第1章 15話
「あ、あれ?・・・俺、何で泣いているだ?」
掌に落ちてきた涙を見て、勝彦は不思議に思った。まったくそんなつもりはなかった。無意識に涙が流れて、自分で涙を見て初めて気づいたのである。
「大丈夫・・・?」
と、言ってクー太は勝彦の手を握ってくる。
クー太の暖かい手の感触が、勝彦を我に返えした。
勝彦は、ほんの数分間、自分がどこにいて、何をしているか完全に忘れていた。涙を流していたことも、まったく気づいていなかった。
「だっ!?な、何だよ!!」
勝彦は、握られた手をすぐに振り払う。クー太に手を握られて恥ずかしかった。男二人で手を握り合い、地球を眺めているというシチュエーションに、勝彦は嫌悪感を覚えたからである。
「男に手を握られても嬉しくないんだよ!」
そう言って勝彦はクー太から一歩離れる。
いくらクー太が元々女の子だと言っても、今は見た目が男の奴に手を握られても嬉しくない。
「男・・・?」
クー太は自分の手を見つめて、シュンとしている。手を振り払われたクー太は、少し悲しそうな顔をしていたが、すぐに別の事をひらめいて勝彦に迫った。
「勝彦君・・・あのさ、だったら昔みたいに頭をナデナデして欲しいなー・・・駄目かな?」
と、クー太は期待に満ちた目で見つめてくる。
(くっ、なんだよ!こいつ・・・子犬みたいな目つきしやがって・・・男に見つめられても、嬉しく無いってーの!)
そうは言っても勝彦は、クー太の目を見て犬時代を思い出していた。クー太のしぐさや見つめてくる目付きはあの時と一緒だったからだ。
(まあ・・・犬だった頃のように、撫でてやるだけなら・・・別にいいかな?)
拒否感を示しつつも、勝彦はなんとなく気持ちが傾いていた。
「し、仕方がねーな!ちょっとだけだぞ!」
と、クー太の頭にそっと手を乗せる。
「えへへへへ・・・」
そう言ってクー太は喜んで勝彦を見つめていた。
「クー太・・・」
勝彦はクー太の頭を軽くなでてやると、懐かしさでまたウルってきていた。確かにクー太は頭をなでてやると、そんな顔をしていた。死んでしまう前のクー太の姿が、ダブって見える。
「さ、もう行くぞ!冥王星に行くんだろ!?」
勝彦は、撫でてやった後、すぐに後ろを向いた。そして、こっそり涙を拭いた。
(み、見られていないよな・・・)
さっきから泣いてばかりの自分を、知られるのがとても恥ずかしかった。
「う、うん!」
「それでは出発します」
そして、アルテミスは勝彦とクー太のやり取りを待っていたかのように声を出すと、ようやく宇宙船が動き出した。
動き出した宇宙船は、目まぐるしく景色が変わり、スピードがどんどん上がっていく。すると、数秒もしないうちにあっという間に地球が小さくなって見えなくなってしまった。
「へーさすがに早いもんだな、で、この船、どれくらいのスピードが出ているんだ?」
後ろに見えている太陽もどんどん小さくなっていき、さっきまで大きく見えていた地球が嘘の様である。
「光の速さと同じくらいなので、秒速29万9千万キロくらいですかね・・・」
「秒速29万・・・・いや、ぜんぜんわかんねえ!」
「うーんとそうだな・・・つまり1秒間で地球7周半くらいのスピードですよ!」
と、クー太は言い直す。
(いや、それもわからん!)
「・・・・というか、凄過ぎて想像ができねえ!」
そう言いながら勝彦は、とりあえず次の目的地について聞くことにした。出発前の話では、どこかに立ち寄る様な事を言っていたが、それについて詳しく聞いていない。
「で、まず、最初はどこに向かっているんだっけ?」
「次の目的地は火星です。おそらく約10分後に到着する予定ですね」
と、勝彦の質問についてアルテミスが答えてくれる。
「10分後か・・・・・」
到着時間を聞いて、冥王星までの長時間の旅行に備え、勝彦は座る場所が欲しいと思った。
「できればどこか座る所と、飲み物ないかな?」
さすがに、ずっと立ちっぱなしでは無理がある。それに、別の部屋にも行ってみたいという気持ちもあった。とりあえずいろいろ探検して、この船の広さを知ってみたいとも思っていたのだ。
「うん、わかったよ!じゃあ、ちょっと待ってね!」
そう言うとクー太は、すぐに上を向いてアルテミスにお願いする。
「アルテミス、SG24タイプの部屋にしてよ!」
「わかりました!」
クー太がそうお願いすると、すぐにアルテミスが返事をする。そして、さっきまで宇宙空間を映し出していた20畳ほどの部屋が、一瞬でちょっとしたレストランに変わってしまった。
「うわっ!変わった・・・」
すべては一瞬の出来事で、何もなかった所にテーブルやイスが急に現れたのだ。
「地球タイプをイメージして作ったのですが、どうですか?」
と、クー太が自慢げに言ってくる。勝彦の目の前にはテーブル席は4席ほどあって、窓の外には広大な宇宙空間が映し出されていた。さらにカウンターがあって、奥にはキッチンが見えている。
「・・・・・・・・」
勝彦は、クー太の質問に何も答えられなかった。いや、答えられるはずも無かった。衝撃的な出来事が目の前で起きたからである。
「ねえ、勝彦君?」
クー太はしつこく聞いてくる。
「うん・・・まあ、いいんじゃないのかな・・・」
勝彦は目が点になって驚きつつも、とりあえず返事をした。よく見てみると、確かに地球のちょっとしたレストランといった感じの部屋である。文句はない。申し分のない部屋である。
しかし、部屋の出来栄えよりも、むしろ今起きた現象の方が驚きだった。
「勝彦殿?何かご注文があればカウンターに飲み物をお出ししますが?」
勝彦が驚いて立ち止まっていると、今度はアルテミスが普通に注文を聞いてくる。この部屋で驚いているのは勝彦だけだった。
「そ、それじゃあコーラを頼むよ・・・」
勝彦がそう言うと、カウンターにコーラが現れた。
「うわ!?・・・・・」
(ホントに・・・一体どうなってるんだ?)
とにかく、何がどうなっているのか分からなかったが、当然と言った感じにふるまっているクー太を見て、なかなか質問が出来なかった。それに、質問しても多分理解出来無いかも知れないと思った。
「クー太も何か飲むか?」
と、自然にふるまう。とりあえず今は、今起きた現象を素直に受け入れることにした。
「じゃあ、勝彦君と一緒のでいいです!」
すると、もう一つコーラが出てきた。
(まったく便利なものだ・・・)
感心しつつも勝彦は、両手に持っていたコーラを一つクー太に手渡した。




