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 何でも相談する事。一人で決めない事。とりあえず、やれる事からやってる事。

 レツとこれからどうやっていくのかを決めようと話し合ったときに、レツから提案された事。

 結局のところ、レツさえも自分自身のことをよくわかっていない部分があって、自分でもどうしたらいいのかわからないらしい。

 今わかっているのは、いつ生まれたかわからないから、この先どの位生きられるのかもわからない事。現在は建国王と始まりの巫女の拘束があるから、ここから一歩も動けない事。

「じゃあ、まず何から解決していけばいいの?」

 思わず泣き言を言い出す私に、レツがうーんと唸り声を上げる。

「そうだねー。まずボクたちがこの先どうしたいのかを確認しようよ」

 ドキっとする。

 言っていいんだろうか。一緒にいたいって。

 ドキドキと鼓動を立てる胸を押さえる方法がわからない。言っていいのかな。言ったら傷つくかな。

 もし言って同意してもらえたら、一緒にい続ける方法を探してくれるのかな。

 視線は自然と床の模様を追う事になる。

 どうしてもレツの顔を見たら、無理だとわかっていても、一緒にいたいって口から出てしまいそうで。

 どうしよう。どうしよう。

「サーシャ」

 その声にパっと顔を上げると、にこっとレツが微笑む。

「ボクから言ってもいいかな」

 数度首を小さく縦に振り、レツの答えを促す。とても自分から言う勇気は持てないから。

 下手な事を言ってレツの顔が曇るのを見たくないもの。

「ねえサーシャ。人間になりたいって言ったら笑う?」

 思いがけないレツの言葉に首を傾げるのが精一杯。そんなことを考えているなんて想像すらした事なかった。

「どうして?」

「一緒に歩んで、老いて。肩を並べて苦楽を共にし生きていく。そうありたいと思うから」

 果てしないほどの命、他の誰も持ち得ない力を持っているのに。それよりも、レツの一生からすれば一瞬にしか過ぎない時しか生きられない事を選ぶというの。

 心の中をレツが読んでいたようで苦笑を浮かべる。

「その全部いらないんだ。それよりもサーシャといたい」

 ふにゃっと崩れるような笑顔を浮かべるレツが愛おしい。小さなその身体を抱きしめたい。けれど手を伸ばしても宙をさまようだけだから、両手を握り締めたまま動かさない。

「サーシャはどうしたい? 今ならまだ引き返せると思うよ」

「どういう意味?」

「ん? だってボクと一緒にいたって幸せになれる保障なんてないから。今、全部終わりにする事だって出来るよ」

 改めて言われた言葉に絶句する。

 レツはやっぱり私なんて必要ないんじゃないかと思えて、さーっと血の気が引いていく。

「わたしじゃ、嫌なの」

 ゆっくりとレツが首を左右に振る。

「そうじゃない。キミが人としての幸せを掴む為には、ボクといるのが最良とは思えなくてね」

「だから?」

「だから、離れたほうがいいんじゃないかって思うんだ」

「……本気で言ってるの」

 レツを思いっきり睨みつけると、レツが苦笑いを浮かべる。

「全部話すって決めたから話すね。ボクはキミを幸せにしたい。今この瞬間でさえキミに出会えた幸運を嬉しく思うし、そうやって怒る表情さえ恋しいと思うよ」

「じゃあ、どうして」

 泣き笑いのような表情でレツが言葉を紡ぐ。レツの表情を見ているだけで、胸が苦しくなる。涙が出てきそう。

「だからだよ。今さよならを言うのは辛いけれど、でもキミの未来が幸せになるのなら、そのほうがいいと思うんだ」

「バカ! 大馬鹿! レツのバカっ」

 咄嗟に叫ぶ。

「足掻くんでしょ? そう決めたんでしょ? 何諦めてんのよ。普通に生きてたって未来が幸せになる保障なんてないじゃない。そんなものいつ私が求めたって言うのよ。それよりも一緒にいる方法を考えるんでしょっ」

