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女三人寄れば姦しい

 何かがおかしい。

 そう、ナハトが思ったときにはすでにどうしようもないほど、手遅れであった。

 ナハトは怒れる二人を前にして、ただ正座を続けるしかない。


 日は既に落ち込んで、夜空にぽつりと星が輝く。

 貸し切りになっている大部屋には贅を尽くした夕餉が運ばれ、シュテルがお土産にと買ってきてくれたきな粉餅も並べられている。

 なのに、ナハトはそれらに手を出すこともできないまま、正座を強要されているのだ。


(……おかしい…………)


 本来であれば、怒られることになるのは共謀して抜け出したシュテルとナハトがアイシャに、という構図になるはずだった。

 なのに、今は腕を組むアイシャとシュテルの前で、ナハトだけが反省を促されている。


「ナハト様はいっつもそうなんです! 女の子がちょっと可愛くて、胸が大きいからってすぐにデレデレにやにやして! 反省してください!」


「ママ、うわきはめーっ!」


 二人はそう言うが、そもそもナハトは浮気などしたことは一度もない。

 少しエルフの女性を弄んだりだとか、耳を触らせてもらったりだとかはしたかもしれないが、断じて浮気などではない。


 それに、今回だって、何故か興奮して唐突に抱き着いてきたのはハルカで、ナハトは何もしていないのだ。

 アイシャよりもかなりある胸の感触を悪くないと思ったのは事実だが、決してデレデレもにやにやもしていない。

 断じて浮気などではない、はずだ。


「私が好きなのはアイシャだけに決まっているじゃないか」

 ナハトは必死になって弁明していた。

 いつもなら顔を真っ赤にして恥ずかしがるアイシャが、疑念の瞳をナハトに向ける。


「…………ほんとうですか……?」


「勿論だ。私の言葉に偽りなどない」

 そう断言すると、アイシャがジト目でナハトを見る。

 

「じゃあ、その足にへばりついてる変態をさっさと駆除してください」


 そう言い放ったアイシャの言葉は冷え切っていて、鋭利な刃物のように鋭かった。


「え~~」


 一方で、言葉をぶつけられた本人はと言えば――どこ吹く風で、正座を敢行するナハトの膝に頬をなすっていた。


「――いいじゃんべつに~。アイシャちゃんは心が狭いよー。今までずっとアイシャちゃんの主様だったんだから~、少しくらいはハルカちゃんに譲ってくれてもいいじゃん~」


 ナハトの膝にしな垂れかかっていたハルカが、怯むことなくそう言った。

 二人は鋭く見つめ合い、バチバチと火花を散らす。


(ふむ、ここは――や、やめて! 私のために争わないでー! ――などと言ってみるべきだろうか)


 ナハトは言い合う二人の間で、明後日のことを考えていた。

 現実逃避と言うかもしれない。


「駄目です! ナハト様はアイシャのナハト様なんですっ!」


「そんなに怖い顔しなくても~、アイシャちゃんから英雄様を取ったりしないしー、取れるとも思ってないよ~。ただ~、憧れの英雄様に~、甘えてるだけだし~」


 ハルカは子供のようにナハトにすり寄る。

 理由は分からないが、なぜか酷く気に入られたらしい。

 そんなハルカにアイシャは敵意を剥き出しだが、ハルカはその言葉通り、今までは決して存在しかった相手――心のままに甘えてもいい相手ができて嬉しいだけなのだろう。

 

「それでも駄目なんです! ナハト様のお膝に顔をうずめていいのはアイシャとシュテルだけなんですから!」


「う~ん、で~も~。英雄様は色を好むって相場が決まってるし~、アイシャちゃんが正妻なのは間違いないから~、お妾さんの一人くらいいてもいいんじゃない?」


 そう言って、自らの際立つ容姿を強調しながら、ハルカは一層ナハトに寄り添う。

 

「っ――! ナハトさまぁ……」


「ママぁ! めっ!」


 アイシャが悲しそうな顔を浮かべ、シュテルもどことなく不安そうにしていた。ナハトは悪ふざけが過ぎたなと反省する。

 そして、ひょいっとハルカを持ち上げると、


「いや~ん~」


 なんて、口にするハルカを乱雑に放り投げる。


「すまなかったな、アイシャ。ただ、嬉しくてな」


 そうナハトが言うと、


「美人さんに誘惑されたことがですか?」


 ナイフのような言葉を投げかけるアイシャだが、ナハトは首を振る。


「私を独占したい、とそう思ってくれているアイシャの気持ちが嬉しかったんだ。だから、つい、悪ふざけが過ぎた、許せ」


 そう、ナハトはただ嬉しかったのだ。

 ナハトの持つ惨たらしいまでの独占欲。アイシャを誰の手にも触れさせず、独り占めにしてしまいたいとそう思うナハトの我欲が一方的なものではないことを知れて、ただただ嬉しかった。

