第1章 7話
勝彦が深く考え込んでいると、目の前に一人の少年が現れる。
「お、おまえは・・・?」
その少年は、髪は短く目はパッチリしていて背は低い。何処にでもいる普通の高学年の小学生と言った感じである。
さらに特徴的なのが、少年だとはっきり分かるのに、可愛らしい顔立ちをしていた。
一瞬、女の子と見間違えてもおかしくないくらい可愛らしい顔なのだが、体の体格と風貌でようやく少年だとはっきりわかる感じである。
「勝彦君・・・!?勝彦君―!!」
その少年は、勢いよく勝彦に飛びついてきた。
「ちょ、ちょっと待て!お前は誰だ!?」
勝彦はその少年をすぐに引きはがして、すぐに問い詰める。今、置かれている自分の立場が全く分からなかったからである。
「え?あ、ああそうか。僕はクー太だよ!」
と、少年はすぐに自己紹介をしてきたが、勝彦には全く心当たりがなかった。
そもそも、小学生と接点は無いし、親戚にも小学生はいない。勝彦はすぐに否定しようと少年を見つめたが、『早く自分の事を思い出して!』というような期待に満ちた目を見て考え直す。
(はて?クータ・・・?そんな知り合い、俺にいたっけそんな奴?)
まったく心当たりのない勝彦は、やっぱり直接問いただす事にした。あれこれ考えてもラチがあかない。直接聞いた方が早い。そう思ったのだった。
「誰だ!お前?俺にはクータなんて名前の知り合いなんていないぞ!」
「いやだな、忘れちゃったの?12年前に一緒に住んでいた、クー太ですよ!」
と、自信満々で言う少年に勝彦は。
(俺の記憶が間違っているのか?)
と、思って一生懸命考えてみる。
すると、一つの記憶が思い出される。
「うーん・・・12年前・・・12年前と言えば、確か、俺が6歳の時か、うーん・・・クー太と言えば・・・昔飼っていた犬の名前だけど・・・?」
と、半信半疑でつぶやく。
勝彦が一生懸命考えて頭の中に思い出されたのは、昔飼っていたラブラドールレトリバーの犬の名前である。
クー太は、勝彦が6歳の時まで兄弟のように一緒に育った家族の一員で、勝彦が生まれた年に引き取られた。
特に子供の頃は、勝彦と仲良く兄弟の様に一緒に育った仲である。
だがある日、謎の光が勝彦の家に落ちた時、クー太は死んでしまった。
その謎の光を見たのは勝彦だけだったので、突然倒れたクー太に家族は皆驚いた。
その時の勝彦は、子供ながら「変な光にクー太が殺された!」と言って泣きわめいていたが、誰も信じてくれなかった。
結局家族は、「大型犬の寿命は短いから老衰だろう」と、言って最後まで死亡原因は不明だったのである。
当時の勝彦は、その言葉を信じておらず、あの光のせいでクー太が死んでしまったのだと言い続けていた。
あれから12年・・・勝彦も、もう忘れ始めていた頃だった。
「そうそう!それ!」
自称クー太は、両手を合わせてまるで女の子の様に全身で喜びを表現する。
そんな少年を見て、勝彦は男の子なのか女の子なの分からなくなってきていた。
「へ?お前がか?」
勝彦は、自称クー太に指差して驚く。
「うんうん」
「あのクー太・・・?」
「うんうん!」
自称クー太は目一杯の笑顔を勝彦に向けてくる。
だが、勝彦はその少年に対して疑いの目で見つめる。
何年も前に亡くなったクー太が、人間の姿で目の前に現れているという事は、幻覚を見ているのだと勝彦は思ったからだ。
ちょっと前にグラッと揺れた感じがしたのは、きっとめまいがしたからであり、自分でも気づかない体調の変化が幻覚を見せているのだ・・・と勝彦はそう思い込んだのである。
「あー、駄目だ!どうやら俺は体調が悪いらしい・・・。早く帰って寝ないといけないな・・・」
片手を頭にのせ、天を仰ぎ、エレベーターにもう一度乗り込もうとする。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
自称クー太は、あわてて勝彦の腕を引っ張り、引き留めてくる。幻覚だと思っていたクー太が、実体を伴って引き留めてくる事に驚いたが、それでも勝彦はすぐに反応した。
「放せ、俺は夢を見ているんだ!そう、これはきっと幻覚を見ているんだ、早く家に帰って寝ないといけないんだよ!」
と言って、勝彦はあくまで少年を振りほどこうとする。
だが、少年はしがみついて離れない。
勝彦は心の中で(幻覚なのに何故実体があるんだ?)と、思っておかしいと思いつつも、しがみついてくる少年はやけにリアルな人間の感触がする。
「違いますよ、幻覚じゃありませんよ!勝彦君!!は、そうだ!アルテミス!転送装置を早く消してよ!」
と、その少年は、焦る様に誰かに叫ぶ。
すると「了解しました!」と、どこからともなく校内放送のような声が聞こえる。
そして、乗り込もうとしたエレベーターが目の前で消える。
「え!?き、消えた・・・?」
(これは夢だ!きっと夢だ。早く夢からさめないと・・・)
消えてしまったエレベーターを見て、自分自身が幻覚か夢を見ている事を確信してほっぺをツネってみたが、ものすごく痛いだけだ。思いっきり力強くほっぺをつねったので、ほっぺがジンジンして痛みがこみ上げてくる。
(夢じゃないのか?)
「ご、ごめんなさい勝彦君、急にこんな所に呼び出してしまって・・・でも、ちゃんとした理由があるんです。話を聞いて下さい!」
少年は目をウルウルさせながら懇願してくる。その少年の、少女の様な瞳を見ていると、勝彦はなんだか分らない感情がこみ上げてきたのだった。
(何故こんな子供にときめいているんだ?)
と、勝彦は自分に言い聞かせ、首を横に振り気持ちを切り替える。
(あぶなかった!)
少年の目には、願いを聞いてあげたいと思わせる何か不思議な力があった。
だが、気持ちを切り替えても状況は何も変わらない。
どれだけ気持ちを落ち着かせても、目の前に立っている自称クー太は消えてくれない。
勝彦は少し悩んだが、結局目が覚めない以上その少年の話を聞いてみる事にした