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ネロとデュラン

「……き、騎士さまぁ…………私、もう、限界ですの……お、おんぶを、いえ、できればお姫様抱っこを所望いたしますわ……」

 肩で大きく息を吸うクラウディアは、それでも必死にデュランを追う。


「なっさっけないなぁー! ネロは全然平気だもん! えらい? ねぇ、えらいでしょ?」


「黙って歩け……疲れたなら馬車にでも乗ってろ、一人くらいは乗れるだろ」


「……い、いやですわ……それでは騎士様とお話できませんもの……!」


「おひめさまは馬車にでも乗ってればいいんじゃない? その間、おじさんはネロのものだし!」

 そう言って、ネロが腕を絡めてくる。

 いや、正確に言うならば腕に飛びついてくる、だろうか。


「きぃー! 騎士様から離れてくださいませっ!」


「やだもーんっ!」


「やる気でございますかっ!」


「やってやるもんっ!」


 温室育ちのクラウディアはともかく、ネロまである程度の疲労を見せているのは四六時中言い合いやら取っ組み合いやらを続けているせいだ。

 これだからガキの面倒は見ていられない。


「おい、レシア……何故こいつ等がついて来ている……?」

 もう何度目かわからない愚痴をレシアにぶつける。

 馬車の荷台からひょこりと顔をだしたレシアは、ゆっくりと荷台を降り、やれやれとばかりに口を開いた。


「お二人たっての希望ですし、旅は大勢でしたほうが楽しいのでございますですよ?」


「俺たちは危険な任務に向かう途中だろうが、あいつのメイドがそれでいいのか」


「姫しゃまもお二人を連れて行くのに反対しませんでした、なれば何故にこのレシアが反対などいたしましょうか。それに、けっきょくはデュランしゃまのほうが先に折れたのでございますです」


「ちっ」


 そう、結局妥協したのはデュランだった。

 危険な任に二人を巻き込まないために、二人の保護を報酬にしたにも関わらず、こいつらは泣きながら一緒についてくると懇願して、デュランの両手にしがみ付いて離れようとしなかった。

 起きている時は二人掛かり、就寝時は交代で見張りをする徹底振りだ。風呂やトイレにまで引っ付いてくる二人の駄々に白旗を挙げたのはデュランのほうである。

 帰ってくるとそう言っているのだが、過去の行動からして信用はできないらしい。

 結局、宗教国家に着いたら大人しく引き篭もることを条件に、デュランは旅路に二人を連れて行くことを容認した。


『大丈夫、ネロは盗賊さんだから』


『安心してくださいませ、いざという時は姫様直伝の王室ロイヤル空手で一網打尽ですわ』


 自信満々に二人は言うが、戦力としてデュランがネロたちを当てにするはずもなく、ただできる限り大人しくして、安全な場所で座っていてくれればそれでいいのだ。


「まっ、安心するのですよ~、お二人は商会のお嬢様とそのメイドでございますです。実際に動くのはデュランしゃまと姫しゃま親衛隊ですから、お二人に危険はないのですよ」


「だと、いいがな……」


 そう呟くデュランの横から怒声が飛ぶ。


「私は七年も昔から騎士様と結ばれているのです! ぺちゃぱいは一昨日きやがれ、ですわ!」


「あんたのおっぱいだってママよりは全然ちっちゃいもんっ! ちんちくりんはさっさと馬車にひっこむのー!」


「やる気でございますわねっ!」


「やってやるもんっ!」

 向かい合う二人にデュランは拳を落とす。


「あうっ……」「ふにゃぁ……」


「ったく、大人しくしてろ」

 

「「ぅぅ……いたい…………」」


 騒ぎ出す馬鹿二人を引き連れて、太陽が傾き始める頃まで歩き続けた。

 空の光が徐々に赤みを帯びていく中で、


「今日はこれくらいにしましょう、なのです」

 

 レシアがそう告げた。

 水場周りで馬車を止め、それぞれが休憩へと移る。

 女性陣は真っ先に水浴びに向かい、デュランは慣れた手つきで包丁を握る。

 こういうのはメイドの仕事だと思うものの、一人旅で染みついた癖は自然と体を動かしていた。


「ねぇねぇ、おじさんっ! 今日はなにつくるの?」

 一人包丁を握るデュランにネロがぴょこんと飛び出して、そう言った。

  

