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11-2

 やはりこいつはおかしい……決定的に何かをはき違えている。

 蛇に誘われる先に楽園なんてありゃしない。奴らは人を(だま)(あざむ)くのだから。

 そしてなによりも、だ。

 ――俺の妹がこんなにきもちわるいわけがない!

 もはや何もかもが限界だった。俺の命が風前の(ともしび)なことも含め、とっくにメーターは振り切れている。

 蛇の群れはいよいよ締めつけを増し、今にも全身の骨が砕けそうだった。さらには黒い刃が俺の喉笛に狙いを定めて迫る。今の俺にそれを避けることはできず、紗羅さんたちの助けも期待できない。俺がそう止めたからだ。

 だが、俺が失敗した時、俺がこいつに殺された時、紗羅さんはきっと七奈を殺す。そんなことはさせたくないし俺だって死にたくはないが、この状況はあまりに救いがなかった。

 今度ばかりは本気でダメかもしれないな……と諦めかけた、その時だった。


「――そう簡単に死ねると思うなよ、我が主様よ」


 幻聴が聞こえた。

 いや、声だけじゃない。どこからともなく黒い女の幻影が現れたかと思うと、そいつは俺の肩の上にふわりと舞い降りた。

 ……もう驚かなかいけどよ。走馬灯が見えてもおかしくない場面で幻覚が見えたところで大差はないだろう。

 女は俺の耳に紅い唇を寄せ、危機的状況に似つかわしくない軽やかな声で囁いた。

「諦めてもらっては困るのじゃ。妾もゾッとせんよ、今さら元の姿に未練などないもん」

 いやおまえ、その口調で「もん」ておかしいだろ……。

「細かいことは気にするでないぞ。主様とて最後に触った乳が妹御(いもうとご)のものでは心残りじゃろ? 妾は少々ムカついておるのじゃ。これまで妾の乳には指一本触れようとせんかったくせに……このままではけして終わらせんよ」

 そいつは真紅の瞳に嫉妬の炎を燃やしながら俺を睨みつけたかと思うと、美しく邪悪に微笑んだ。

「まあ今はいいじゃろ。それより主様よ、助かりたければ言う通りにするのじゃ――」

 ……薄々わかっていたことだが、むしろわかりたくなかったが、とうとう俺の脳ミソはジャンクになってしまったらしい。きっと原因は乳酸菌が足りなかったせいに違いない。

 女は楽しげに笑いながら『助言』を告げると、現れた時と同様に一瞬で消え失せた。当然のように七奈がそいつの存在に気付いた素振りもない。

 唖然とする俺だったが、その時――

 ミシリ、と体の内側で異様な音がしたかと思うと、右腕全体に刺すような新たな痛みを感じた。

 見ることはできないが、感じることはできた。本来は右肘の辺りまでしかない黒い鱗が細い帯状に伸び始め、それは上腕を伝い肌を侵食しながら肩、首を通過し顎の下辺りでぴたりと止まった。続いて長く伸びた鱗に沿って肌が焼けるように熱くなり、その内側を通っておぞましい何かが這い上がってくるのを感じた。……何が起こったのかを直観的に悟り、俺は大きく息を吐いた。

 どうやら本当にやれってことらしい。幻覚なんぞの助言に従うのは(しゃく)だが、それしか方法がないのも事実だった。やるやらないの問題ではなく、今やらなければ死ぬだけだ。

 覚悟は決まった。俺は妹の顔をまっすぐに見つめ返しながら口を開いた。

「七奈、目を閉じろ」

「え?」

 今しも俺の喉を突かんとしていた剣先がぴたりと止まった。不思議そうに小首をかしげる妹に俺は重ねて言う。

「いいから、閉じろ」

 七奈はまだ困惑した様子だったが、かまわず俺は行動に移った。

 といっても指一本動かせないので、ほんの少しだけ顔を前に出す――それだけだった。

「…………!?」

 その瞬間、七奈はむしろ限界まで目を見開いていた。当惑から驚愕に、それが陶酔へと変わり、やがて脱力したように瞼を閉じる――――

 そのすべてを間近に感じながら俺は、まじでやっちまった……と軽く後悔していた。

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