 仁王立ちになってレツを見下ろして宣言する。肩で大きく息をして、レツを睨みつける。

「諦めたら、それでおしまいじゃない」

 表情を曇らせたままのレツに手を伸ばす。

「私の命、どれだけ削ってもいい。例えあと数年しか生きられなくなってもいい。だからレツ、私の手を取って」

 眉根をひそめるレツの表情に、レツはそんなこと望んでいないことがありありとわかる。

 でも譲れない。

「一度触れたら欲が出た。触れていたいの。レツの熱を感じたいの。鼓動を聞きたいの。私の願いはそれだけだわ。ずっとレツの隣でレツの温もりの傍にいたい」

「……正気?」

「正気よ」

 レツの瞳の中でゆらりと何かが蠢く。

「しょっちゅう食事が必要になるけど?」

 意地悪な質問に一瞬躊躇する。

「ま、前向きに検討するわ」

 クスクスと笑うとレツが立ち上がる。重ねられた小さな手は透けたままで、望んだ姿にはならない。

「目、閉じて」

 言われるがままにそっと目を閉じると、手を中心に風が巻き起こる。冬の木枯らしのような冷たい風が徐々に温かい熱を帯びていき、ゆっくりとまぶたを上げると雪嵐が神殿の中に吹きすさんでいる。

 天井を見上げると、どこからとも無く降ってくる雪が、まるで散り舞う花びらのよう。

「キレイ」

 思わず出た言葉が風の中に溶けていく。

 レツの魔法って凄い。こんな事が出来ちゃうなんて。

 くるくる舞う雪が頬に落ちてきて、ふわっと融けていく。それにあわせるように心の中から重たいモヤが晴れていく。これはもしかしたら、私たちの心の中の色んな杞憂だったり不安だったりを具現化したものなのかしら。

