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山賊は悪党で  作者: 泰然自若
二章 ニールの町
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 ニールの町には、三つの酒屋があって人々に旨い酒と、酔っていれば味などどうでも良くなる料理を提供しているが、酒屋の規模からして「バッカスの欠伸」というなんとも変な名前の店が酒屋として一番大きく、酒屋を表す樽の看板にはその名が律儀に刻まれていた。

 どうやら、主人の名前がバッカスで仕事中にも欠伸を良くするので、途中から看板に刻んだという話を、店内で騒ぐ野郎が叫んでいたのを、ヴァルトは小耳に挟んでいた。どうでも良かったが、少なくとも目の前で馬鹿騒ぎをしているユーリよりは有益な話だと思っていた。

「うめぇ、やっぱ酒はビールに限るぜ!!」

「出会った当初は葡萄酒以外は飲まないなんて言ってた餓鬼が」

 ヴァルトが面倒くさそうにそう呟く。

 以前は酒に弱い癖に、酒が好きなユーリを諌める事もしていたヴァルトだったが、注意すると余計に煩くなり、他の客に迷惑が掛かる上に、ヴァルト達の顔すら覚えられてしまう危険があったので、今はほどほどにしている。

「慣れって言うものは、こうも簡単に人を変えるとはね。怖いものだ」

 その様子に、ヴォルフも苦笑いを浮かべるしか出来ない。

 彼も、ビールを木のコップで呷っているが、ユーリとは煩さと態度が雲泥の差であった。

 ボーに至っては、完全に居ないものと。いや、他人の振りをしているようにも見えるほど気にすらしていない。

「ヴァルトさん。聞きました?」

 そんなボーがヴァルトに話題を振る。

 突然の話題だったが、ヴァルトからすれば、ユーリの姿を見ているより時間の有効活用になるだろうと思って顔を寄せる。

「なんだボー? ダンがそろそろ性欲を持て余して襲い掛かってきそうな目でも向けていたのか?」

「なんですか、それ。そもそも『聞きましたか?』って言っているのに……とにかく、このニールの町に温泉があるでしょ?」

 ヴァルトの軽口に露骨なほど顔を歪めながらも話を続けていくボーであったが、ヴァルトは温泉と聞くと大声を挙げた。

「あるな。今日は入りに行くか!」

「流石お頭、良い事言うぜ!!」

 食い付くユーリに、口元を少し痙攣させるとボーは怒り付ける。

「ヴァルトさん! ユーリ!」

 その声に、ユーリはともかくとして、ヴァルトは顔を引き締めた。ヴォルフはもう、ユーリの回収に動き、羽交い絞めにし始める。

「真剣な話か」

「どうやら、この町の領主様も来るみたいですよ。教会へ行ってからのようですけど」

 その話を聞くとヴァルトは即断する。

「そうか。なら、早々に出るぞ」

「俺達の聞いた噂と違ったな」

 その言葉に、ユーリを拘束しながらもヴォルフが声を漏らした。ヴァルトも同意するように頷くと席を立つ。

「ヴォル爺放してくれ。俺は、俺はまだ飲めるんだ!!」

 騒ぐユーリを諭すようにヴォルフは耳元で言葉を並べる。

「ユーリ。顔が割れていなくとも、噂は既に広がっている。領主が町の奥にある城から出向けば、噂が耳に入るかもしれない」

 狼に襲われた商人を山賊が助けた。そんな噂が流れているが問題なのは信じる信じないではない。

「そういう事だ。ここの領主様がいくら情に篤いといっても賊を野放しにするかは判らないぞ。顔を覚えられるのも不味いしな」

 討伐隊を編成されては困るという話一点だけが問題だった。

「判ったよ」

 ユーリも酔ってはいたが、事情は飲み込めたようだった。大人しくなったのでヴォルフも拘束を解く。そして、四人は早々に店を後にする。

「それにしても、温泉に領主が来るってのもな」

 ヴァルトは急ぎ足で移動しながらも意外そうに漏らす。

「有名らしいですよ。ニールの温泉って、塩っぽくて身体が温まりやすく病に効くとか」

「なんか、俺もそんな話聞いたことあるような無いような」

 ボーの言葉に、顔の赤いユーリも言葉を続けた。飲み始めて間もなかったためか、足取りは案外としっかりしている。それでも酒臭いのに変わりは無い。

 二人の話に、対して興味も持たなかったため、適当に

「へぇ。まぁ、俺らには関係ないさ」と相槌を打った。

 ヴァルト達山賊は、馬車の停留所を目指すために、町を歩く。気の抜けたような空気が通りを吹き抜け、土を巻き上げ飛ばす。

 木造の家々が立ち並び、石造りの店が顔を覗かせ、硝子窓の無い締め切られた雨戸から蝋燭の光と人々の喧騒が漏れ聞こえる。その中を、ヴァルト達と同じように酒に酔って歩く者もいれば、足早にどこかを目指す者が通りを歩いていく。

