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「何でアイツが触っても何も言わないの」

 雪が小降りになった日に奥殿に行くと、真っ先に飛び込んできたのはレツの怒った声。

「どうして嫌だって言わないの。嫌じゃないから? 祭宮のがボクより好きだから?」

 詰問する口調と、非難する声音に戸惑いながらも扉を閉める。

 ぎぎーっという重たい音を立てて扉を閉めると、奥殿の中は蝋燭の光だけが頼りになる程度の薄暗い空間に様変わりする。

 レツはどこにいるんだろう。

 声は至近距離から聴こえたような気がしたんだけれど。

 視界を巡らせてその姿を探してみても、レツの姿は見当たらない。普段なら薄暗くてもレツ自身が発光しているかのように際立って見えるんだけれど。おかしいな。

「ねえ、答えてよサーシャ。本当にキミはボクを好きなの?」

 突然目の前に姿を現し、覗き込むように見上げて私のことを見ている。

 視線が合うように膝を下ろし、レツと向き合うように座る。

「どうしたの急にそんなこと言い出して」

 話半分にじゃないけれど、レツがこういうことを言い出すのは決して珍しくないので、確認するように問いかけると、頬を真っ赤に膨らませて怒り出す。

「子供扱いしないでよっ。聞いてるんだよ。祭宮はサーシャの何なのさ」

 何をそんなに怒っているんだろう。

 この間喧嘩をした日から、一度も話しかけてこようともしなかったのは怒っていたからなのかな。でも怒っていたのは私のほうだって。レツと話したくないって思っていたし。

 ちょっとその気持ちが落ち着いたから奥殿に来てみたら、今度は怒鳴られる羽目になるし。一体なんなのよ。

 すっごく理不尽な気がして、むくむくと怒りがこみ上げてくる。

「いきなり怒鳴んないでよ」

「そんなのどうでも良いから答えてよ」

「どうでも良くないでしょ。いきなりキーキー言われたら話をする気もなくなるよ」

 プイっとレツから目を逸らすと、レツがバンっと床を叩く。

 あまりの大きな音にびっくりして振り返ると、レツが真っ赤な顔をして怒っている。

「他の誰でもない、ボクが聞いているんだ。答えろよ」

「何その言い方。偉そうに。確かに偉いかもしれないけれど、そうやって頭ごなしに命令するのやめて」

 プチンと頭のどこかが切れた音がして、怒りに任せて怒鳴り返す。

「大体私がウィズとどんな話をしようがレツには関係ないでしょう。そんな風に言われる筋合いないじゃない」

「筋合い?」

 冷徹なレツの声が奥殿の壁に反響する。

 ぐいっと顔をレツのほうに向けられ、蒼い瞳が突き刺すように私を睨む。

「サーシャはボクのものだ。ボクが選んだボクの巫女だ。忘れてないよねサーシャ」

「だから何。支配したいなら他の人にして。そういう上から目線、すっごく嫌」

 奥歯を噛み締めてレツを睨み返すと、視線がぶつかり合う。

 掴まれたままの顎は離してくれそうにもない。

「じゃあボクに何を求めているっていうんだよ」

 イライラしているのが、その口調からも伝わってくる。

「何でレツの一番にはなれないのに、私はレツだけを大切に大切にしていかなきゃいけないの?」

「はぁ?」

 呆れたような声を上げたレツの手を払いのける。実際には触れないけれど、顎を掴んでいた手は離れていく。

「私はレツが好きよ。だけれどレツは本当は私が好きなんじゃないでしょ。私が未来に起こせる奇跡の可能性が好きなだけだわ。レツにとって一番は始まりの巫女。後は並列で同じ。そんなの嫌だわ」

