6-2
なぜかその日は昼食時間が遅れていたらしく、昼がまだだった俺は魅麻子と一緒に病院食を食べた。あまりうまくはなかったが、魅麻子が楽しそうだったので良しとした。
その最中にこんな話題が出た。
「そういえば、一郎の妹に逢ったよ」
思わず味噌汁を盛大に吹きかけた。なんとかこらえたが、慌てて飲み下したせいで余計に噎せた。涙目になりながら落ち着く間もなく聞き返す。
「は? えっ……? なんで? それいつのことだ?」
「いつっていうか、最近は二日ごとに逢ってるよ。この前に一郎がお見舞いに来てくれた後、実験っていうのが始まってみんなで一緒にお昼ごはんを食べるようになったの。私は七奈と一緒の班」
「なん……だと……」
寝耳に水とはこのことだ。玲子ちゃんや紗羅さんから何も聞かされていないことに不審を覚えつつ、年末にとある筋からちらっと聞かされた研究所内の派閥争いの話をふっと思い出した。
抑止力による〝D〟の統率・管理――その実験が玲子ちゃんの思惑を外れて始まってしまったに違いない。きっと俺には言うに言えなかったのだろう。
魅麻子はこちらの動揺に気づくことなく無邪気に言葉を続けた。
「たまに変なこともあるけど、わりと楽しいよ。この前なんて七奈を怒らせた奴が『しゅーちゅーちりょーしちゅ』に運ばれたんだけど。あはは」
わ、笑えねぇ……!
まあ、魅麻子とあいつの間で剣呑なことになっているわけじゃなさそうなので、そこはホッとした。
「本当は今日も実験がある日だったんだけど、急に中止になっちゃったみたい。だけど一郎が来てくれたから、中止で良かったのかも」
そういえば、と俺は玲子ちゃんの慌てふためいた声を思い出す。もしかして何かあったのだろうか? 急に実験を中止せざるを得なくなるような何かが……
「それでね、七奈の髪ってすごく綺麗なんだよ。さらさらですっごく長くて、うらやましいな」
憧れるように魅麻子が目を細めた。やっぱり女の子なんだなと思ったが、俺の鼓動が異常に高鳴り右手が幽かに震えているのは、目の前の幼女にときめいたからでは断じてない。
「一郎も長い髪の方が好き?」
「え? ああ、そうだな……」
最後に妹に逢ってからずいぶんになるが、あのまま髪を伸ばし続けているのなら今は相当な長さになっているだろう。たしかにあの黒髪は、おぞけが疾るほどに美しかった。
「そっか。じゃあ私もこれから伸ばしてみようかな?」
一方で、眉と肩口で切り揃えられた魅麻子の黒髪は〝D〟の影響でいつも湿り気を帯びており、まさしく鴉の濡れ羽のようなつややかさである。お気に入りの髪留めについた猫耳ぽい大きめのリボンがいいアクセントになっており、とてもよく似合っていた。
こちらを覗きこむように窺ってくる幼い瞳を見返し、俺は少女の頭にぽんと手を載せて軽く撫でてやった。
「今の髪型も可愛いと思うけどな。ちょうどいい長さだし、魅麻子はそのままでいいんじゃないか?」
妹のせいでロングの黒髪がトラウマになりそうだとか、夢の中の黒い女もロングだしキャラかぶるからやめろとか、そういう諸々は置いといて、正直に思ったことを伝えた。
すると魅麻子は急に無言になって、再びぷいと横を向いてしまった。なんとも気難しいお年頃である。まあ不機嫌になったわけではなく、むしろほんのりと朱に染まった頬が嬉しそうに見えたので、気にしないことにした。
――そのタイミングでそれはやって来た。
珍しく血相を変えた美少女警察官こと紗羅さんが病室に駆け込んできて、魅麻子に別れの挨拶もないまま俺を強制的に連れ出した。
何事かと聞く間もなく建物の地下へと連行される俺。
よくわからないが、紗羅さんがこういう余裕のない時は例の『アレ』かな?――などという甘い幻想は、連れてこられた部屋の外から室内を見た瞬間、脆くも崩れ去った。
部屋の中には俺の最強最悪の妹ちゃんがいた。
……で、
なんか人を喰っていた。