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移ろう鬼

 デュランはふっと息を吐くと同時に、緊張を吐き出した。

「やっとか――」

 デュランにとって、黒狼の牙などどうでもいい存在だ。

 デュランがこの場にいる理由はたった一つ、自らの持つ狂戦士の加護が、強者が現れる、お前の心が赴くままに戦え、と言われ従っている、それだけだ。

 だから、街にいた薄汚い貴族を通してアイゼンに雇われてやったに過ぎないのだ。あの愚か者はデュランが従っていると思っているだろうが、そうではない。むしろデュランのトラウマを抉る存在である盗賊を見過ごすはずがないのだ。

 

 狂戦士の加護は漠然とした情報しか与えない。

 強者が現れる、さあ戦え。それだけを伝えた。

 だからこそデュランは強者とはAランク冒険者にして二つ名持ち、氷帝クリスタ・ニーゼ・ブランリヒターのことかとも思った。

 

「あれも、良き戦いだった――」

 閃光のように速い細剣の双剣術、そして強大な氷魔法。もう少しで森ごと冷凍保存される所だったのだ。

 血を流したのは何時ぶりか。

 デュランにとっても血が滾る戦いであったことは間違いない。

 だが、それ以上に、デュランには彼女たちが羨ましくもあった。自らが正しいと信じている顔だ。覚悟の篭ったいい表情だ。乾いたデュランとは大違いだった。

 

 デュランがいなければ、この程度の盗賊団など、数分で殲滅できる実力はあったが、デュランと比べれれば僅かに劣っていた部分もあった。

 若さゆえの経験の浅さと、接近戦での壁役の不在。

 デュランがそれを見逃すことはなかった。


 結局勝者はデュランだった。流した血も僅かなものだ。

 だから、きっと、これからが始まりなのだろう。

 流れ、巡り、出会う、強者との死合いが。


「はは――」

 体の高揚が声となって響いた。

 この瞬間だけがデュランは生を実感できた。

 それはあの日から続く呪いでもあった。

 

 貧しい村人の出身であるデュランは、七歳の時に盗賊に村を襲われた。

 人数は確か二十数人だったか。

 村の自警団は五人程度しかいなかったので、数の差から自警団は負け、村は見るも無残に滅ぶことは必然だった。

 だが、そうはならなかった。

 多くの者が血の海に沈んでいく中、デュランは獰猛な笑みを浮かべていた。誰もが絶望し、悲鳴を上げる中、デュランだけが現状を把握できていた。

 そう、デュランは生まれながらにして戦いの天才だった。


 そして、冷静に思考を加速させる。

 戦力は、残存兵力は、こちらの優位は、付け入るべき隙は、そして守るべき者は何か、ただ静かに認識してた。

 

 逆境を覆すには何が必要か――

 デュランの結論は、地の利と盗賊どもの油断だった。


 体格に恵まれているとはいえ、七歳の自分が格上の盗賊を殲滅する、そんな方法を考える。

 

 まずは、母を犯していた盗賊の首を包丁で切裂いた。

 楽しそうに笑いながら、ズボンを脱ぎ捨て、剣すら床に置いていた盗賊を殺すことは容易だった。音を立てず、後ろから近づけば、屈んでいた盗賊の首にナイフが届く。

 初めて人を殺した。

 鮮血がまって、吐き気と高揚感が津波のように押し寄せてくる。

 

 そのまま、短剣と長剣を奪い取って、次々に盗賊団を殺して周った。

 七年間を過ごした村の地形は全て頭に入っている。

 かくれんぼの際に利用した道と隠れた屋根の上が不意打ちにはもってこいの場所だった。


 時には村人が襲われている背に刃物を突き刺し、時には身長さを生かして足元に潜り込み腱を切裂いた。また時には屋根の上から石を頭部にぶつけ、決して不利にはならないよう、各個撃破を徹底した。

 そして気がつけば、もう、殲滅は完了していた。

 

 デュランはただ必死だっただけだ。生まれ持った肉体能力を生かして、油断をこの上なく利用して、盗賊を殲滅する。

 それは、生き残るため、母と父を守るため、そして、周りから褒めて貰うためだったのだと思う。

 父と母の愛情を失わないために、ただ無我夢中だったのだ。


 だが、デュランの気持ちは裏切られた。

 誰もがデュランを異常だと認識したのだ。

 子供の身で、盗賊を皆殺しにするデュランに向けられた、奇異の視線。

 優しい微笑でデュランを育ててくれた最愛の両親から向けられた、歪な笑顔。

 その眼差しをデュランは生涯忘れることはできなかった。

 頭の中に浮かんだ幻影。優しい微笑がああも汚く歪んでいたら、デュランはもう何のために必死になって、吐き気を抑えて、命をかけて、恐怖を堪えて、戦ったのか分からなかった。

