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空白の中の可能性

「まあ、なんだ――おっさんも髭を剃れば、おっちゃん程度には若く見えるだろう、うん」

 若干どもりながらもナハトは必死にフォローした。

「ナハト様、慰めになってないと思います……」


「じゃあ、えっと、ごっつい顎をどうにかしろ、とか?」


「悪化してます……」


「いっそ……殺してくれ……楽になれそうだ……」

 別段、デュランはブサイクではないのだが、全体的にごつい。顔とか髭とか、筋肉とか、雰囲気とか、そういった全てが年齢を誤認させるのだから致し方ないのだ。三十代後半と言われても納得しそうな容姿である。戦場に身を置くことに拘るにしても限度という者があるだろう。

 ナハトはそう言い訳しつつも、デュランの折れた剣の先端を手に持った。

 生々しい刃はナハトの白い肌さえ、断つ能力は有していない。


「折れちまったか……だがまあ、いいさ」

 デュランが斬った男の顔が浮かんだ。良くは知らない。クーデターの際に斬り合っただけなのだから当然だ。

 だが、真面目で、誠実そうで、忠義馬鹿、そんな印象を受けた。かなりの巨体と騎士らしい甲冑、それと皮肉げな笑みが少しだけ思い出される。

 そんな男の、今際の際の言葉が脳裏をよぎった。


 ――頼む、姫を。俺を斬った男にならば、任せられる――

 

 結局デュランは最後まで面倒を見なかった。

 知り合いに預け、そのまま放置だ。

 デュランが助け出したときは五歳程度の年齢だった。今頃はデュランのことをきっぱり忘れ、それなりに必死に生きていることだろう。

 己が斬った男の形見。

 それがデュランが敗北を喫した時に折れたのだから、必然だったのだろうと思う。


「それはもう、役目を終えたのさ――どれ、ならば私が代わりを用意してやろう」

 ナハトが気楽そうにそう言った。だがデュランはナハトの言葉を理解できない。

 取り出したのは一本の大剣。

 無骨なまでにただ長大、愚直なまでにただ直刃。

 だが、薄暗い洞窟内を輝く波紋の光は、何よりも目を引いた。

 だがそれだけではない。

 そこにあったのは、存在感の違いだ。

 発している威圧感の差と言ってもいい。刃が鼓動を刻んでいるように、空気を微かに振動させる。

 ナハトの取り出した大剣を見た後に、折れた刃を見れば、その差を誰もが理解するだろう。



「名を幻月。資格ある者が握らぬ限り、決してその刃を見せることのない伝説級レジェンドの大剣だ。今はその美しく、幻想的な刃を見せているが、手を放せば――――幻のように消える――まるで誰かの心の在り様みたいではないか?」

 それはまさしくナハトの皮肉だった。


「っ――!」

 ナハトの手から落ちると、剣は小さな柄と欠けた刃を残して消えた。

 まさに、一時の幻を見ているかのように、デュランはそれを凝視していた。


「やるよ、私には使えんし、私の仲間にはもっといいのを使わせる予定だ。さしあたって使用者がいない」

 ナハトはあっさりと言う。


「そんなバカな話があるか!!」

 だが、デュランの中では納得がいかない。

 命を狙うつもりで戦いを挑み、負けたうえで、恐らくは帝都や聖都の秘宝レベルの、いやそれ以上の武器をただで貰うなどあってはならないことだ。

 

「なんだ、納得できないか? 私が貴様の剣を折ったのは事実だ。思い入れもあったのだろう。だからこそ、素直にありがとうと言って受け取ればいいのに」


「そ、そんなことできる訳がないだろう! それが、一体どれ程の価値を持つのか分かっているのか! それに、俺は闘いに破れた身だ。本来俺は奪われる側であるはずだろうが!」


(価値ね……幻月の価値は中堅レベル、最高でも八十までがピークで、それ以上にレベルを上げたプレイヤーにとっては装備の性質上無価値になる。辛うじて百までは使えるが、その先は別の伝説級レジェンドアイテムに買い換えるべきだろう。私のほうがこいつの価値をよく知っていると思うのだけれどな。そもそも、私は魔法特化で物理の、それも大剣のスキルなんて一つも持ってないし、言うなれば価値はゼロだが)

 勿論それを口に出しはしない。

 だが、ナハトにとって、幻月はレア装備ではあるが不用品でしかなかった。

 当然、能力も、その価値も知っている。


(店売り七百k(七十万)、自由市場でも未強化で二十m(二千万)になれば御の字か)