「シチューだな、それよりもお前は水浴びにいかないのか?」


「ぬれるの嫌いだもん」


「そのうちまた臭いだすぞ」


「ぶぅー、ネロは臭くないもんっ!」


 そう言って、ネロはそっぽを向く。

 出会った頃はまるで気にした風もなかったネロが僅かばかりの羞恥を見せていたことに少しだけ新鮮さを感じた。


「まあ、一日や二日水浴びしなくとも誰も何も思わないだろうがな」


 旅路で水浴びなどできない日のほうが遥かに多い。一週間風呂に入らず仕舞いになることなどざらである。

 それにいざとなれば胡散臭いメイドの無駄な魔法がある。

 デュランは黙々と具材を切り、調理を進めた。

 その間、ネロは馬車に腰掛け、足をぶらぶらさせながらデュランを静かに見つめていた。


「ねぇ、おじさん――」


「おじさんじゃない、お兄さんだ」


「もう、こまかいなー」


「で、どうした?」


 デュランは包丁を動かしながら先を促す。


「ごめんね、我侭言って、ついてきて」


「いいさ、もとはと言えば俺のせいだ」

 ネロのことも、クラウディアのことも責任は常に大人の方にあるべきだ。それを許さない過酷な世界であったとしても、少なくともデュランはそう思う。


「……ネロにはおじさんしかいないから、離れるのだけは嫌だったの…………」

 火にかけた鍋の水が徐々に煮だって、小さな気泡が僅かに浮かんで、音もなく消えていく。


「ママがネロのせいで死んじゃって、おじぃに出て行けって言われて、だからネロはおじさんに近づいたの。おじぃも、おじぃと一緒にいた黒い人もおじさんなら助けてくれるって言ったから」


 血牙と呼ばれる狼の獣人、冒険者とも、傭兵とも、暗殺者とも、山賊とも言えるその男と共に依頼をこなしたのはたった一度だけだ。

 シドニスのクーデター、暗殺国家が裏で糸を引いて、王位継承を捻じ曲げたあの戦でデュランはその男と共に戦った。

 信頼されるほど親密な関係ではなかったが、暗殺国家とは繋がりがある。少女を一人、デュランのもとへ送りつけるくらいはできたのだろう。


(何が少女の誘拐だ、自作自演もいい所じゃねーか)


 内心で、高笑いをしているだろうミナリアに吐き捨てる。


「そうか、だがまあ俺はお前を助けてやれるほど大層な人間じゃないぞ」


 ネロは静かに首を振る。


「そんなことないよ、おじさんは優しいもん」

 

 煮立った鍋に蓋をして、デュランは草の上に座り込む。

 そうすると、ネロは馬車からぴょんっと飛び降りて、ちょこちょこ歩くとデュランの座り込んだ足の上に座ってきた。


「最初はね、おじさんのこと利用するつもりだったんだ。弱っちかったら取るものとって逃げようって思ってたし、酷そうな人ならすぐに逃げようと思ってた」


「そういえば、お前は盗賊だったな」


 デュランは刃を向けてきた頃のネロを思い出して、苦笑する。


「でもおじさんは優しかったから。人間なのにネロに優しくしてくれるから、離れたくなくなっちゃった」


「――そうか」


「……ママがね、ネロに生きてって言ったの、幸せになってって言ったの……だからネロはなんでもしたよ……生きるために汚いことも、酷いこともいっぱいした。でもその度に思ったの、一人で生きるのは辛いなって……寂しいなって……どうすれば幸せになれるんだろうなって、ずっとずっと考えた……」

 そう言って、ネロは笑う。

 口元を無理やり歪めて、微笑みの体を装う。


「一人でいろいろやってたらおじいがネロを拾ってくれたの。そこで色々教わったよ、気配の消し方とか、戦い方とか……結局おじぃはネロに仕事を手伝わせてはくれなかったけど……」


「そりゃあ喜ばしいな、お前くらいの子供があのおっさんに関わってもろくな事にならんだろ」


「きっと――きっと、おじぃもおじさんと同じことを考えてたんだよね」


 ネロは懐かしそうに言葉を続けた。


「『ネロの手は綺麗だな、お前はずっと綺麗なままでいて欲しい』って、おじぃがよく言ってた。ネロの手はとっくに汚れてるのに、おじぃはいっつもネロの手をにぎって、そう言ってた」


「――そうか」


 呟くと共に、十分に煮込んだ鍋の蓋を開ける。

 すると、じっくり煮込まれたシチューの芳しい香りが立ち昇った。


「ふぁー、おいしそう!」


 ネロの腹が盛大に鳴る。

 デュランは味見用の小皿にスープと腸詰の肉を乗せてネロの方に差し出した。


「食べていいの!?」


 キラキラとした瞳を向けてくるネロにデュランは頷く。

 ふーふー、と息を吹きかけ、スープを飲んで肉を頬張る。

 きっと、ネロは気づいていないだろうが、顔に浮かぶ抑えきれないほどの笑顔はこれ以上ないくらい幸せそうに見える。


「幸せかどうかなんて俺にも分からん。どうやれば幸せになれるのかも知らん。俺の幸せは過去に置き去りにしたままだからな。だがな、それでも生きていれば楽しいことの一つや二つ、掴み取れるものだと思うぞ」

 らしくない言葉を吐いているとそう思う。

 口にした本人が疑惑の念を持つくらいには薄っぺらい言葉だなとも思う。

 だが、それでも、今のネロを見ればデュランの言葉もあながち間違いではないのかもしれないと思えてくるのだから不思議なものだ。


「おじさんは幸せじゃないの?」

 ネロが聞いた。


「――さてな」

 デュランは誤魔化すようにそう言ったが、ネロはすかさず言葉を続ける。


「じゃあネロが幸せにしてあげるね!」


 そう言って、膝の上に座るネロは、また幸せそうに笑っていたのだ。

 


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