七 -1
「…………」
少女は無言だった。部屋の壁に背をもたせかけながら腕を組み、冷めた目線を男たちに向けている。
肩を流れ落ちた長い黒髪を軽く手で直す。手入れを事欠いたことのない髪は、自慢のつややかさを保っている。
この髪に触れていいのは、自分と、もう一人だけだ。そのもう一人は、ここにはいないのだけれど。
そんなふうに意識が他に向くほどには、動揺はなかった。少し驚きはしたが。
二人の男たちもそうであるとは限らないが、彼らの会話は落ち着いていた。少なくとも表面上は。
「紫乃寺がやられたか」
「ククク、奴は我ら四天王の中でも最弱。まったく面汚しとはこのことだな」
「…………」
少女に動揺はない――内心、なんだこいつらと呆れ果てているだけだった。
片方の男が、薄笑みの浮いた顔を少女に向けてきた。
「『セヴン』。次はきみがやるか?」
「その名前で呼ばないで。ぶち殺されたいの?」
イラッとして鋭く睨みつけると、相手はやれやれと肩をすくめた。
男の名は仙道、B班の班長だ。もう一人の若い男は美馬坂、C班班長。そして倒れている紫乃寺が一番年長(それでも三十そこそこだ)で、D班班長だった。
A班を取り仕切る少女を合わせて四人……だからといって、四天王なんて恥ずかしい呼称は本気でやめて欲しかった。
「ククク、我らが姫君はご機嫌斜めの様子。いいだろう……俺が終わらせる」
余裕綽々といった様子で、仙道がズボンのポケットに手を突っこんだまま中央へと歩を進めた。床に倒れた仲間、紫乃寺のことなど気にする素振りもなく『敵』と正面から向かい合う。
白い無機質な壁と天井に囲まれた空間。建物の地下にあるこの部屋に窓はない。普段食堂として利用されている広々とした室内は今、戦闘の気配に包まれていた。
たった一人で少女ら四天王(笑)に立ち向かう敵は、次の相手である仙道が前に出ると、待ちかねたというふうに静かに構えを取った。
数メートルの距離をおいて対峙する二つの人影。
仙道はポケットに手を入れたままだ。間合いは広い――ように見える。まだ互いに安全圏と認識できる距離といっても過言ではない。これが尋常の勝負であれば、だが。
油断するなと声をかけようとして、少女はすぐに思い直し口を噤んだ。
仙道とて複数の〝D〟をまとめる班長として選ばれる程には逸脱した存在だ。むざむざやられはしまい……などと甘いことを考えたわけではなく、単純に自分が心配してやるような義理はないというだけのことだった。仲間意識と呼べるほどのものは、少女にはないのだから。
「俺の名は仙道安楽だ。残念だが、おまえはこれから――」
仙道がそれ以上の口上を述べることはなかった。
敵の踏み込みは神速にして、絶大だった。かろうじて少女の目はその動きを捉えたが、それは見えたというだけのことで、予想を遥かに超えるものだったことに変わりない。
しゅんっ――と銀光が一閃し、仙道の顎を強打した。
一撃で脳震盪を起こした男が呆気なく白目を剥いて膝をつき、紫乃寺に続いて床にうつぶせに倒れこんだ。
「なっ……。せ、仙道までも破れたか」
「…………」
少女は表情筋をピクピクと痙攣させながら、組んだ腕を苛立たしげに強く握りしめた。
美馬坂が振り向いて助けを求めるように少女を見た。
「ど、どうしよう。いや、大丈夫か、我々四天王はまだ――」
「うざい。まじで」
少女――風間七奈はついに我慢の限界を超えたことを自覚した。
つかつかと前へ進み出し、ついでに美馬坂の鼻っ面に裏拳を叩きつける。男が鼻血を出してぶっ倒れるのと同時に、床に散らばった男たちを見下ろし声を荒げた。
「なんなの? あんたたち揃いも揃ってばかなの? 死ぬの? てゆーか死になさいよ。もういいわ、わたしがやる」
その宣言は男たちにだけでなく、当然『敵』にも届いた。
退屈そうに部屋の中央に立ち尽くしていた相手――全身甲冑を身にまとった異様な姿が少女の方に向き直る。
それはまるで、戦国時代からそのまま抜け出してきたかのような無骨な鎧武者だった。その手に握られた抜き身の刀も周囲も血で汚れてはいない。倒れた男たちはただ昏倒しているだけだ。
それもそのはず、刀はただの模造刀でしかなく、おそらくはプラスチックにメッキしただけのものだろう。殺傷能力は皆無に等しいはずだが、先の踏み込みだけでなく、模造刀で大の男二人――仮にも少女と同じ班長クラスのD感染者を一撃で沈黙させた技量は、相当な高みにあることがわかる。
人里離れた研究所内にある特別医療棟にやってきた新しい入所者は――〝鎧神〟。この一ヶ月の間、『おままごと』によって得られた仮初めの平穏を打ち破らんとする異分子である。