 確か、幻月は低レベルエリアボスのレアドロップ品だったはずだ。それなりに狩りやすいこともあって、市場にもかなりの数を見かけた。

 総資産2G(二十億)程度は持っていたナハトにとってははした金で買えるアイテムでしかない。


「幻月は弱き者に力を貸す武器だ。最も今のお前は弱すぎて、幻月を握る資格すらないがな」


「ぬ……だが、それにしたってだな……」


「それに、これを渡すことは、私にとっても価値のあることだ。私はこれの対価にお前を使って実験をさせて貰う」


「実験、だと……いや、いいさ、好きにしろ……」

 実験と聞いてデュランが真っ先に思い浮かべたのは、変質した魔素マナを注ぎ込んで人体を変異させるなどの、所謂禁術の実験であった。

 盛大に危険を悟ったかのようなデュランを見てナハトはため息をついた。


「言っておくが実験というのは、デュラン、お前が幻月を抜けるようになるか、ならないか、それだけだぞ?」


「は……?」

 デュランのレベルはゲーム時代の値に直せば恐らくは三十レベル前後だろう。 

 これは一次職がようやく終わった程度のレベルでしかない。

 具体的に言うと、一から十の初心者を終え、一次職で戦士系を選択、二十レベルの分岐で大剣使いを選んで、少しレベルが上がり、三十レベルで転職をしようといった所の実力だ。


「まず始めに言っておこう。私にとってお前は雑魚だ」


「うぐぅ」


「だが、その雑魚は盗族共の話ではこの世界において最強とまでは言わないが、かなり上位の強さだという。選ばれた者しか到達できぬ高みにいると言うのだ。だから、お前はこの世界ではそれなりに才能を持っているほうなのだろう」


「ぁあ、まあ、何の自慢にもなんねーがな…………」

 猛々しいデュランの姿は何処にもなく、意気消沈した男がそこにはいた。


「ははは、そう悲観するな。お前には才能があるのだろう、ならばこの世界の人間が、どこまで成長して強くなれるのか、お前を使って実験するのだ」

 幻月を抜くためには最低レベルは五十以上は必要だ。STRが足りなければ当然さらに必要になる。

 

「お前が幻月を扱えるようになれば実験は成功、扱えなければ失敗。目の前に目標があればお前も強くなろうと努力することだろう」

 二次職、三次職が存在するかどうかの確認にもなる。

 強さの上限、それを試す実験台一号がデュランだった。

 ナハトは決して最強ではなかった。リアルワールドオンラインでは下から数えたほうが早いくらいには弱い。

 そうであるならば、この世界の力を試す相手がいてもいいだろう。

 

 仮にデュランが幻月を使いこなし、百レベル近くに到達したとしても、所詮はその程度。カンスト直前にして、数多の課金アイテムを持ち、レア装備に身を包んだナハトの脅威になることはあり得ない。

 そうであるならば、倉庫の肥やしにしていた装備一つくらいくれてやっても何の損失も存在はしないのだ。


「理由はまだある。これは褒美でもあるのだ、この世界で初めて私と戦い、生き残ったお前に対する、な」

 実際は違う。

 褒美というのは、この世界がやはりゲームとは違うことを教えてくれたことに対するものである。

 竜の威圧は四十五レベル以下のモンスターを強制的に非アクティブ、つまり攻撃不可に陥れる技能スキルだ。つまり、デュランがナハトに攻撃を加えることは不可能であるはずなのだ。

 にも、関わらずデュランはナハトに攻撃を加えた。

 それは、この世界の可能性をナハトに教えたのだ。ゲームではなく現実の可能性――心の奮起が技能スキルの影響を打ち払うと証明してくれたのである。

 それに対する対価なのだ。


「いいから、受け取れ。お前にやると言っているのだ、敗者のお前に拒否権はない」


「それも、そうだな…………」

 デュランは諦めたかのような、考えることをやめたような、そんな顔で刃のない剣、幻剣を受け取った。

 それに、ナハトは満足して頷く。

 最早ここにはようはないとばかりにデュランに背を向け、アイシャを伴って歩き始めた。

 一歩、二歩と進んで、不意に何かを思い出したのか、ナハトは背を向けたまま何でもないように言った。


「ああ、そうそう。これは年長者からのアドバイスだ、貴様はいい加減逃げるのを止めたほうがいい――戦いの中に、お前の望む答えはないぞ」


「ッ――――!!」

 心臓にナイフでも刺されたかのように全身を震わせるデュランをナハトは見ることさえしなかった。

 

「戦いは逃避の手段ではない。貴様は何のために戦う? 誰のために戦う? 次にまたあった時、答えを聞こう」

 一方的に言いたいことだけを言って、満足したとばかりにナハトは歩みを再会した。

 いつもよりも冷たい洞窟に、小さな足音だけが反響した。


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