 ぎゅっと手を握る感触で視線を宙から移すと、大人のレツが微笑んでいる。

「本当に後悔しない?」

「うん。でも死んでもいいと思うのは一人よがり? レツはそんなこと望んでいない?」

 不安になって聞き返すと、レツが首を横に振る。

「いや。そんなこと無いよ。キミに無理をさせても、それでもキミの熱をこの手で感じていたいと思うのは、ボクのワガママでもあるしね」

 ぐいっと手を引っ張られてレツの腕の中に引き込まれる。

「好きだよ。サーシャ」

 ドキドキという鼓動がレツから伝わってくる。

「幸せだね、レツ」

 何も解決してないんだけれど、レツがここにいる。陽だまりみたいにあったかいレツがいる。

 誰も知らない。レツがこんなにも温かいことを。もう一つの奥殿に眠る本当のレツの温もりを誰も知らないのと同じように。

「うん。そうだねサーシャ」

 レツの身体に頬を寄せて、高い天窓から入る茜色の光を見ると、徐々に闇が世界を支配しようとしている。

 夜は奥殿にいてはいけないってわかっているけれど、でもレツから離れがたくてその背に手を回して腕の中の存在を確認するように抱きつく。

 また次に会える時にも、こうやってレツを感じられるかわからない。

 私自身にはわからないけれど、確実に身体は何かに蝕まれていき浸食されていく。命の炎を燃やす蝋燭は短くなっていくばかりで、決して長くはならない。

 今この瞬間で全てが終わるかもしれない。

 そう考えただけで、ぶるっと寒気が全身を襲う。

「どうしたの?」

 震えに気付いたレツが顔を覗き込んでくる。

 上手く言える気がしなくて、首を横に振ってレツの腕の中にもう一度潜り込む。

 一度知ってしまったら、手放す事を考えるなんて怖くて出来ないくらい臆病になってしまったみたい。

 頭上でレツがふぅっと溜息をつき、ゆっくりとその指が髪を梳いていく。

 何も言わず、ただずっとずっと日が暮れるまでそうしてレツは抱きしめていてくれた。



 翌日奥殿の扉を開けた瞬間レツが飛びついてくる。ううん、この場合は抱きついてくるっていう方が表現としては正しいのかな。大人のレツだったから。

「おなかすいたなー」

 腕の中で見上げたレツの顔がニヤニヤと笑っている。すっごーく嫌な笑い方。からかわれているのが丸わかりで。

 トンっと両手でレツの身体を押し戻すと、抵抗せずレツが離れていく。

「そういう気分じゃない?」

「気分とかそういう問題じゃないのっ」

 真っ赤になった顔を見られたくなくて、レツに背を向けて奥殿の奥のほうへ歩き出す。

 背中の向こう側からクスクス笑う声が聞こえるけれど、聞こえないふりをしてなるべく平静を装う。

 ああ、もうヤダヤダ。何もかもが恥ずかしくてしょうがない。

 世界が一変したっていう感じ。

 ちっちゃなレツが同じことしたら普通に受け止められるのに、姿形が変わっただけでこんなにも耐えられないなんて。もしかしたら小さいほうのレツの姿は、ある意味私の中ではいいストッパーになってたんじゃないかしら。

「サーシャ」

 音も無く近付いてきたレツの両腕が背後から、まるで逃げられないようにするかのように伸びて私を捕らえる。

 首に回された両腕を掴んで振り返るとレツがにこりと笑う。

「こうすれば逃げないんだ」

 カーっと顔に血が上り、レツの両腕を押しのけようとするけれど、その腕は力強くて揺らがない。

「逃がさないってば」

 クスクスという笑い声が耳にくすぐったい。

 そのくすぐったさに顔を傾けると、頬にレツの唇が落ちてくる。食べられると思って身体を強張らせると、ふわっとレツの腕から力が抜ける。

「そんなに怖がられると、色々しにくいね」

 色々って何!?

 言葉も出せずにレツが触れた頬に手をやり振り返ると、ストンとレツが床に座る。

 おいでおいでと手招きをするので、レツの目の前に腰を下ろす。向かい合うように座るとレツが苦笑する。

「クソ真面目」

「え?」

 思わず聞き返すと、レツはクスクス笑う。

「何で正座して両手を膝の上においてんの。かしこまりすぎ」

「え。あ。うん」

 言われて気付いて、とりあえず足を軽く崩して座りなおす。

「もう鈍いなー。こっち」

 腕を引っ張られて、レツの足の間に座らされて背後から抱きしめられる。

 うぎゃーっと心の中で絶叫する。無理、耐えられない。刺激、強すぎ。

 何でレツってばこんなにスキンシップ好きなの? 実体が無い時もそうだったけれど、それ以上にくっ付いていたがるのはどうしてぇ。勘弁して。腰抜けそう。

「そりゃ栄養補給に決まってるじゃん」

 心の声が聞こえたようで、レツが頭上で冷淡にきっぱり言い放つ。

 栄養補給って、そりゃそうだけど色気ゼロな回答だわ。

「色気って何ー。色気って」

 ニヤニヤしながら聞くな、バカっ。

「腰抜かしたいのー?」

「いやいやいやいやいやいや。そんなこと無い。ごめんなさい。色気無くていいです」

 即答したらレツがふてくされた。何で頬膨らませるかな。そういう仕草が子供っぽい。根本は全く変わってないから、小さなレツと同じような行動を取るんだろうけれど、美青年が頬膨らませる姿は何とも言いがたい。