 だから、アイシャの内心を悟っていながらも、ついナハトに執着するアイシャの言葉がもっと聞きたくなって、ハルカを退けずにいてしまった。


 ナハトは不安をかけてしまったシュテルの頭を軽く撫で、アイシャをぎゅっと抱きしめる。

 微かに漏れたアイシャの吐息を受けながら、ナハトは囁くようにアイシャへ言った。


「私の隣にいるのは未来永劫、アイシャただ一人だけだ。だから、心配する必要などない」

 それはプロポーズに近しい言葉だったのかもしれないが、ナハトは己の感情を誤魔化すことも、隠すことも決してしない。

 誰に恥じることなく、真正面からアイシャに本心を告げるのだ。


「ナハト様…………」


 見つめ合う視線が徐々に近付く。

 二人は引き込まれるように視線を合わせ、その唇を重ねようとした所で――アイシャの動きがピタリと止まった。

 アイシャはナハトの言葉に流されそうになりつつも、同じ轍を踏むことはなかった。

  

「あー、お気になさらずー…………なんならここでおっぱじめてもいいのよ……私、サキュバスだし……」


 一人、我関せずと晩酌しているフィルネリアは、労働に疲れたOLのような有様だった。

 そんな彼女がまるで酒の肴にでもするかのように、ナハト達を見ていた。


「うふふ~、お熱いことで~」


 勿論、アイシャとナハトを見ているのはフィルネリアだけではない。

 先ほどまでアイシャと険悪だったはずのハルカは、にやにやしながらアイシャを見ている。

 どうやら最初から冗談半分だったのだろう。


「っ…………」


 アイシャは真っ赤になって、すぐ傍にあった顔を離していった。 

 残念だとは思うものの、とりあえず、一件落着なのだろう。

 仲睦まじく身を寄せ合うナハトとアイシャを見たらシュテルも安心したのか、ぐぅ~、っと腹の虫が鳴って、空腹を主張していた。


「おなかすいたー!」


 そんな言葉で、緊張は解けていった。


「ご飯にしましょうか」

 そうアイシャが言いうと、


「あいっ!」

 

 元気のいい返事がすぐに返ってくる。

 ナハトは怒りが収まった二人を見て、ほっと息を吐き出すのだった。









 主にナハトが原因で、遅くなってしまった食事になると、和やかな談笑が続いていた。

 目の前には所狭しと並ぶ和のフルコース。

 高級旅館だけあって、出てくる品はやはりどれも完成度が高かった。食材の質で負けることはないが、料理の腕では専門職には及ばない、とそう思う。

 アイシャのための特別メニューやシュテルのための子供向け料理も頼めばすぐに用意してくれる当たり、この旅館は超一流とナハトも認めざる得ない。


(精進せねばならないな)

 

 家族の食卓を預かる者として、ナハトは一人決意する。

 和やかな食事が平穏に過ぎ去ろうとしていたそんな時だった。箸で天ぷらを持ち上げたハルカがアイシャに向かって、爆弾を投下した。

  

「そう言えば~、アイシャちゃんって娘ちゃんにパパって呼ばれてるけどー、実は男の子だったりするのかな~?」


 思わぬ爆弾発言に、フィルネリアが吹き出しそうになっていた。ナハトも他人事ではなく、懸命にポーカーフェイスを決め込む。


「な、なんでそうなるんですか! アイシャは何処からどう見ても女の子です!!」


「で~も~、パパなんでしょ?」


「あいっ!」


 ハルカの言葉にシュテルが元気よく返事を返した。


「シュテル、その勘違いされるので……アイシャのこともママって呼んでくれませんか?」


「やー! パパはシュテルのパパだもん!」


 シュテルは子供らしく、アイシャの要求を拒絶する。


「二人はお熱い恋人同士で~、娘までいるんだから~、ぷぷっ、アイシャちゃんが男の子のほうが辻褄があうよね~」

 おちょくるようにハルカが言った。


「っの! アイシャはナハト様の、ぱ、パートナーですけど、女の子なんですから!」


「ふーん、じゃあ、やっぱり女の子同士なんだ~」


「アイシャとナハト様はいいんです! 特別なんですから!」

 ガルル、と威嚇しだしそうなアイシャはたまらなく可愛い。


「まあ、本当の愛に性別など関係ないさ」


 最も、ナハトには徹として生きた人生の記憶があるので、至極まっとうな恋愛のつもりである。ナハトは確かに女であるが、男に本気で迫られると生理的に受け付けないと思うのだ。

