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ディオニュソスの楽園  作者: SOA
始動
8/25

4-2

 空間すべてを揺るがすほどの絶叫が響き渡った。

 七奈は(くずお)れる男の肩からひょいと身軽に飛び降りると、真紅の目を細めて無慈悲に相手を見下ろした。

「腕はすぐに繋がるかもだけど、その角はもうダメかもねぇ?」

 残された片手で顔を覆い、苦しみもがきながら床をのたうち回る男の姿がみるみる元の人間の姿へと戻っていく。

 勝負が決したことを確認した少女は、ふぁさっと黒髪をかき上げて食堂全体を見渡した。

「――で? こいつ誰の班? 名前も知らない、ってゆーか知りたくもないけど、邪魔だから早く片付けてよね」

 離れた席に座っていた数人が無表情に立ち上がり、床にうずくまった男の元へ駆け寄った。同時に食堂の扉が開き、外で待機していた物々しい姿の警備員や看護師たちが現れる。

 鬼の男が担架に担がれていく様をつまらなそうに見送っていると、一人の男が七奈の元へ歩み寄ってきた。

 今度は七奈も見知った顔で、C班の班長を務める美馬坂だった。大学生くらいのおとなしそうな青年である。

 美馬坂は元々細い目を糸のようにして、(おもね)った笑みを浮かべた。

「いやどうも、迷惑かけちゃったね。鬼藤(きとう)……あいつはうちのC班所属なんだけど、初日のレクリエーションでちょっとやらかしちゃって、今日まで独房に入ってたんだ。だからまだルールを把握してなかったみたい。あ、もちろん僕はやめとけって言ったんだけどね」

「ふぅん? そのわりに止めに入らなかったわね」

「言っても聞かない奴なんだよ。とにかく僕も他のC班の連中もみんな、セヴン――あんたに逆らおうなんて思ってないから。あいつがあんたに突っかかったのは、あいつ個人がやったことなんだ」

「でも、班員の不始末は連帯責任でしょう? 私たちの班は食事の邪魔されて不快な思いをしたわけだし、どうケジメつけるつもり?」

 相手に敵意はないとはいえ、少女にとっては腹立ちついでに一人潰すも二人潰すも同じことだ。他班の班長だろうがなんだろうが、ルールにのっとった上で制裁を加えることに躊躇する理由もない。本来的にはそのルールすら、気まぐれで付き合っているに過ぎないのだから。

 それに――と別の考えが七奈の脳裏をよぎった。

 先の鬼藤もそうだが、七奈は他の〝D〟たちの正体も能力もまったく知らない。それは七奈に限った話ではなく、他の誰もが同じだ。他者のことにほとんど興味を示さない少女ではあるが、その点は少し気になっていた。

 美馬坂はいかにもおとなしそうだが、班長に抜擢されるクラスの〝D〟であることは間違いない。それがどんな『神』であるのか、どのような能力を隠し持っているのか……見てみたい気もする。

 この際だし、引きずり出して見てみようかな?――と、七奈の目に再び危険な光が宿った。

 そのタイミングを見計らったように、

「これを」

 と美馬坂が取り出したのは、プリンの容器である。

 しかも二つ。おそらく美馬坂と鬼藤の分だろう。

 張り詰めていた空気が一瞬で溶解した。殺気は霧散し、七奈の瞳がきらんと輝いた。

「おっけ。これで手打ちにしてあげる」

 受け取ったプリンを両手に一個ずつもって、七奈はるんるんと鼻歌を歌いながら自席へと戻った。

 班員たちはすでに何事もなかったように黙々と食事を再開していた。

 七奈に気づいた隣席の幼い少女が、フォークを口に運ぶ手を止めて口を開いた。

「おかえりなさい。あ、プリンもらったんだ?」

「えへへー♪ 二個もらったから魅麻子(みまこ)にも一つあげようか?」

 A班の班員は、団長の七奈を含めてすべて女性である。

 男嫌いの七奈が真土に出した条件の一つがそれで、なかでも閑崎(かんざき)魅麻子は、ここに集う患者たちの中でも最年少の十歳の少女だ。二人兄妹で兄しかいない七奈にとって、妹はちょっとした憧れだったこともあり、魅麻子のことは例外的に可愛がっていた。

「いいの?」

 いつも蒼白い少女の頬に朱が差した。目を丸くしているが、嬉しそうな様子だった。

「うん。その代わり魅麻子、わたしのこと『ねーねー』って呼んでくれる?」

「……ねーねー?」

「か、かわいいっ! かわいいよぅ! こんな妹ほしーと思ってたの!」

 七奈にぎゅーっと抱きつかれて、苦しそうに腕をぶんぶん振り回す魅麻子。

 本来は人見知りだった魅麻子も、元々七奈の兄とは別の縁で『友達』だったこともあり、七奈にだけは心を開いているようだった。

 一方、A班の他二名の女性たちは、外界のことに一切興味がないかのごとく黙々と食事を続けていた。

 彼女たちはいつも幽鬼のようにただ虚ろにそこにいるだけの存在だった。おとなしくしている分には何も問題はないのだから、七奈も積極的に彼女らに話しかけることはなかった。話しかけてもロクに返事すらないことが、いささか不気味ではあったが。

 自分にとって、脅威と呼べるほどの相手はここにはいない――その妄信的なまでの自信があったからこそ、特に気にはしていなかった。

 とまれ、鬼の男が強制退場をくらった後の食堂はすでに静かで穏やかな空気が戻っており、七奈もようやく落ち着いて食事を再開したのだった。

 結局、ごはんは三杯、おかわりした。

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