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極東の地にて

 鍛え抜かれた体躯の男たちが鬼気迫る表情でナハトたちを取り囲む。

 腰に携えられた大小二本の刀が所々で白刃を覗かせていた。研ぎ澄まされた殺気に当てられたアイシャの体が微かに震える。


「これはまた、盛大な歓迎だな」


「へんな人たち、いーっぱい!」


 扉を祭るかのように広げられた空間に佇む男たちは皆、羽織や甲冑に似た戦闘衣に身を包んでいて、ナハトは時代劇の中に放り込まれたかのような錯覚を覚えていた。

  

「貴様、何者であるか?」


 黒髪を後ろで結った男が聞く。

 静かな声が響いた瞬間、一瞬にして抜き放たれた一振りの刀。澄んだ光を反射する抜き身の刃が皆を庇うように一人突出していたナハトの首元にぴたりと添えられた。

 ほんの数ミリ、力を加えればあっさりと柔肌を血に染める刃を目の前にしても、ナハトはただ愉快そうに笑っていた。


「いい腕だな、もっとも私の友人には遠く及ばないだろうが――さて、自己紹介といこうか。私の名はナハト、敬愛を込めてナハトちゃんと呼んでよいぞ?」


 刀を喉元に突きつけられているナハトが尊大に言い放つ。

 どちらの立場が上かなど、一目瞭然であるはずだ。

 だが、己が優位に自信しかないと言わんがばかりのナハトの佇まいを見て、気圧されているのは取り囲む屈強な男たちのほうなのだ。


 無意識に体が震える。

 得体の知れない不気味さ、隔絶した何かを本能的に感じずにはいられないのだ。


「どうやって扉を動かした? お前たちの目的は何だ?」


 質問を重ねる男にナハトはため息を一つ。


「全く、礼儀がなっていないな――」


 吐き出された吐息と共に、ふっと、まるで時間が抜け落ちたかのような一拍。

 意識の狭間をすり抜けるように生み出した空白の中で、ナハトがいつの間にか一歩身を引いていた。

 それだけで、目の前にあったはずの刃が、外れる。


「なっ!」


「質問の前に名乗るのが礼儀だぞ。挨拶は大事、母親に教えられなかったのか?」


「っ――! 生憎と、貧しい生まれでな――礼儀には疎いのだよ!」


 返す刃がナハト追う。

 残像を残し再び迫る刀を、ナハトは微動だにせずその身に受けた、かに見えた。

 だが、違う。

 ナハトは僅かに身を引いていた。

 薄皮一枚、まさに紙一重という徹底した間合いの見切りは、外から見ればあっさりと斬り捨てられたかのように映ってしまう。


「と、まあ遊びはこの辺にしておこう――」


 アイシャに怒られそうだからな、と心の内側だけでナハトは呟く。


「――そう警戒せずとも争うつもりなど毛頭ない。私たちは単に迷い込んだだけだ、扉を開いて、いざ踏み込めば未知の場所に時代劇な侍たち、最も丁髷ではないようだが――」


「あ、あの! ほんとに、偶然、偶々、ここに来てしまっただけで! その、アイシャたちは言ってみれば迷子なんですっ! だから、その皆さんの敵じゃないです!」


 ナハトの分かり難い説明を補足するかのようにアイシャが叫んだ。

 そもそも、目的は魔大陸にあって、ここにはない。

 

「貴様らは魔族、なのか? そもそも、この扉は魔王様に連なる者にしか開けぬものぞ」


「……あー、まあ……その、私は魔族よ……一応……」

 フィルネリアが控えめに主張すると、少しだけ張り詰めていた空気が緩んだ。


「では、貴方方は魔王様の使いなのか?」

 今度はやや臆したように男が聞いた。


「いや、ただの迷子だ」


「ちょっとっ! …………そこはもっと、こう、言い方というかやりようがあるでしょ!」


「ナハトちゃんは正直者で通っているんだぞ、それに堂々と嘘をつくなど娘の教育に悪い」

 

「…………あ、そう……えっと、ここって極東の島国だったりするのかしら……?」

 呆れたような、諦めたような口調でフィルネリアが言った。


「いかにも。ここは和の国が都、イズモである。魔族の入国は例外的に認められているが――迷子、か――」


 男は悩ましそうに首を振る。


「どちらにせよ俺の手には余る。判断は姫巫女様か将軍閣下が決められるだろう、それまで大人しくしていてもらおうか」


 退屈しているシュテルを肩車して遊んでいる間に、どうやら結論がでたらしい。

 