 そもそも、アイシャ以外の恋人など性別に関係なく、ナハトは必要としていないのだが。

 

「それはそうかもねー。和の国にも衆道とかが少しはあるから~、その逆だってありだよねー」


 そう言って、ハルカが色っぽい視線をナハトに送ってくる。

 大陸では同性愛は厳格に取り締まられているのだが、和の国は色々と寛容なようだ。

 大陸貴族のほぼすべてが世襲であり、血縁を残すことは義務とも言えるので、やはり同性愛禁止は根強いのだろう。


「ナハト様はアイシャのナハト様です!」


「うふふ~、今のところは、ね――」


 二人が火花を散らしていると、酒杯を傾けたフィルネリアが言う。


「……まあでも、同性愛なんて魔大陸じゃ珍しくないわよ……私たちサキュバスはどっちも性欲の対象だし、吸血鬼なんかは血液の好みで恋人を決めるくらいだし……色々と変わり者がいるのよね……」


 フィルネリアは熱燗を飲み干し、ほうっと息を吐く。

 色っぽいはずなのに、酔っ払いのおっさんにも見えるのが、このサキュバスの不思議な所だ。


「……それに、そこの化け物は見てくれだけなら性別とかいう枠組みを壊しちゃうくらい常識外れだと思うわよ……そう、見てくれだけなら…………」


 酷く失礼なフィルネリアの言葉に、アイシャたちの視線がナハトへと集まる。


「確かに、その、ナハト様は凄く綺麗です…………」


「ママ、きれー!」


「ちょっと人間離れしてるよねー」


「…………サキュバスとしての自信なくしそう……元からあんましないけど……」


 それは当然でもある。

 ナハトの姿は大天使さんが魂を込めて描き出したものであるし、キャラクターとしての再現にも丸一日を費やしたほどこだわったのだから。

 

 だがまあ、アイシャに綺麗だと言われればそれだけで嬉しいし、それに何より、大天使さんが象ってくれた姿を誉められてナハトが嬉しくないはずがないのだ。

 上機嫌になったナハトは胸を張りながら、


「ふはははは、もっともっと褒めるがいいぞ!」


 なんて言い放ち、ストレージから秘蔵の酒を取り出した。


 ――大吟醸、大和。


 ランク八に相当する食品系アイテムだ。

 一度だけ、アイシャが眠って暇を持て余した夜に一人寂しく飲んだことがあったが、香りと口当たりが極上だったことは今でも鮮明に覚えている。

 

「今日は私のおごりだ。存分に飲むがいい」


 そこから先は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 次々と出されるナハトの高級酒を皆で飲み合うと、べろんべろんに酔っぱらったフィルネリアが服を脱ぎ始め、笑ったり、泣きだしたりと情緒不安定な酔っ払いと化した。


 まだ十七になったばかりのハルカも十二才から結婚適齢期な和の国では立派な大人扱いであり、当然ながら酒を飲んで酔っ払いに。

 

 普段なら二人を諫める役割のアイシャも、もう二十歳ですからと見栄を張って酒を飲み、一しきり悪ノリした後はナハトに向かって色々と愚痴をこぼし始める。


「きいてぅんでしゅかー、らはとしゃまぁ!!」


 そんなアイシャに気を取られていると、


「……うふふ……英雄様ぁ……今宵はハルカの(自主規制)を(自主規制)して、本能のままに(自主規制)し合いましょう! さあ、さあ、さあ!!」


 卑猥な言葉を連発するハルカが迫ってきたり、


「ぅぅ……このチチが悪いんですね! ぜんぶぜんぶこのないチチがー! おっぱい神様、どうかアイシャに立派なおっぱいを~!」


 アイシャが意味のわからないことを言いだしたり、


「仕方ありませんね、このおっぱいを貴方に半分さずけてあげましょう!」


 フィルネリアがそんなアイシャに乗っかったりと、


「ははっー! ありがたき幸せ~!」


 それはもう、凄まじい有様であった。

 ナハトは酒の味を楽しめても、酔うことはできないので、素面のまま延々と酔っ払いに絡まれ続けたのだ。

 やがて全員が力尽き、


「……酒はもう飲ませないほうがいいな…………」 


 一人ナハトは反省するのだった。

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