「ごめん、ちょっと疑問。人間ってどういうことで色気とか感じるの?」

 レツが不思議そうな顔で首を傾げるけど、正直そんなこと言われても何て答えればいいの。

 そもそも色気って何なんだろう。辞書、引いた方がいいのかな。

「あー。じゃあ質問変える。人間はどうやって好きって気持ちを表すの? ボクは単純に食べちゃいたいっていう感じなんだけど」

「食べちゃいたいって。頭からガブっと?」

「あのさー。キミの中のボクってどんなイメージ? そんな獣の食事シーン想像されるのは不快なんだけど」

 だって食べるっていうと、そういうのが浮かぶのが普通じゃない。食べるっていうのをそのまんま表現すると、頭からガブっとになるじゃない。

「それに実際に頭からガブっとなんてして無いじゃん」

 プイっと横を向いたレツはやっぱり子供っぽい。

 ふんっと言いたげな感じでそっぽを向くなんて、子供以外がやるのってあまり見ない気がするし。

 それはさておき。

「じゃあどうして首の辺りを食べるの?」

「太い血管が近いから。別に太い血管走ってるとこならどこでもいいよ。首以外でも血管が近いとこならどこでも。一番いいのは心臓の傍なんだけど」

「ごめんなさい。首で我慢します」

 咄嗟に答えると、レツが怪訝そうな顔をする。

「そんなに嫌?」

 ブンブン首を縦に振ると、レツはふーんと興味なさそうに返事をして唇を尖らせる。

 ああ、また機嫌が悪くなってきた。

「ねえねえ、どうして血管が近いほうがいいの」

 機嫌を損ねたらその後が大変になるから、話題を逸らす。

 逸らしたって事は気付いているようで、何となく睨まれているような気がしないでもない。

「ボクが食べるのは生命力だって言ったでしょ。だからそれに直結するものから直接生命力を口に出来るのが効率がいいだけ」

「なるほどね。生命力って目には見えないから掴みどころがないけれど、そう言われるとわかりやすいね」

「自分の愛しいもので自分の血肉を作る。すっごい幸せなことだと思わない?」

 うーん。それはよくわからない。

 例えば、ちょっと違うかもしれないけれど自分が愛情こめて育てているペットを美味しく頂こうという風には思えないから。

 その辺りは水竜と人間の、そもそもの食事の違いがあるから理解しがたくてもしょうがないのかな。大体、本来なら人間ってレツにとって食事でしかなかったわけだし。

 何て返事をしたらいいのかと迷っている間に、レツの顔が首元に置かれる。

 食事なの? と身構えたけれど、ただ顎を乗せた程度で動く気配は無い。

「で。人間はどうやって愛情表現するの」

 身体を通して響く声が、じんわりと自分の身体中に広がっていく。

 背中から回されたレツの腕に頬を摺り寄せる。

「こうやって、ただ傍にいて話したり触れ合ったり。そうやって傍にいるのが幸せだなって感じることじゃないのかな」

「それだけ?」

「うん。だって幸せってすごく穏やかだけれど、すぐに見失ってしまうものだから。毎日お互いが幸せだなって思えるようにするって大変なことじゃない」

 納得できないようで、レツはうーんと唸る。

 そりゃ、食べて愛情表現っていうのとはかなり隔たりがあるよね。

「じゃあボクはサーシャに何をしてあげたらいい? ボクはキミを食べたいと思うんだけれど、考えてみたらそれってボクの独りよがりだよね」

 振り返ると、すごく至近距離にレツの瞳が飛び込んでくる。真っ直ぐな蒼い瞳。

 射抜くようなその瞳に、首を横に振って答える。

「ううん。何もいらない。そこにいて、こうやって色んな話をしたりするだけで十分だよ」

 不満げに曇る瞳すら愛おしい。

 何かを残して欲しいわけじゃない。何かをして欲しいわけじゃない。何かをしてくれようと思う気持ちだけで、嬉しくて舞い上がっちゃう。

 ただ一緒に同じ時間を過ごしていく事だけが、私の望み。

「好きだよ。レツ」

 レツの腕の中を抜け、向き直ってレツの首に両腕を回す。

 自分からレツに抱きつくのは初めてで、心臓が痛いくらい鳴っているし、緊張して指先から血の気が引いていく。でも、そうしたいと思ったから。

「え?」

 抱きつかれたレツは間の抜けた声を上げて私の肩を掴んで、驚いた顔で私を正面から見つめる。

 何でそんな顔してんの。超恥ずかしいんだけど。

