

 事情は知らないが、シュテルが見蕩れたヒユキが無責任に逃げ出したということもあり得ない。


「それは、誘拐されたってことなのですか?」


「ええっーー!! ヒユキちゃん、さらわれちゃったのっ!?」


 アイシャの問いに、ハルカは苦々しく頷いた。


「他言無用でお願いね」

 ハルカがそう言った、直後。


「じゃあ、助けにいかなくちゃっ!」


 勢いよく、駆け出そうとするシュテルをナハトがやんわりと抱きかかえて遮る。


「うぅー、まーまー、はーなーしーてー!」


 手足をパタパタさせて暴れるシュテルだが、未だ発展途上のシュテルがナハトの拘束から逃げられるはずもない。


「まあ落ち着け、シュテル」


「そうですよ、ヒユキさんの居場所も分かっていないのに」


 アイシャにそう言われれば、シュテルもしぶしぶ抵抗を止めた。


「……神楽はヨゾラちゃんでも代役が務まるだろうけど…………大祭は延期するしかないかもしれないし――うーん、ほんとに困っちゃったな~」


 なんて少しも困ったような表情を浮かべないハルカは、ちらちらとわざとらしくナハトを見ていた。


「まあ――ヒユキの居場所を探すだけなら、そう難しくはないな」


「ままぁ! ほんと!?」


 シュテルが舞台に乱入した日に、ヒユキの魂の波形は確認してある。

 彼女がクサツの何処かに囚われているのならば、見つけることはそう難しくないのだ。

 

「じゃ、じゃあ――」


 再び走り出そうとするシュテルをがっちりとホールドする。


「だから、落ち着け、シュテル」


「ままー、はやく! はやく、おしえてー! シュテルがおたすけするのー!」


「うむ、だがなシュテル。物事を思い通りに進めるということは、中々に難しいものだ。だから、順序だてて行動することも大事なのだぞ」


 なんてその場の衝動で動くことも多いナハトが自分を棚に上げて言う。

 

「…………ナハト様……またよからぬことを考えてません……?」


 そんなナハトに鋭い勘を働かせるアイシャがジト目で見つめてきた。


「ははは、それは疑いすぎだなアイシャ――私はハルカのお願いを叶えてやるつもりなだけだぞ」


 なんて言質を取られないように誤魔化すナハトだったが、


「――つまり、考えているんですね」


 アイシャも成長したのか、ナハトの言葉に流されてくれない。


「…………うん、まあ、その、なんだ……考えてないこともないような気がしないでもない」


「どっちですか」

 冷え切ったアイシャの視線に耐え切れず、


「ちょっとだけ、考えてます……」


 ナハトは自白を余儀なくされる。


「まあ、なんだ――大丈夫だ、決して悪いようにはしないさ――」


「自重して、くれないんですよね」


「それが、シュテルのためだからな」


 揺れるアイシャの瞳を真っ直ぐと見据え、ナハトは断言した。


「はぁ……もう、仕方ないですね……アイシャも覚悟を決めました……シュテルのためですから」


 アイシャが嫌々そう言うと、ナハトは悪戯を画策する悪ガキの如く笑う。


「よし、では役割分担と行こう――アイシャは私とお出かけだ、ハルカはケンセイに伝言と雑用を頼む。おい、フィルネリア、何を無関係面している、当然お前にも手伝って貰うぞ」


「…………お願いだから巻き込まないで……」

 今まで、会話に混じることもなく、無関係を貫いていたフィルネリアが露骨に嫌そうな顔をする。

 残念だが、この場に呼んでいる時点で、彼女にも協力して貰う予定なのだ。

 拒否権はない。


「そして、シュテル――」


「あいっ!」


 元気よく返事をするシュテルにナハトは笑いかける。

  

「――囚われの姫を助けるのは騎士の役目と相場が決まっているものだ」


 ナハトはシュテルの思いを尊重するように、力強く言う。


「お前が助けたいと思った少女を、救い出して来い!」


「あいっ!!」


 力強く返事をするシュテルの掛け声と共に、ナハトの悪巧みが始まった。

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