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プロローグ

 強大な力を持つ者は、望む望まないに関係なく、ただそこに在るだけで人を引きつけ魅了する。

 故に、この世で最強はいったい誰なのか、そんなくだらない話は酒宴の席での話題に上がりやすい。


 候補に上がる者は何人かいるだろう。

 例えば、世界中を探してもたった数人――英雄とまで言われる、Sランク冒険者、『不敗』や『殲滅者』の名前を出す者は多い。


 また、誰もが思い浮かべるのは伝説の大戦、その覇者の末裔であろう。故に、『勇者』こそが地上最強であると言う者もいる。


 あるいは、紅の大帝国――総人口七千万を超える人類国家最大にして最強の国、その頂に立つ帝国最強の騎士ジークフリード・シュタインベルグ、そして現皇帝の妹にして、帝国の最終兵器と言われるユーリカ・フォン・クラウス・ヴィルヘルムだと言う者もいる。


 また、あるいは、聖都アクエリオンにて祈りを捧げる巫女を思い浮かべるものもいる。最も深く竜と心を通わし、その寵愛を一身に受ける水竜の巫女、ステラこそ最強の名に相応しいと言うものも多い。


 他にも、軍国の神鉄騎士団団長や神聖国にて最も有名であろう白の騎士の名を挙げるものもいる。


 その議論に意味はなく、答えの出ない論争はいつまでも続いていた。

 

 では、人類最強の軍団はと尋ねれば、不思議と人々の答えは一つしか返ってこなかった。


「そりゃあたぶん、神聖騎士団セイクリッドナイツだろうさ」


 人々は口を揃えてそう言った。


 








 小さな村が、赤く染まっていた。

 いたるところから火の手が上がり、焼け焦げ爛れた木の家が幾つも幾つも崩れていった。


 普段であれば、和気藹々と村人が往来するはずの道が血に染まっていた。

 貧しくも笑い合える小さな幸せは、強者の気まぐれであっさりと消え失せる。


 辺りには苦痛に咽ぶ悲鳴とすすり泣く子供の声が溢れていた。

 朝、おはようと声をかけてくれた父は首から剣を生やし、物言わぬ人形のように事切れていた。

 笑顔を振りまいていたはずの母は、地に押さえ込まれ、欲望の捌け口にされていた。

 

「逃げ、て…………」


 母はそう言うが、足はもう動いてくれそうにない。動いた所で逃げ切れるはずもない。

 嘘だと思いたかった。

 悪夢だと目を塞ぎたかった。

 だが、悲鳴はいつまでたっても耳から消えず、屈強な男たちはいつまでもいつまでも母を甚振っては、犯していく。


 少女は何もできないまま、地に倒れこみ、ただただ絶望を見続ける他に選択肢はなかった。


「……なんでっ……! なんで、こんなこと、するの…………」


 同じ人のはずなのに。

 言葉を交わせるはずなのに。

 どうしてこんな酷いことをするのか。

 どうして父を、優しかった隣人を、友達を、殺してしまうのか。

 何もしていないのに。

 ただ普通に暮らしていただけなのに。

 幸せだったのに。

 何故、どうして。

 悔しくて、憎らしくて、分からなくて、口を開かずにはいられなかった。


「ぷっ、あははははははははははははは! 何で、だと? 人の皮を被った獣を人間が狩るのは当然だろうが、お前は何を言っている?」


 男は心底馬鹿にしたようにそう吐き捨てる。


「いいかぁ、俺たちは人間様だ。獣を殺して何がおかしい? まあ、安心しろ。じっとしてりゃあ首輪くらいは繋いでやる、世の中には物好きがいるもんだ。てめーの主人もそのうち見つかるだろうよ」


 男は、当たり前の常識を口にするかのようにそう言った。

 少女はやはり、何もできないままだった。


 やがて、村は壊滅し、生き残った者は広間に集められていた。

 手足の自由を奪われ、首に枷を嵌められて、女子供は奴隷のように鎖に繋がれた。


 七国内ではそう珍しい話ではない。

 亜人狩り、その実体がそこにはあった。

 

 皆が皆、生きることを諦めたようにうな垂れる。

 抵抗の意思を見せたものは、見せしめに首を刎ねられた。よく遊んでいた隣の男の子の首が無くなった。だからもう、歯向かおうとは思わなかった。


「これで全部か、では撤収――」


 もう、どうしようもなくなって、自分は無力で何もできなくて――全てを諦め思考を止めようとしたその時だ――


「なっ――」


 凄まじい爆音とともに、空から――人が降ってきた。


「き、貴様――何奴っ!」


「――ああ゛? お前、誰にもの言ってんだ?」


 その瞬間、首が一つ空に飛んだ。

 いつの間にか抜刀され、再び納刀される細い片刃の剣は一切の返り血さえ付着させることもなく命を奪い、一瞬遅れて鮮血が噴出した。


「た、隊長――き、貴様――」


 美しい女性だった。

 濡れたような黒い髪が肩に、腰に、絡みついて揺れていた。身に纏う闇色の法衣が形容しきれないほど神々しい光を放っている。

 