 一世一代の勇気を出したのに。

「何で? え? キミもボクを食べるの?」

 動揺がその口調にも表れている。

 きょとんとした様子でまんまるな瞳を見たら、かーっと全身が紅潮する。

「食べるわけ無いでしょ。ばかぁっ」

「何で涙目になってんの」

 首を傾げるな。首を。そんな不思議そうな顔して私を見ないで。

 もういやっ。恥ずかしくて、穴があったら入りたいよ。

「好きだからそうしたのっ。何でそんなに鈍いのよ。普段はめちゃめちゃ勘がいいくせに」

「え?」

「え? じゃないよ。もうっ。もう二度としない。絶対しない。ずぇぇぇったいレツにはしないんだからっ」

 肩を掴むレツの手をはたいて立ち上がる。

 恥ずかしくていたたまれなくて、レツの傍にいるのは今日は無理。

「また明日ね。ごきげんよう」

 片手を挙げて、レツに告げて奥殿の中を縦断する。

 恥ずかしいのと気持ちが通じなかったので、涙がこみ上げてくるよ。

 失敗したよ。あんなことしなきゃ良かった。

 袖でぐいっと力いっぱい両目を拭って奥歯を噛み締める。

 何で想いが通じているはずなのに、こんな片思いみたいな失恋したみたいな気持ちになるのよ。

 ものすごく情けない、私って。

「口への字にして、ポロポロ泣いて、どこ行く気」

 背後にいたはずのレツが入り口の扉に寄りかかって、腕組みをして立っている。蒼い瞳が怒っている。

 レツから少し離れたところで立ち止まると、レツが近付いてきて指で涙を拭う。

「自己完結する前に、ちゃんと話そうよ。そんな顔で表に出て、ボクの巫女ですって言うのやめてくれる?」

「……怒ってる?」

「怒ってない。呆れてるだけ」

 そのほうが微妙だよ。サーシャとしても巫女としてもダメってことでしょう。

「あのさ。思い込み失恋の時みたいに、自己完結して自分で全部壊すつもり? それサーシャの悪いところだよ。聞けばいいでしょ、相手が何を考えているのか。そもそもボクの質問にも答えないで自己完結してバカはそっちだろ」

 見上げたレツが、これみよがしに溜息を付く。

「唇を尖らせない。眉を寄せない。そんな情けない顔してないで、言いたいことあるんだったら言いなよ」

 パチンと眉間を弾かれる。

 痛みに顔をしかめると、涙が目尻から零れ落ちていく。

「だって。レツ。私がすっごく勇気を振り絞って……したのに、拒絶したじゃないー」

「した? ああ、さっきのことね。嬉しかったよ」

 超冷静な物言いが、全然嬉しそうじゃない。やっぱり口だけじゃない。

「そこで一人悲劇モード入らないで、人の話は聞こうね。ボクは何でキミがあんな行動に出たのかが不思議だっただけだよ。別に食事するわけでもないのに、どうしてくっ付く必要があるの」

「そうしたかったからに決まってるじゃない。好きだから、ちょっとでもくっ付いていたいの。それだけなのに……」

 言い切る前に、レツの腕の中に抱きすくめられる。

 ぐちゃぐちゃな私の背中を、子供をあやすかのようにレツがポンポンと叩く。

「そっか。これが人間流の愛情表現ってことね」

 見上げるとレツが穏やかな瞳で笑っている。

「ボクがお腹すいてなくても、キミがしたいときにしてね。食べなくても確かに幸せな気分になれるね」

 そう言ったレツの首に両腕を回して抱きつくと、レツが私を抱きしめる腕に力をこめる。

「ますます手放しがたくなってきた。どうしようね、サーシャ」

 どうしようって言われても、今が幸せってだけじゃダメなのかな。今はそんなこと考えられないよ。


 永遠とか、一瞬とか。

 私たちの生は決して同じ歩みでは進んでいけないと運命付けられているけれど、そんなことさえ些細な事に思えてくるほど、今が幸せ。

 レツが人間になれたら、一生一緒にいられるのかな。その道は見つけられるのかな。

 どうやったら望む道へと歩んでいけるんだろう。

 この手の中にある温もりを、どうやったら奥殿の外へ連れ出せるのだろう。

 私はどう足掻いたら良いのだろう。

 春には満開の花散る中。夏は暑い太陽の下。秋には空から降る黄金の葉を踏みしめ。冬には外の雪を見ながら暖炉のもとで。

 そんな当たり前の幸せを共に歩いていく為に。

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