 残ったのは、膨大な喪失感と戦いの高揚感だけだった。


 それからデュランは村を捨て、戦いの中に身を置いた。

 少しでも強い高揚感を求め、逃避するように――


 いつしかデュランの歪んだ心に、住み着いた異物があった。

 そんな異物の言いなりになっている自分がいた。

 そこにいないと、生きていけない、そんな気がして――


 それは、弱い自分が生きていくための逃避であったのだ。

 戦わなければば生きていけない。

 高揚しなければ、生きていけない。

 何のために生きているのか分からない。

 戦場がいつの間にか日常になり、日常がいつの間にか悪夢に変わった。デュランにとって戦いとは生そのものになってしまった。 


 息を吐き、血が滲むほど強く拳を握り締める。

 デュランの体が脈動し、服の上から筋肉が膨張する。

 鍛え上げたわけではない。ただ転々と戦場を移ろう内に得てしまっていたのだ。

 強靭な筋繊維が束となって、鋼のような様相を呈していた。


 その手に持つは、片刃の大剣だ。一見しただけでは強大な包丁を持っているかのようにも見えるだろう。

 だが、包丁とは比べられないほど、頑強で、鋭い光を放っていた。無骨で、長大で、命を吸い取り紅い幻影が映るそんな刃だった。


 何時だったか、クーデターの際に切り殺した男から受け継いだ得物だ。傭兵に姫を救えと命令するふざけた男だった。

 あの時のデュランは敵であったにもかかわらず、そんなことを言っていた。

 おどおどとしていて、意味の分からぬ幼女があれからどうなったのかを知る術はデュランにはないが、刃を映す光の間に、求めていた笑みを幻視した。


「今度こそ、今度こそ、だ」


 強者と出会い、戦えば、己の空白が埋まるとデュランは信じていたのだった。








「な、ナハト様、やっぱり、やめにしませんか? 無茶ですよー、私達だけで盗賊団のアジトに乗り込むなんて!」

 盗賊にも大小様々な規模があるが、一村人でしかなかったアイシャにとってそれは、最も身近にある恐怖だった。

 開拓村で過ごした時も、数度小規模の盗賊から襲撃を受けたことがある。

 傷を負って戻ってきた父を見ると、身が縮こまるほどの寒気に襲われたのだ。

 怖くないはずがない。


「今さらじゃないか、アイシャ。つい先日一歩間違えたら竜と殺し合いするところだったんだぞ? 盗賊くらいでビクビクするな」

 

「む、無茶ですよ! 私にとっては竜も盗賊もおんなじくらい怖いです…………」

 一瞬、竜が迫ってきた時のことが頭をよぎり、アイシャは体を震わせた。


「まあ確かに――このままはまずいか、よし――」

 アイシャは半耳長族ハーフエルフの子供に過ぎず、魔力において将来性は十分にあるとはいえ、今はただの子供でしかない。

 身を守る術がないままでは不安が残るのは当然だろう。

 で、あらばナハトの選択はたった一つだ。


「――アイシャ」


「は、はい」


 緊張した面持ちでナハトを見上げるアイシャに向かってナハトは告げた。


「服を脱げ」


「は、はい! …………へ?」

 条件反射で返事をして、正気を取り戻したアイシャが目をぱちくりさせた後、ボンと爆発したかのように頭から湯気を噴出した。


「あ、あの、いや――いや、いやではないのですけど、その、こういうのはもっと準備が…………そ、それに初めては脱がして欲しいというか、い、いえ、勿論ナハト様が手間だというのなら、目の前でお脱ぎ致しますけど、せめて人気のない場所で、二人っきりで……で、できれば屋根のあるお城とかで、その初体験したいな……なんて……」

 盛大に暴走したアイシャの言葉に、ナハトは頭を抱えそうになった。


「わ、私としては、もっと、その、出るところが出てからお召し上がりになって貰おうと思っていましたが、ナハト様が今のままが良いとおっしゃるなら、いつでもオーケーなのです、はい! い、痛いのだって、我慢しますっ!」

 言葉が足りなかったのはナハトだ。

 だけれど、彼女がここまで勘違いするとは想像もできなかった。

 というのも、ゲーム時代、服を脱げ、というチャットは、装備の性能を見せてくれという隠語であり、初心者プレイヤー相手だとセクハラだといわれるのだが、大抵は通じるものなのだ。それが、つい癖で口から出てしまった。

 これ以上アイシャが自爆をする前に、ナハトは慌てて訂正する。


「違う! 装備を渡すから着替えて欲しいだけだ――今の装備は見たところ、麻の服にボロい靴だけだよな――だから、防具をお前に渡そうと思う」



「――へっ! はっ、ひ、ふ、はぁ? じゃ、じゃあ、私は今まで何を言って――――はふぅーーーー」

 魂の抜けたアイシャが自我を取り戻すまでかなりの時間を要したのは言うまでもないだろう。



「――――で、落ち着いたか?」


「は、はぃー」


「よろしい、ではまずこれだ――」

 そう言って取り出したのは、子供用のかぼちゃパンツだった。

  

