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ゆっくりと顔を離すと、七奈は気を失ったようにどさりとその場に倒れた。
体を締めつけていた蛇の群れもすでに動きを止めており、本体に引きずられて床に落ちると同時に元のつややかな髪へと戻っていく。
俺がしたことは、端的に言えば、先ほど紗羅さんのしたことの逆だった。
彼女は俺の口を通して俺から生気を吸い取っていたが、俺は自分の口を通して『蛇の毒』を妹の中に送りこんだ。
俺の最悪の〝悪夢ちゃん〟――その毒は〝D〟を強制的に停止させる効果がある。本来は右手に棲む蛇の牙を通して毒を注入するのだが、『入り口』がすぐそこにあるのなら牙はいらないし、手も足も出ない状況だろうと口移しなら簡単だった。
もちろん俺の口から毒が出るなんてことは普通はないのだが、あの黒い女がむりやり口の中まで毒腺を繋げてくれやがったのだ。まったく恐ろしいことを平気でやってくれたものである。
「今だけじゃよ。妾とて無茶な状態じゃからの。せっかくのないすばでーが変形してしまうのは厭じゃし、頼まれても二度とやらんわ」
その言葉通り、大方の毒を流し込んだところで顎にまで達していた鱗は消え失せていた。口の中に残った吐き気を催すような粘液の臭いと味は一生もののトラウマになりそうだったので、こちらから頼むことも二度とないだろう。
とまれ、俺はなんとまあ奇跡的な快挙を成し遂げたわけだ。過程はともかくとして、結果的に見れば妹は無傷だったのだから。
「さて、終わったようじゃの。先ほど主様よりいただいた精の見返りとしては充分じゃろ。慣れぬことをしたから少々疲れた。妾は先に休ませてもらうぞ」
今度は姿を現さず、声だけがそう告げて女の禍々しい気配は消え去った。自分の右手を確認するまでもなくそこにはただ俺自身の当たり前の腕があるだけで、深く考えてもろくなことにならなそうだったので考えるのはやめた。
俺は改めて倒れたままの妹の姿に目をやった。
苦肉の策だったとはいえ、胸を揉みしだいた上に口唇まで奪うとは、とんだ鬼畜変態兄貴もいたものである。頭のネジが七つくらいぶっ飛んだマジキチ妹が相手でもさすがにやり過ぎだったかもしれない。まあ毒に致死性はないことだし、その点は心配いらないはずだ。紗羅さんや警備隊の連中と血みどろの殺し合いにならなかっただけマシ……と思うことにしておく。
どちらかと言うと、表情が緩みきった上になぜか鼻血まで垂らしているというあんまりにもあんまりな寝顔の方が年頃の乙女にあるまじき醜態というか、人様にはとてもお見せできない有様で別の意味で心配になってしまうお兄ちゃんだった。びりびりに破れた制服の隙間からはピンクの下着が覗いているし……さすがに不憫に思って上着を脱いで妹の体にかけておいた。俺の上着もズタボロな状態だったが、ないよりはマシだろう。
「……おにいちゃん、ちゃんと責任とってよね」
寝言のように妹がつぶやいた言葉にゾッとしたが、幻聴と同じように聞こえなかったフリをしておく。
とにかくこれで一件落着――と思ったその時、
不意にパチパチという乾いた拍手の音が辺りに響き渡った。