なつまつり
遠くで、打ち上げ花火の音がする。
暗闇で目をこらしても、光をとらえることはできない。
近くで聞いたときのような腹の奥に響く衝撃もない。
代わりにその音は胸を痛めつけたが、当時のように逃げ出したくなるほどの後悔に苛まれたりはしなかった。
時が過ぎたのだ。思い出しても仕方がない。
踵を返す。
音とは反対方向の暗闇へと、歩みを進めた。
*
光にあたって、きらきらしている。
肩につくかつかないかくらいの髪が、風になびいて光を透かす。いつもは黒い髪が、茶色に見える。
おまけにおれを見るときは嫌そうな顔するくせに、先生の話を聞いている今は真剣な顔をしていて、なんだか別人に見える。
何が面白いんだ、国語の教科書の音読なんて。
おれは左前の野島はるなから目を逸らし、時計を見ないようにしながら今度は教室の天井を見上げた。
時計を見ると、まだこれしか進んでないのかーって絶望的な気持ちになるからな。授業が終わるまで、天井のシミの数でも数えようっと。
「倉科くん」
先生の声。
「前を向きなさい」
へーい、と返事しつつ、体勢を戻すことはしなかった。せっかく、32個まで数えたんだ。
「く・ら・し・な・くん」
ちょっと苛立ったように先生の声が大きくなった。もうだめだ。へーい、ともう一回返事をして、今度こそ前を向いた。
くすくす、と教室から笑いが漏れる。野島はるなも振り向いて、あきれたようにおれを見ている。目が合うと、あいつは口の形だけで、ばーか、と言った。おれはいつもこんな感じだから、怒られるのも、笑われるのにも慣れている。けど、あいつにだけは馬鹿にされると腹が立つ。
思いっきり目をそらして、そっぽを向いてやった。目の端で、野島はるなも怒ったように前に向き直ったのが見えた。あーあ。これでまた休み時間、恐怖の女子軍団に文句言われるな。