「何言ってんの」

「レツを好きになって、レツを具現化させて、その腕にはまった拘束を解く。その奇跡をレツは求めているだけでしょう」

 目をパチクリとさせるレツの仕草がわざとらしくてまた腹が立つ。

「その為に私を一番好きなフリをするのはやめて。頭ごなしに命令するのもやめて。人の気持ちはそんなことじゃ動かない。むしろ嫌になるばかりだわ」

 何故かものすごく哀しくなってきて、胸が詰まる。本当は理不尽な事を言っているっていうことは重々わかっている。馬鹿なことを言っているということも。

 ツンと鼻の辺りが痛くなる。

「奇跡が起こせなかったら必要ないんでしょう。もういいよ、私を好きなフリはやめなよ」

 言った瞬間、涙が溢れだした。

 ずっと引っかかっていた事が一気に堰を切って雪崩を起こした。

 レツを好きだけれど、ずっと付きまとう敗北感は拭えない。私は始まりの巫女にはどうやったって敵わない。その他大勢の巫女の一人にしか過ぎない。

 始まりの巫女になりたかった。

 ずっとずっとレツのたった一人の特別になりたかった。

 けれど私は、ほんの少しだけ人よりも巫女としての適性に優れていたに過ぎない。

「そんなこと無い。本当に本当に好きだよ、サーシャ」

 涙で霞む世界の向こうにいるレツの慌てた言葉が余計に哀しさを誘う。

「取り繕わなくてもいいよ。好きだなんて言葉、聞きたくない」

 泣き崩れた頭の中には、数日前のウィズとの会話が浮かんでくる。



「例えばさ、俺に好きな人がいるとする。その人は余命宣告されていて、あとどの位生きるかわからない。その人とはずっと一緒にいられないとわかっている。だから相手の好意を知っていても撥ね退ける。どう思う?」

 いきなりの例え話に眉をひそめる。

「それは、本当の話?」

 恐る恐る聞いてみる。

 まずそれが気になった。今までそういうことはおくびにも出さなかったけれど、ウィズはもしかして苦しい恋を誰かにしているのかなって。

「いや。あくまで例え話。俺のことはいいからどう思うか考えろ」

 そう言われても、気になっちゃうよ。本当の事じゃないならいいけれど。

 一つ溜息をついてから考える。

 ウィズが好きな誰かはウィズの事が好き。でも命の期限が決まっていて、ずっと一緒にいることはできない。

「でも、好きなら一緒にいたらいいのに。だって好きなんでしょう。相手も自分に好意を抱いているなら尚更。そうじゃないと後悔しないかな」

 考えながら口に出して問いかけると、ウィズがこくりと一つ頷く。

「普通に生活していたって、俺だってササだって明日死ぬかもわからない。誰だってどの位生きていられるのかわからない。明日別離があるかもしれないからと、愛しい気持ちを押さえこんで生きたりはしないよな」

