11-1
扉をバンッと開け放つと同時、俺は全力で走った。
時間はかけられない。足を止めることなく走り続けながら妹の名を叫んだ。
「七奈ァぁぁぁ――――ッッッ!!」
大蛇を生やした体は動かさないまま、首だけでこちらを振り向いた七奈の顔がぎょっとしたように驚愕に彩られた。
「……え? お、おにいちゃん?」
驚きの感情が一瞬にして殺意を塗り替え、その体から狂気が剥離する。
その隙に一気に距離を詰めた。やるなら今しかない――あいつの意識のすべてを奪い取る。
「やあ久しぶり! 大きくなったな! ここはどれくらい成長したか、お兄ちゃんすっごく気になるなぁー!?」
そして俺はもはや人の道を三段くらい踏み外した顔で背後から妹に飛びかかると、破れかかったセーラー服の上から両手で思いっきり胸を揉みしだいた。
……やべえ、思いのほか超やわらかい。小さいけど。
「わぁぁぁいっ!」
「ぎゃああああああああっっっ!?」
変態兄貴そのものと化した俺とさらなるパニックに陥った不幸な妹が、そこにいた。
その時、大蛇が驚いたように太い首をもたげた。本体の注意が逸れたことで力が緩んだのか、くわえていた鎧神の体がどさりと床に落ちる。
すでにピクリともしていなかった士堂が生きているか心配だったが、鎧が落下の衝撃から主を護るように自動人形じみた動きで受け身をとった。その後でこと切れたように倒れ伏したのだが……あの様子ならきっと大丈夫だろう。さすがは護身の化身たる〝D〟といったところか、そのしぶとさは常識を遥かに逸脱している。
とにかく作戦成功だ。いまだ硬直したままの七奈をおいて俺は即座に離脱をはかった。――が、そうは問屋が卸さなかった。大蛇の目が新たな獲物の姿を捉え、やべっと思った時にはもう動き出していた。
太い首が分離するように分かたれ、七匹の蛇となって一斉に飛びかかってきた。いや、それは元の場所に舞い戻ってきたと描写する方が正しい。蛇たちは一瞬で本体である七奈に吸いこまれたかと思うと、その長い黒髪が不気味に蠢きバッと膨れ上がるように大きく広がった。
「――メアリー!!」
俺はとっさに相棒の名を叫んだ。
刹那にして右手の皮膚が黒いシミのようなものに浸食され、そいつは鱗に覆われた禍々しい真紅の双眸を開いた。
……おはよう、くそったれのファッキン蛇め。
俺は本当に心の底からおまえなんて大嫌いなんだぜ? できれば永遠に眠ってて欲しかったくらいだよ。
なあ、俺の〝悪夢ちゃん〟――――
右手の甲――蛇の額にあたる位置の肉を突き破って長い角が生えてきた。刀に酷似したそれを大きく振りかぶり、渦巻く黒蛇の群れに向けて振り下ろす!
が、俺は寸前で手を止めざるを得なかった。七奈の髪を、あいつが大切に伸ばしていた髪をぶった斬ることになってしまう――その躊躇が命取りだった。
蠢く黒髪が俺を逃がすまいと巻きつき、七奈の体に縫い止めるように絡みついた。慌てて振りほどこうとするが、毛束が蛇そのものとなって縦横無尽に這い回り容赦なく全身を覆い尽くす。頼みの綱である右腕の動きすらも封じられ、抵抗は無意味なものと成り果てた。
「ぐっ……!!」
ざらつく鱗が逆立つ刃のように衣服を千切り、肌を削り取りながら俺を締め上げていた。あまりの力に骨が軋み悲鳴をあげた。
「やっと逢いに来てくれたんだね、おにいちゃん」
妹の顔が驚くほど近くにあった。そいつは頬を上気させながら、うっとりとしたように微笑んでいた。
「いきなりだったからびっくりしたよ。もう、おにいちゃんのえっち……」
照れたように目を伏せてつぶやく可憐な仕草――そのおぞましさに鳥肌が立った。七奈もまた俺と一緒にとぐろを巻く蛇の中に囚われている。その痛みを、苦しみを、こいつはむしろ喜びのように感じているのだ。
「でも嬉しい。やっと結ばれるんだね。わたしもおにいちゃんも足りないままじゃダメなんだよ――だって、わたしたちは『八つで一つの神』なんだから」
締めつけによってまともに喋ることすらできない俺に、黒髪から生まれた鋭い刃の先端が差し向けられる。
「早く『一つ』になろう。そうすればわたしたちはずっと一緒にいられる。それはとても幸せなことなんだよ?」
美しく壊れた笑みを間近で見せられ、名状しがたい感覚が俺の全身を貫いた。