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その日に行われた新人の顔合わせ兼ルール説明会としてのレクリエーションは、結果からいうと失敗に終わった。
鎧神の少年は恭順ではなく牙を剥くことを選んだ。少年と他の者たちとの決定的な差異――幽閉期間の短さは、恭順すれば一時的であれ解放されるという意識を少年に芽生えさせなかったのだ。
だが、そのこと自体は真土にとって想定の範囲内だった。もともと抑止力の存在についてわからせる意味合いも兼ねた顔合わせだったのだから。
問題は、思った以上に鎧神が強かった――その一点に尽きる。
これまで他の患者たちが不気味なほど従順だったことも、油断を招いた理由の一つだろう。あるいは班長すべてを同時に集めたことが、結果的に鎧神の好戦的性格を刺激した可能性も考えられる。最初から一対一の話し合いであればまた違った展開も望めたかもしれない――――
真土はモニター画面を凝視していた顔を落とし、深く嘆息した。
いずれにしても予想外だったことは否めない。まさか班長クラスの〝D〟が続けざまに敗れ去るとは。
すでに現場の食堂に警備を突入させ、強制的な鎮圧を行うべく準備が進められていたが、それは真土にとって事実上の敗北を意味する。
実験を成功させ、今後の治療方針についての決定権をもぎ取ること――いわば研究主任という役職の簒奪こそが、彼に求められた役割だった。
失敗は許されない。研究所と大学病院の両方から見捨てられることになりかねないのだから。
「……待ってください。まだ彼女が残っています」
真土は顔をうつむかせたまま、絞り出すようにそう口にした。冷たい汗が鼻を伝い、先端からぽたりと机に垂れ落ちた。
PHSで指示を飛ばしていた玲子が表情を強ばらせ、呆れた顔をして真土を振り返った。
「はぁ? この期に及んでまだも何もないよ。このままじゃ殺し合い一直線じゃんか!」
玲子とてこの状況には焦りの方が強かった。これまでは真土とそのバックに対しての遠慮もあって、YESマンのように従ってきた彼女ではあるが、現在は玲子こそが主任であり真土の上司である以上、彼女には場の収束を何よりも優先させる義務と権限がある。
患者たちの自主性を重んじるために、警備はなるべく目につかない場所に待機させる――思えばそんな緩い警備体制そのものが誤りだったのだろう。特に今回は全体行動ではないため、通常よりも警備は手薄な状態でかまわないという杜撰さだった。
唯一、彼女たちにとって救いだったのは、偶然にも今日この場所に石動紗羅と風間一郎という手札が揃っていたことだろう。一郎と共に現場に急行するよう、紗羅にはすでに連絡をつけた。後は彼らを信じ、最善の結果を待つ他ない。
玲子はPHSを切り、真土に向き直るとわざとらしく吐息した。
「真土くん、保身とか考えてる場合じゃないのはわかってるよね? 責任問題に発展すれば、そんなもの一発で消し飛ぶんだよ?」
「大丈夫です。彼女なら……きっと何とかしてくれるはずです」
それは希望――あるいは祈りと呼ぶべきっものだったのかもしれないが。
果たして食堂内の映像を映すモニター画面では、いましも漆黒の剣姫と鎧神とがぶつかり合う瞬間だった。