 ただ美しいと思った。

 だから、神の使いとさえ思えるその女性に、少女はどうしようもなく希望を抱いてしまいそうになった。

 だけれど後になって考えれば、きっと自分はとんでもなく愚かであったと思わずにはいられない。 


「んだよ、同業者か――つかよ、さっきからてめーら誰に向かって口利いてる、死にてーのか?」


「貴様は何を言って……あっ! ひっ、貴方様は……」


 刃を持ち、暴力を振るう屈強な騎士がガタガタと震えていた。

 何かに気がついたのか、すぐに剣を片付け、姿勢を正して敬礼していた。


「……し、失礼いたしました!」


神聖騎士団セイクリッドナイツ、黒の騎士――イルミーナだ。で、これは何をしている?」

 少女もその名前を知っている。

 獣人の間では絶望の代名詞として使われる名であった。

 神聖騎士団セイクリッドナイツとは、たった一団で一国の軍事力に優るとも劣らないと言われる最強の騎士団の名称なのだ。

 部隊の隊長は皆それぞれを示す色を持ち、一騎当千とも当万とも言われる絶対的な強者であった。

 最強の騎士である聖騎士の頂点。

 そんな存在がどうしてこんな辺鄙な村に――そう思わずにはいられない。


「い、いえ、その、これは――聖人様の命で商品になりそうな獣を狩っている所であります。今は、三個小隊が周辺の村落にて亜人狩りを行っているものと思われます」

 それを聞いて、女は不快そうに唾を吐き捨てた。


「へぇ、で?」


「我々は無事任務を果たしましたので、これよりラインセルに帰還予定です――」


「そうか、なら、それはもういいぞ」


「は? あの――」


 言葉は続かなかった。

 首が、ぽとり、と落ちたのだ。

 だから、言葉は続かない。


「な、何をするんですか――!」


「くはぁ、くあぁはっははははははははは、何を、だと? お前たちがやったことだろうが! 自分たちの番になったら文句言うのか! お前――それでもほんとに騎士か?」


「くっ、黒の騎士様がご乱心だ――総員抜刀――」

 

 一対五十の戦い。

 それも女一人に対して相手は屈強な男たち。

 結論から言えば、それは戦いにもならなかった。


 あたり一面が血の海になった。

 一つ、また一つと空に舞う首を少女は呆然と見ることしかできない。


「何故、このような真似を! 神の尖兵たる神聖騎士団セイクリッドナイツが何故っ! 何故、敬虔なる我ら信徒を――」


「神だぁ? っは、神、神、神、神、神、神、ひはっ、かみ、かみ、かみっ! 神様ねぇ? 神はてめーの都合の中になんざいねーよ、クズがっ!」


「わ、我らは、ルドワルド聖の、め、命を受けた特務小隊ですぞ! こんなことをしてただで済むと――」


「神の次は聖人かぁ? くっ、くははははははは、あんまし俺を笑わすんじゃねーよ! いい加減、不快になるだろうが――死ねよ」


 物言わぬ死体となった肉塊を、イルミーナは踏み潰す。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 ぐちゃぐちゃと、音を立てて臓物が潰れ、悪臭が立ち込めていた。


「神ぃ、神、神、神、神っ、はっ、神ねぇ? 神ってのはてめーの罪を帳消しにする耳障りのいい免罪符じゃねーんだよ」


 女は吐き捨てるようにそういった。

 その言葉を聞くべき者はもういない。

 村を蹂躙した騎士は一人残らず息絶えていた。


「あ、ありがとうございます――ありがとうございます――」


 そう言って感極まって飛びつく村人を、イルミーナは躊躇なく蹴飛ばした。


「っ――かふっ――!」


「気安く触ろうとしてんじゃねーよ、ゴミ共が」

 そう言って、冷ややかな目が少女を貫く。


「貴方は……私たちの味方じゃないんですか……?」

 悪夢を払ってくれたイルミーナに少女は問う。


「はっ、この世に誰かの味方なんてもんは存在しねーよ」

 イルミーナは吐き捨てるように言葉を紡いだ。


「ったく、うんざりなんだよ――神も、人も」

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