smile
家賃六万のワンルームアパートへ帰宅。
学生の一人暮らしにしてはじゃっ買い家賃が高いだろうか。しかし六万の中には水道光熱費等の料金がすべて含まれている。そう考えると、まあそれほど高くはないだろう。
ドアを開けるとテレビから漏れる微かな笑い声。決して出かけるときに消し忘れたわけではない。
「あ、おかえりー」
僕の帰宅を察してか、奥から女性の声が響く。
リビングに入ると美しき少女が僕の特等席の座イスに座っている。
彼女を前にして改めて言及しておこう。僕は独り暮らしだ。彼女と同棲なんかしていないし、そもそも彼女なんていない。
体育座りをしてテレビに見入る少女は同居人だ。しかし再度、くどいぐらいに言おうではないか。僕は独り暮らしだ。
少し訂正するならば一人と一体。
そう――、目の前の少女は人間ではない。
アンドロイドだ。
「早かったね、もう学校終わったの?」
視線をテレビから移さないまま少女は尋ねた。
「ああ、今日は二コマで終わり」
つまり今日の大学の講義は午前中で終了。
「ふーん」
会話はそれで終わり少女はテレビに集中した。
鞄を部屋の隅に放り、デスクに座ってパソコンをつける。特に何かを始めるわけではないが、いつも帰ったら取りあえずパソコンをつける。
テレビではお昼のバラエティ番組が流れている。座イスに座る少女はテレビに合わせてときたまケタケタと無邪気な笑い声をあげる。
一見して人間としか見えない少女はしかしアンドロイドだ。
名前はノイ。
ノイは突如アパートに送られてきた。差出人は恐らく親父。親父は学者で世界を飛び回っている。今現在何処に居るかなんて知れたものではない。生きているのか、死んでいるかさえ定かではない。何せもう十年は会ってないのだから。
台所に立ち昼食を作る。自炊と言えば聞こえはいいが、料理と呼べる代物ではない。ただのインスタントラーメンだ。
「またラーメン? 好きだねえ」
「うるせ」
いつもお菓子ばかり食べているノイに言われたくはない。
そう、ノイはアンドロイドのくせに物を食べるのだ。水分も取る。
「ねえ、彼らは本気では笑っているのかな」
「んん?」
ラーメンをすすりながらノイが指差す方を見る。テレビの向こうでは出演者が楽しげにトークを繰り広げている。
「心のそこから笑っているのか、作り笑いなのか……」
ノイの、いつもの問いが始まった。
「さあね、両方じゃない。後者の方が多いだろうけどね」
「つまり人間は偽る生き物ということだね」
そして『人間は』、はノイの口癖だ。
「動物のように感情のままに行動しないし、機械のように無機質でもない。理性があり、自分を律することができるからこそ自らを偽る。そう言うわけだねクロ!」
クロ、というのは僕こと片桐黒也のことだ。
「うん、そう言うわけだ」
これまで何度も同じようなやり取りをした。そのせいか最近ノイに対する返しが雑になっているのが自分でもわかる。
「……」
そして、適当な返しばかりしてくると無言でお菓子を投げてくる。
不規則な軌道を描いたポテトチップスは僕の頭に当たりそしてラーメンの丼へと落下した。それを箸で拾ってパリパリと音を立てて口にした。
「理性もあるが、社会性が大きいんじゃない。人は一人では生きて行けない。社会を回すためには人との関わりを円滑にしないとね」
「じゃあ、ずっと家にいて社会と関わってない私は人間じゃないって?」
そもそも人間ではないだろう、とこれを言うとルイは非常に怒る。
「いやいや、関わってるじゃないか。見ているテレビも、食べてるお菓子も、何処かの誰かが提供したものだ。ということは、その何処かの誰かと間接的に関わっているということになるんじゃない」
「なるほど、じゃあうまく社会に溶け込んでいるね!」
「受け取ってばかりだけどね」
最後に余計なひと言を言ってしまったと、すぐに後悔した。
「クロだって同じじゃない。学校行っても授業を『受けてる』だけでしょ。働いているわけでもないし」
「最初の題目からずれてるぞ」
食べ終わった昼食の食器を流しに戻す。
「は、そうだ。人間は自分を偽る。楽しくないときに笑い、悲しいときにも笑う。そうやって生きていくんだね」
「社会に出たらそういうこともあるだろうけど、本来人間ってやつはもっと自由な生き物だ。喜怒哀楽、自由に表わしたらいいんだよ」
「ええー、いったい人間ってどうあるべきなのさ」
「答えなんかないさ。動物でも機械でもない中途半端で面倒くさい生き物。ルイは十分人間らしいよ」
そう言ってサラサラの頭をなでてやる。
「……へへっ、そう?」
奇妙な笑い声をあげてすぐに上機嫌となった。
「ああ、とても面倒くさい」
袋ごとポテトチップスが飛んできた。
読んでいただきありがとうございました^^