「うん。そう思う」

 頷く私を見て、ウィズが柔らかく微笑む。

「なら、自分の全てをぶつけてみたらどうなんだ。水竜に。同じ事じゃないのか」

 はっとしてウィズの顔を見ると、ウィズが頷き返す。

「骨は拾ってやる。思う存分討ち死にして来い」

「ひどっ」

 言い返すとウィズが声を上げて笑う。

「それでこそ、ササだ」

 くくっと笑ってからウィズが真顔に戻る。

「後悔のないように。ぶつけて来い、全部。それで泣きたくなったら俺のところに来たらいいよ」

 後悔しないように、か。

 レツにぶつかって、弾け飛ぶんだろうか。討ち死にするんだろうか。

 それとも一生ずっと引きずって生きていくんだろうか。

 でも先のことを気にしていたら、ここから一歩も踏み出す事は出来ない。

「ありがとう。頑張ってみる」

「おー。そうしろそうしろ」



 討ち死にどころか、入り口で自爆したよウィズ。

 もう泣き笑いしか出来ない。

 袖口で涙を拭い、床に落ちた涙もお行儀は悪いけれど袖口でふき取る。

 まだまだ涙は零れてくるけれど、そんなのもうどうでもいいや。

「じゃあね、レツ。また春に会おうね」

 鼻をすすりながら、努めて明るい口調で切り出す。

 深みにはまる前に逃げ出すのは格好悪いかもしれないけれど、こんな風に苦しいのは辛くて耐えられそうにもない。

 全然正面からぶつかっても無いけれど、答えのわかりきった勝負する勇気もないや、ウィズ。励ましてくれたのに、ごめんね。

「……どうして」

 擦れた声でレツが問いかけてくる。

「どうしてって。だってもう雪も深くなりそうだから奥殿来るのも厳しそうだもの」

 瞬きするたびに涙が零れる。

 平常心平常心と思っているのに、上手く気持ちのバランスが取れない。口で話していることと気持ちが全然バラバラで、何を自分でも言いたいのかわからない。

「そうじゃなくて」

 口ごもり、レツが俯いてしまい何も話そうとはしないので、ずるずるっという私の鼻をすする音が奥殿に響き渡る。

 立ち尽くしていたレツがペタンと床に座り込み、頭を抱えてしまう。

 ぐるぐると奥殿の中に風が巻き上がり、雪がまるで花のように部屋中に広がっていく。

 不思議と寒いとかは思わなくて、綺麗だなって単純に思える。

 レツの力が何かを起こそうとしているのかしら。

 そう。レツは人ならざるモノなんだもの。そんな人ではないモノの特別な何かになりたいなんて思うほうがおこがましいよね。

「そうじゃないっ」

 顔を上げてレツが真っ直ぐな瞳で見つめてくる。

「どうして伝わらない。ボクがどういう風にキミを思っているのかとか、どれだけ歯がゆくてしょうがないかとか」

 熱の塊のような勢いに気圧され、目をしばたく。

「本当はココから一歩も外に出したくない。祭宮になんて会わせたくない。ずっとずっと永久にココに閉じ込めてしまいたい」

 レツの姿からキラキラと何か光の粒のようなものが煌き、いくつもの光がレツの輪郭の境界を不明瞭にしていく。

 あまりのまぶしさに目を細めると、最後の涙の一粒がレツの手の上に零れ落ちる。

「だけど、ボクはキミが老いていくのも、この世からいなくなるのも見たくない。二人きりの檻の中に幸せなんて無いんだ」

 レツの瞳からも涙が一つ零れ落ちる。

「この手の中でキミが息絶えるその瞬間を共にしろと? そんなことボクには耐えられないよ、サーシャ」

 レツの訴えに胸が痛いくらい苦しい。

 私が望んだものは、決してレツにとって幸福な世界ではない。

 レツ自身によって告げられたその事実をどう受け止めたらいいのかわからなくて、光の中のレツを見つめるしか出来ない。

 一緒にいたいと思っているのに。

 私もレツも、一緒にずっと一緒にいたいと思っているのに。

 だけど、覆しようの無い命の期限が、レツに永遠を永遠の孤独の淵へと連れて行ってしまう。

 人のように短い生ならば、最愛の誰かが旅立つ時、自らも老い、生の終わりの日も近いかもしれない。でもレツは違う。

 何百年。ううん、何千年生き続けているんだろう。それも子供の姿のまま。成熟するのは、一体どの位先なんだろう。その命を終える日は一体何万年先なんだろう。

 たとえ一緒にいられるとしても、ほんの数十年。

 そんな短い一時は、レツの長い長い一生からしたら、瞬きをする一瞬と大差ないかもしれない。

 その一瞬だけしかいられないのに、自分だけを見て欲しいなんて願うのは残酷すぎる。

 私なら永遠とも思える孤独なんて耐えられそうにもない。

 最期の瞬間まで私が巫女ならば、次の巫女は選ばれないまま、レツは誰も傍にいないままその後の長い人生を一人で歩む事になる。

 ああ、そうか。

 だから始まりの巫女はレツの傍を離れたのね。

 突然理解した。始まりの巫女の思惑を。

 とても好きだから、孤独の中でもがき苦しむような事を招きたくは無かったんだろう。その為に「巫女」というシステムを構築してレツを孤独から救い出したのだろう。

 永遠の孤独でも、常に誰かが寄り添っていれば、発狂するほどの苦しみからは解放される。

 人の命を、文字通り喰らう事もしなくとも生きていけるようになったのならば、違う方法で「巫女」という名の生贄兼傍女を置く事によって、長い生を退屈せずに生きられるようにと願ったのだろう。