「見たことない形の下着――でも、な、なにか、こう――子ども扱いされてる気がします」

 第六感が何かを察知したのか、ジト目でナハトを睨むアイシャにわざとらしい咳払いでお茶を濁す。

 別に、子供に似合いそうだから、という理由で渡したわけじゃない。

 こう見えてこのやぼったいかぼちゃパンツも魔法道具マジックアイテムなのだ。ハロウィン限定で、女性キャラが始まりのハロウィンというクエストを達成したときに貰えるアイテムだ。

 誰でもイベントに参加さえすれば手に入るが、イベント限定だからこそ、価値はそれなりにある装備だ。

 階級は特質級ユニーク。高い魔法耐性に加え、特殊能力も秘めている。

 

 基本的にゲーム時代の装備は、一般、希少レア特質ユニーク伝説レジェンド、そして古代級エンシェント。その上には、例外的に究極アルティメットも存在しないわけではないが、これはイベント限定の最上位クエストのものがほとんどで、絶対数も少なく、数えられる程度の個数しか存在しない。よって、最上級は古代級エンシェントというのが一般常識である。


 では、なぜ古代級エンシェントの防具を与えないかというと、それは数が少ないことも確かだが、装備するためには複雑な条件が課されるからだ。伝説級レジェンド以上の防具は全て、装備するために必要な能力値を要求してくるなど条件が存在し、アイシャが装備できるものはまずない。


「んで、次はこれだ――」


「フリフリで可愛らしい服ですね! ほんとに私が着ても!?」

 取り出したのは、婦女子の正装と銘打たれたメイド服である。

 勿論これも、特質級の魔法防具だ。

 物理防御が高く、魔法防御はないに等しいが、代わりに二つの特殊能力を秘めている。一つは最下級魔法を無効化すること。もう一つは四大属性耐性である。


「それと、これとこれ、ついでにこれも――」

 浮遊効果のある天馬の靴。

 幻覚耐性を持つ夢魔の首飾り。

 全属性耐性を持つ異次元世界の花飾り。

 そして最後に――


「課金アイテムで下級制限を取っ払った伝説級レジェンドアイテム――豊穣神の涙の指輪フレイアティアーズ

 期間限定イベントガチャの景品には、制約の小さい下級に限り装備の制限を打ち消すことのできるレアアイテムがある。

 それを使って、レベル七十以上、LUKの値が二百五十以上という下級制限を取っ払い装備可能にしたこの指輪は、毒、麻痺、睡眠の状態異常をほぼ全て無効化した上、全状態異常耐性微上昇という破格の効果を秘めた指輪である。

 円環の部分は波を思わせる線が刻まれた金で象られ、頂上には、七色に輝く宝石、女神の涙が結晶となったものが金の手に掲げられるように安置されている。

 

 どれも、精巧な作り込みと魔力の波動から、アイシャには想像もできないほど高額な品であることは間違いなかった。

 だが、それでもアイシャの評価は足りない。

 当然性能により全てとは言えないが、特質級の魔法道具は大国家の秘宝レベルの品物である。

 村のお金じゃ買えないというアイシャの認識は間違いで、国家予算を動かせば買えるかもしれない、それがこの世界におけるナハトの魔法道具に向けられるであろう認識だ。

 勿論ナハト自身もそれは知らない。だが、これでもパッと見では価値が分かりにくい物を厳選したつもりであり、だからこそ、アイシャも遠慮しながらも、強く勧めれば装備してくれた。

 

 だが、その指輪は例外だ。

 見ただけで、アイシャにもそれが異常で、高額であることが理解できた。


「う、受け取れません!」


「……? だが、これは便利だぞ?」

 ナハトも低レベル時代随分とお世話になったのだ。

 指輪という一部位で、全ての状態異常耐性を網羅できるのだから、めんどくさいLUK制限を取っ払ってでも装備する価値がある。

 

「で、でも――こんな、綺麗な指輪――私には勿体無いです――」

 円環の金だけで、一体どれ程の人間が遊んで暮らせるか想像もできない。

 まして、中央の宝玉の価値はどれ程のものだろうか。


「だけど、私には不要なアイテムだ。ストレージの肥やしにしても意味はないし、受け取って貰えないか?」

 それでも、一向に手を伸ばしてこないアイシャにナハトは付け加える。


「それに、こんな指輪程度でお前の命を守れるなら安いものだぞ? アイシャはもう少し、自分の価値を理解すべきだ」

 ナハトのその言葉を、アイシャは噛み締めるように、ゆっくりと頭の中で咀嚼した。

 完全に理解するまでは数秒の時間を要した。

 ナハトは言ったのだ。

 この、見たこともない聞いたこともない秘宝よりも、アイシャのほうが遥かに価値があると。

 そうであるならば、この身を――命を守ることは義務であると言えるのだ。

 

「ずるいです――そんなこと言われたら、嬉しくて――貰っちゃうしか、ないじゃないですか……!」

 今はまだ力なきアイシャは、ナハトの慈悲に縋るしかない。

 おずおずと受け取ったアイシャは、ゆっくりと、幸せを噛み締めるように指に嵌めた。

 

「何故、迷いなく左手薬指…………」

 嬉しそうに指輪を眺めるアイシャから答えは返ってこなかった。

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