「ヴァルトさん?」

 その時、夕暮れに染まる町中で唐突にヴァルトは声をかけられる。ヴァルト達は即座に振り返って身構えると、そこには商人のザックスが固まりながら右腕を挙げていた。どうやら、四人の行動に驚いたようだった。

「よぅ。お前さんか。随分な事をしてくれるじゃねぇか」

 ヴァルトは悪い顔をしながら、ザックスの横まで移動すると肩に腕を回す。

「ちょっと裏まで行こうかね」

「え、ちょっと待ってください!」

 強引に手ごろな路地裏に連れて行かれると四人に囲まれ、怯え始めるザックス。その姿に真剣な表情を浮かべるヴァルトは声をかける。

「お前さんだろう? 俺らの事を話したのは。いけないねぇ、俺達は賊よ? いつ領主様が俺達を殺しに来るかわかったもんじゃねぇぞ」

 そう低い唸り声を上げながら、ザックスを睨みつける。ザックスからすれば、声をかけた事を後悔していてもおかしくはない。

「す、すみません……け、けれども。釈明の機会を!」

 思えばヴァルト達は口止めを強制していないので、喋る事に問題は無いはずとザックスは思っていたが、相手はやはり山賊で自分達の常識が通用しないと思い知る。

 本当のところは、ヴァルト達も領主が町にこんなにも早く降りて来なければ特に気にもしなかったはずだ。

 そんな思いを巡らせていたヴァルトではあったが、ザックスの思わぬ申し入れに話だけは聞く気になったのか

「何だ」と言った。

「私は、領主様に直接お会いしました。なので、判ります。あの方は、私の話を信じてくださいました。領主様は本気で私のような商人を助けてもらえるならば正式に雇っても良いと……!!」

 口早に述べられた言葉に、驚く四人だったがヴァルトは小さくため息を漏らす。

「お前さんが良い奴だってぇ事は判るさ。だがよ。俺らは悪党よ。そう簡単に信用できる話じゃねぇって事だ」

「すみません……」

 ザックスはそう言って、謝るだけだった。ヴァルトから見れば一回り年上のザックスであったが、今だけは気弱な少年のように怯えている事が良く判る。それでも、情けをかけるつもりはない。かといって別段殺して、余計討伐されるような危険を負う必要もないと判っている。

「なぁ、お前さんの知っている限りの情報を教えてくれよ。馬車の停留所までで良い」

 その言葉に、顔を挙げてザックスは大きく頷いた。

「し、信用は回復させて貰える様に頑張りますよ。まずは領主様からで良いですか?」

 大きく喉を鳴らした後に、ザックスは先ほどのように怯える事は無く、緊張感を漂わせながらもそう喋った。その姿に、ヴァルトは口端を釣り上げて笑って見せた。

「商人だねぇ、お前さんも。俺が金持ちになったら贔屓にしてやるぜ?」

「商人は損得に敏感ではありますが、情にも篤くなければなりません。人脈は財産ですから」

「言うぜ。山賊の人脈なんてどうすんだ?」

 その言葉に、さらに笑みを深くさせる。既に、他の三人は囲みを解き、ユーリは少し気持ち悪そうに路地の奥でしゃがみ込み、ボーが面倒そうながらも背中を擦っている。

 ヴァルフはというと、面白そうに商人と山賊の会話を聞いている。さて、商人はどんな言葉を言い出すかな。といった様に期待に胸膨らませているようだった。

 その周囲の変化を気にする様子もなく、ザックスは負けじと笑みを浮かべながら

「例えるなら、別の商人を襲わせ、私に独占させる。そしてその利益を流す。どうでしょうかね?」

 と言い放った。これには、ヴァルトとヴォルフも傑作とばかりに笑い声を挙げた。

「……悪いねぇ。お前さんも」

 不敵に笑い合う商人と山賊は何とも奇妙な絵になっていた。

「商人は善悪で商売していません。結局は損得ですよ」


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