 ならば私に出来る事は何なんだろう。

 光の中のレツに手を伸ばす。

 何を言っても誤魔化しにしかならない。沢山の言葉の代わりに、光を両手で包みこむ。

 その声を聴くことが出来ても、触れる事の出来ないレツの心を抱きしめるように、光をぎゅっと胸の中に抱き込む。

 どうかレツが幸せになりますように。

 この先の未来、レツがいつか孤独から救い出されますように。私には出来ないけれど、いつか誰かがこの孤独な生を受け止めてあげられますように。

 再び流れ出した涙を拭う事無く、言葉も無く、ただ舞い散る雪を眺めている。

 腕の中にある光は感触も熱も何も無い光の塊。

 一体私に何が出来るというのだろう。

 この手で孤独の淵に突き落としたくない。救い出したい。救えなくとも、未来への希望をつなげたい。「類稀な」と形容される巫女ならば、きっと何かが出来るはずなんだろう。

 私が巫女でいる間に見つけ出さなくては。

 この先の長い生をどう孤独とは切り離して生きていくのか。

 始まりの巫女が作った「巫女」というシステムを生かし、さらに違った形で昇華していかなくては。


 舞い落ちる雪が止まり、腕の中の光はゆっくりと熱を帯びる。

「レツ?」

 蒼と金と銀の光が混ざり合って膨らんでいく。

 どんどん大きくなり腕で抱えきれないくらい大きくなるので、腕を下ろして光の行方を見守る。

 一体何が起こっているの?

 それは私にはまるで奇跡のようにも見える。

 こんな美しくて神々しい光を、私は見たことなんてない。

 光はどこまでも広がり、奥殿中を照らし、その光は奥殿の窓からも零れ落ち外へと広がっていく。

 目の前で大きくなっていった光が徐々に私の身体を浸食して、光の中に取り込まれてしまう。

 まぶしくて目を閉じても、目が眩むほどの光量に目を開けることが出来ない。

「ずっと一緒にいることなんて出来ないよ。わかって、ね? あなたは賢い人だからわかるはずだわ」

 ふんわりと柔らかい声が耳に直接響く。

 優しくて甘い女性の声は今まで一度も聞いた事の無い声。

 誰かに私が言われているんだろうか。賢いとか持ち上げられても。

 反感が心の中に芽生えた時、次の声が聞こえる。

「賢くなんて無くても良い。ニエがいなくなるなら、ボクはまた人を喰らうよ」

「困らせないで。もう決めたのよ。あなたの居場所も作ってくれたわ、あの人が」

「あいつは嫌いだ」

 ニエ?