「ふむ、和の国というなら温泉宿がいいな。ついでにシュテルは海をご所望だ」

 予想外のアクシデントだが、驚きと未知はナハトにとって歓迎すべきものだ。

 急がば回れ、というくらいだ。

 少しくらいの寄り道ならば許されるだろう。


「悪いがお前たちはまだ客分でない――拘束とは言わないが自由はないと思って欲しい」


「えー、海見れないの……?」


 ナハトの頭をぽんぽんと叩きながらシュテルが抗議の声を上げる。


「ははは、そんなわけないさ。では、この陰気な建物を出るとするか」

 

 シュテルが望めば、ナハトが叶える。

 至極当然の道理である。

 ナハトが動き出そうとすると、再び静かな緊迫感が漂った。


「待て――客分でない、と言っただろう。勝手をするというなら侵略者とみな…………」

 言葉はそれ以上続かない。

 両足で踏みしめる大地が、一瞬だげ揺れた。


「そういえばお前は――少しだけ不愉快なことを言っていたな。この、私に、自由がない、だと――ははっ、笑わせる」


 吐き出す言葉に魔力が篭る。

 ナハトはやや不機嫌そうに威圧を込めて言葉を紡ぐ。


「では、やってみるといい。この私の自由を奪えるというのなら、試してみるといい。それはあまり賢い選択とは言えないだろうがな」


「ちょ、ナハト様――これって、どう考えてもアイシャたちが悪者なんじゃ…………」

 アイシャはなんとかナハトを説得しようと必死になる。

 フィルネリアは諦めたかのようにため息を一つ、シュテルはナハトの頭の上で楽しそうに周囲を見下ろしていた。


「くっ……やむを得ん……」


 覚悟の声がこぼれ出た。

 一触即発、今にも引き抜かれそうな刀とナハトの鮮やかな深紅の爪がぶつかりそうになったそんな時、


「は~い、そこまでー。シロウちゃんは刀しまって~、ほら早く~」


 間延びした声が、場を穿った。


「皆も刀しまって~、物騒な殺気納めて~、でないと~――――死んじゃうよ?」


 おっとりとした声の奥に目を虜にするような美少女がたっていた。

 眠そうな、くたびれたかのような瞳、それが一番最初に目に入る。ぽつり、ぽつりと咲く青い梅柄の着物から覗いた肌は少し日に焼けていた。黒髪が多い侍たちの中で、彼女の髪は微かに淡く、否が応でも目を引くことだろう。

 そんな少女が一歩、また一歩、ナハトに近づく。


「ちゃんと手加減はするつもりだったのだがな」


「そ~お~、でーもー、争わない、喧嘩しない、働かないが一番だよね~」


「ハルカ様っ! 危険です、お下がりを――」


「シロウちゃんは~、有能だけど~無能でもあるよねー、職務に忠実なのはいいことだけど~、命は大事にしなきゃだめだよー」


 ハルカは有無を言わせずナハトの前に来ると、にっこりと微笑む。


「いらっしゃい、扉の向こうの来訪者さん――私たちは貴方方を歓迎しますよ~。温泉でも、海でも、酒池肉林でも、ほどほどに叶えちゃいま~す。だーかーらー――仲良くしてね」











 そこはたった一つの扉を祭るためだけに存在する、広大な神社であった。

 扉を安置する一際巨大な本殿を中心に、参拝者のための拝殿、それらを繋ぐ幣殿を合わせるとそれだけで凄まじい敷地面積を誇ることは間違いがなかった。

 

 魔渡大社。

 かつて魔族の祖と言われる初代魔王が訪れた場所を祭ったこの場所は、和の国において三本の指に入る巨大神社の一つであった。

 その全てを管理する最高責任者が、現神主、イズミ・ハルカであった。


 石畳の道の先、魔力を帯びた鳥居の先へと案内されたナハトたちは、明らかに豪華に見える建物の中へと案内された。

 瑞々しい緑を広げる木々の葉が木製の建物と調和する。広く、そして精緻に整えられた自然の庭は一つの芸術と言えるだろう。日本の高級旅館を思わせる建造物が、何故か神社の敷地内に存在していた。


「もともと~、ここは魔王様をお出迎えするために作られたんだよ~、だから~、しっかりおもてなしできるようにできてるの~。もっとも~、ここにはほとんど誰も来ないから~、ハルカちゃんのー、サボり場なんだけどね~」


