七 -2
恭順するならよし、しかし逆らうのであれば、排除せねばならない――
それが四天王……もとい班長たちの総意だった。
もっとも少女にとってはそうでもなかったのだが、他の三人がそうしようというのなら好きにすればいいと思って、立場上、同席したに過ぎない。結果、話し合いは決裂し、最初からそうなることが決まっていたかのように戦闘が始まってしまったというだけのことだ。
そもそも少女は、自分が入院という名目でこの特別医療棟に幽閉されていることすら、どうでもいいと考えていた。
今月から始まったこの『おままごと』だって――この場所の平穏を望むのは大人の都合で、少女には関係のない話である。べつに混沌を望むわけではないが、もしもそうだったとしても、何も困ることはない。敵は鏖にすればいいだけなのだから。
むしろ現状の平穏維持という方が――敵がいない空間という方が、色々と気をつかうことが多くて面倒だとすら思う。
「でも……『約束』しちゃったからね。それに、これはこれで悪くないと思ったし」
小さくひとりごちて、長い黒髪を手でかき上げる。
某お嬢様学校として名高い学園の制服――えんじ色のセーラーカラーと膝丈のスカート。入所者の中でも一際、異彩を放つ格好だが、自分の役割的に目立つことはむしろ好ましいと少女は思っている。一目で異様を認識できるのはいいことのはずだ。『味方』にとっても、『敵』にとっても。
そう、取るに足らないものでしかないが。
少女にとってそれらは今、数少ない考慮に値するものとして、たしかに心の中にあった。
その時、沈黙を保っていた鎧神が初めて自分から動きを見せた。
無骨な兜の下、顔を覆っていた面頬がすっと音もなく消え失せると、そこに現れたのは精悍な、けれどまだ年若い少年の顔だった。
年齢的に自分とそう変わらないのを見て、少女は思わず目を丸くした。拍子抜けとまではいかないが、殺気が薄らいでしまったのを自覚する。
模造刀を肩にかつぐようにもち変えつつ、少年が口を開いた。
「意外だな、おれとそんなに歳も違わない女の子なんて。あんたがここのボスなんだ?」
意外だったのはお互い様だが、後半の言葉に少女は柳眉をひそめた。
「べつにボス気取ってるわけじゃないわ。一応、班長たちのまとめって意味で『団長』の肩書きはあるけど、こいつらうざいから仕方なくよ。あと四天王とかそんな恥ずかしいのに加わった覚えはないから」
少年はふっとニヒルに笑うと、模造刀を軽く振って構え直した。
「まあいいさ。とりあえずあんたを倒せばおれがここのトップになれるんだな? べつにそんなのはおれも興味ないけど――あんたには興味がある。こいつらとは違う感じがするよ。強いんだろう、あんた?」
今度こそ少女の顔が露骨に引き攣った。
「なんなのほんと……最近妙に変な男が寄ってくるわね。おにいちゃん以外の男から興味あるって言われても、きもちわるいだけなんだけど」
『おままごと』に始まり、この状況を仕組んだ男もまた、少女に興味があると言っていた。悪い人間ではないと思うが、そう言われるたびにこちらの好感度的なものが徐々に下がっていることに気づいていないあたり、頭は良さそうだけど女性にはモテないんだろうな、と少女は勝手に分析していた。
相対する少年の顔を再び異様な面頬が覆い、それまでの声とは違う、野太く低い声が空気を震撼させた。
「娘……我と立ち会ふ度胸はあるか?」
一瞬、気圧されたように表情を消した少女だったが、すぐに邪悪な笑みを口もとに浮かべた。
室内の空気がぐにゃりと歪み、霧のように細かく散っていた殺気が再び形を結ぶ。さながら黒き蝶が羽を広げたように。
ああ、これだ――この感じ。
生まれ変わってから知った。それまで感じたことのなかった感覚。
飢餓にも似た高揚感――充足する殺意。
腕を組んだままの少女の長い黒髪がふわりと浮かび上がり、広がった毛束が幾つもの鋭い刃を形成した。
照明の光を反射して輝く黒い剣先は、七つ。
つり上がった瞳は、燃え盛る焔の如き真紅。
絶対の自信をもって少女が力強く言い放つ。
「――当然。感謝してよね、この〝七刀ノ神〟が直々に相手してあげるんだから」
その全身から強大な殺気が放たれたのと同時、鎧神もまた威風堂々たる構えを取った。
「その意気や良し。士堂拓真――〝鎧神〟。推して参る!!」
そして二つの影が激しく交錯した――――