 幼さの残るレツの声、相手は誰なんだろう。

 ゆっくりと目を開くと、眼下には作りかけの巨大な建物とレツらしき姿。そして一人の女性。少し離れたところに泥に汚れた金糸交じりの服を着た男性が立っている。

「嫌いでも構わないわ。あなたがこの先誰も傷つけないで、そして誰からも疎まれないで生きていけるのならばいいの」

 湖。森。山。

 目の前で繰り広げられている光景はどこか現実味が無く、ふわふわと私の身体は空気に漂っている。

「別に疎まれても構わない。ニエがいれば別にボクはいい」

 ニエと呼ばれた女性は首を左右に振る。その顔には困ったような苦笑が浮かんでいる。

「ダメよ。それは私が嫌なの。本当は優しくてとても慈悲深いのに、化け物のように他の人に扱われるのは嫌だわ」

「ニエ?」

 女性は跪いてレツの身体を抱きしめ、そしてその髪をゆっくりと撫でる。

「私はずっとあなたに寄り添っては生きていけないの、ごめんなさい」

 首を傾げてニエの表情を伺おうとするレツは、眉間に皺を寄せて身体を突っ張って逃げようとしている。

「あなたを永遠の孤独から救い出す術を私は知らない。でもどうか幸せがあなたに訪れますように」

 光が弾け飛ぶ。

 そしてまた目が眩んで何も見えなくなる。

「本当に? 本当に君が王宮に来てくれるのか?」

「だって約束したでしょう。彼の為の神殿を作ると約束してくれた時に」

 彼のための神殿?

 もしかして今聞こえてくるのは、過去の記憶なのかしら。

「次の巫女は用意したわ。だからもう私はお役御免なの」

「ではどうして、そんな悲しそうな顔をしているんだい」

「悲しいわ。だってずっと聴こえてくるの。私を呼ぶ声が。これは幻聴なのかしら。それとも現実なのかしら」

 女性の泣き声が頭中に響き渡る。

 こうするしかなかったのだという心の声が聞こえてくる。

「ニエ。どこにいるの。どうしてボクをココに縛り付けたの」

 呼んでいる。レツが彼女を。

 泣いているのに。その声はもう彼女には届かないの?

 目を開くと暗闇の中で大粒の涙を流した小さな少年が天を仰いでいる。

 真っ暗闇の中、巨大な蠢く何かを背に、レツは声が枯れるまでニエを呼び続けている。

 伝わってくるあまりにも大きなレツの絶望感に、自然と嗚咽が漏れる。

 ニエがいなければ、レツの世界は混沌でしかないのに。どうしてこんなところに置いていったの。たった一人にして。



「レツ、レツ」

 知らず知らずレツを呼んでしまう。

 光の中、レツはどこにいるのかわからない。

 絡み合う三つの光の中、レツはどこに行ってしまったのだろう。

 愛しているのだと思っていた。レツはただ一人始まりの巫女だけを愛し続けているのかと。

 でもレツの中に残っていたのは、始まりの巫女の喪失感と深い絶望だったなんて。そして絶望してなお、ただ一人彼女を求め続けていたのね。

 私にはどうする事も出来ないよ。

 大声を上げて泣き続け、光の中にレツを探す。

「そこから出ておいでよ。捕らわれたままじゃどこにもいけないよ。レツ、レツ、出てきてよぉぉっ」

 自分に何かが出来るとは思えない。何も出来ない。

 それでもこんな過去から救い出してあげたいと思う。過去に捕らわれたまま、苦しい思いを抱きながら、ずっと生き続けていたのね。

 ごめんね、気付けなくてごめんね。

「もう私だけを見てなんていわないから。執着なんて持ったらレツがまた苦しくなる。だから、今だけで良い。本当に今だけでいいから一緒にいようよ、レツっ」

 膝を折り泣き崩れ、掴めない光を握り締める。

 手の中の光は綺麗なのに、どうしてこんなにも切なく辛いんだろう。

 歴史という輝かしい時間の中では、始まりの巫女も、レツも、建国王も輝いている。

 けれど本当にみんな幸せだったの? 私にはそうは思えないよ。

「帰ってきて。過去から帰ってきて。今を一緒に生きよう、レツ」

 一際輝く蒼の光に投げかける。

 蒼い光は私の手の中で大きく育っていき、そして金と銀の光を撥ね退けるほどの輝きを見せる。

 ポンと弾んだ光の玉は足元に落ちると、ゆっくりと人の形に姿を変えていく。

「今だけでいい。ボクだけを見ていて。好きだよ。好きだよ。本当に好きなんだ」

 涙を流しながら告げるレツの伸ばされた手に手を重ねると、光は霧散して消えてゆく。

 好きだよレツ。

 もしも叶うなら、永遠を共にしたいと思うほどに。

 けれどそれは望んではいけない願いなら、ここを去る時に、未来へと希望を残していきたい。

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