 い草の香りが漂う畳の間。重厚感のある木の家具で彩られた和室にシュテルが我先にと突っ込んだ。

 畳の上をゴロゴロと寝転び回り、満足したのかその頭をナハトの膝の上に置いてきた。

 大きく開いた襖から見える庭を眺めながら、ようやく落ち着けたのかアイシャは緊張を解いて息を吐いていた。

 

「それにしてもいいのですか……その、アイシャたちは多分……不法入国者だと思うのですけど…………」


 思った以上のおもてなしに気が引けるのかおずおずとアイシャが言う。


「あはぁ、別に遠慮なんてしなくていいんだよ~。本来、私の役目はアイシャちゃんみたいな子を歓迎することだもん。それで~、ナハトちゃんたちはどうしてここに来たの?」


「元々は魔大陸に渡るつもりだったのだがな――どうやら行き先を間違えてしまったようだ」


「へー、じゃあ~、扉って三つもあるんだね~」

 

「――? 管理者のお前が知らなかったのか?」


「だってー、私じゃあんなの使えないし~、というか使えるのは魔王様と勇者様、エリン様以外にいないし~。使える貴方が異常だと思うけど~、いったい何者なのかな?」


「私の名はナハト、親愛を込めてナハトちゃんと呼び続けるがいい」


 ハルカのぼんやりとした瞳がほんの僅かだが鋭くなった。


「ふーん。そう、で、ナハトちゃんは~、ここで何をするつもりなの?」


 ナハトはシュテルの頭を撫でながら少しだけ考えた後、思いついたとばかりに告げる。


「観光、だな」


「ぷっ! あははははははは、そっか~、じゃあ~、今はクサツがおすすめだね~。お祭りもやってるし、なにより温泉が素晴らしいんだよ~」


「それは楽しみだな、是非アイシャと一緒に浸かりたいものだ」


 そうナハトが言うと、アイシャの顔が真っ赤に染まる。


「ふふふ、っとそう言えばそちらの魔族さん、フィルネリアさんだっけ~、お部屋一緒でいい? それとも別の部屋を用意しようか~?」


「ふむ、私は一緒でも別に構わないが?」


 そうナハトが言うとフィルネリアはため息を吐いた。


「…………お願いだから一人にして……それに、家族の団欒に水を差したりしないわよ…………」


「はいは~い、じゃあフィルネリアさん、こっちにきてくださいね~」

 

 ハルカに連れられてフィルネリアが襖の奥へと消えていく。


「いいのでしょうか、アイシャたちがのんびり観光なんてしていて…………」

 申し訳なさそうに言うアイシャにナハトは笑いかける。


「アイシャは真面目だな。少しくらい息抜きしたって誰も文句は言わないし、言わせないさ」


 それに、と一拍置いて、ナハトは言う。


「シュテルにはいろいろなものを見せてやりたい。体験させてやりたい。今まで我慢してきた分、いっぱい、な」


「そう、ですね。ふふ、きっとシュテルも大喜びすると思います!」


 予想外の事態によって、突如として訪れた休暇にナハトは思いをはせる。

 もっとも、この世界に来てからというものろくに働いた記憶のないナハトにとっては毎日が休暇だったのかもしれないけれども。











「ハルカ様っ! よろしいのですかっ! あのような得体の知れぬ危険人物を野放しにして!」


 神宮警備隊の長であるシロウは身寄りのない子供であり、幼いころから神社によって育てられたが故に、忠誠心は並々ならぬものがあった。

 だが、それ故に融通が利かない。

 今回の一件はそれが命取りになる可能性が大いにあったのだ。その辺もきっちりと教育する必要があるとハルカは思った。


「いいんだよ~、というよりそれ以外にはどうしようもないのー。扉を開けるってことは最低でもエリン様と同格。疲れ切った様子でもなかったし多分だけど格上~、そんな相手に刃物突き付けるほうがどうかしてると思うよ~?」


 実際、扉の先から現れた黒き魔力の主。あれは唯者ではない。

 かつて和の国を訪れ、扉を設置し、暴食の森から国を救った伝説の英雄、初代魔王とはあのような人物なのか、と錯覚するほどである。


「英雄、か――」


 明るく、そして緩いという印象のハルカからは想像もできないほど重い言葉が吐き出された。


「――?」


 疑問符を浮かべるシロウを気に掛けることもなく、ハルカは虚空を見上げた。


「いたらいいよね、そんな物語みたいな人が、さ――」

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