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「少しヒヤっとしましたが、なんとかなりましたね」
モニター画面を見ていた真土が振り向いて言った。
「どうですか、予想以上にうまくいっているでしょう?」
「普通に考えたらどこがうまくいってるの、って感じだけどね」
にこやかなスマイルを向けられた先で、玲子は大きく嘆息した。
ただならぬ雰囲気を感じてすぐに警備を突入させようとしたのを止めたのは、真土だった。
結果的に殺戮が行われることはなかったし、すでに何事もなかったように昼食が再開されている食堂内の様子を見る限りでは、その判断は間違っていなかったとも言える。……ただし相手の鬼籐の方は集中治療室送りだが。
肝を冷やしたのは玲子も同じだ。けれど、あの〝セヴン〟が――風間七奈が真土との約束を優先させて不殺を貫いたのは、驚くべき事実ではあった。
「評価できる部分はたしかにある。けどさ……これ続けてたらそのうち七奈ちゃん以外、誰もいなくなっちゃうんじゃないの? 今回のことはまあ、どう考えても鬼籐くんが悪いにしてもさ」
特別医療棟の個室から集中治療室に居場所を変えるだけのことになりかねない――そこまでにはならないにしても、今日の事件は実験中止の呼び水となる程度には危険を孕んでいたのは事実だ。
鬼籐についても、プロジェクト初日に各班ごとに行われたレクリエーションにおいて、班長の美馬坂に反発して強制退場をくらった挙句、一週間の謹慎が明けて早々に今度は入院とは、自業自得とはいえ哀しい末路である。
「大丈夫ですよ。むしろ今日のこれがあったからこそ、他の者たちは『抑止力』の存在をより強く認識するに至ったことでしょう。鬼籐くんの二の舞にならないよう、秩序はより堅固に保たれるという寸法です」
本当にそうかな?――という疑問を玲子は口には出さずに呑みこんだ。
たしかに七奈の存在は他のD感染者たちを圧倒し、ちょっとした暴動すら鎮圧することは可能かもしれない。しかし、D感染者たちが七奈を恐れているようにも見えないのだ。
つまり抑止力たり得る存在ではあるが、その様が必ずしも抑止として機能はしていないような――奇妙な違和感が拭えなかった。あくまで感覚的な不安でしかないが。
「……まあいいよ。ただし、実験で死人が出るようなことになれば、けしてただじゃ済まされないよ。真土くんも、ボクも、ね」
精一杯の脅しであり、自戒もこめた忠告だった。
真土は一瞬、表情を消したが、すぐにいつもの笑みを取り戻した。
「承知していますよ。――ところで、鬼籐くんが復帰するまで時間がかかるでしょうし、新たな患者を追加補充という形で実験に参加させたいのですが」
「それは構わないけど。誰か候補はいるの?」
「年末に彼女のお兄さんが捕まえた少年の検査は、もう終わっていましたね?」
「…………」
特別医療棟におけるもっとも新しい患者であり、年末に人斬り事件を引き起こした〝D〟――〝鎧神〟。
異常患部の危険度大。精神汚染の影響、中程度。人格分離型――感染レベル4。
すでに検査はだいたい終えていて、経過観察中の対象だった。現在のところ、特別な問題は見つかっていない。まあ、元々問題があるから入院させているわけだが。
「あの子はまだここに来て一ヶ月にも満たないよ。さすがにいきなり実験に参加させるのはどうかな」
「入院が長ければいいという問題ではないでしょう。むしろ早期から集団行動をさせる方が有用なサンプルになります」
これも正論だった。悔しいほどに。
結局、ここでも玲子は首を縦に振らざるを得なかった。