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山賊は悪党で  作者: 泰然自若
一章 山賊業
2/24

 山賊という賊徒がこの世界には存在している。彼らは山を根城に山道や山沿いの街道を歩く旅人や商人を襲い、物資や金銭を強奪する。時に、身代金目的に人を攫う事もあり、人も容赦無く殺す。そんな存在として民衆から認知されていた。



 怯える商人に手綱を持たせながら、山賊は豪快に商人へ話題を振り、言い放つ。

「いやぁ、お前さんは運がいいぜ? ここらは大熊が出るって噂が絶えないからな!」

 その商人は顔を引き攣らせつつも、一先ず話を合わせて行く。

「よ、良い所だと聞いていたのですが……」

「良い所さ! だからこそ、獣も集まるってもんだ。そうだろ? 餌が無いと人も獣も生きていけないからな!」

 怖がりつつも、商人はその言葉に納得してしまう。言っている事は至極、真っ当だった事にも驚きつつも、商人はゆったりと馬車を操っていく。

「さっきから煩いが、後ろは家畜か?」

「は、はい。すみません……」

 商人の馬車は二台連結の大きな馬車で、前に商人と横に居る男。屋根に一人。そして残りの二人は後ろの馬車の屋根で寝転がっていた。

 商人は横目に山賊の(かしら)だと思われる男を見やる。山賊の頭と思わしき男は、無精ひげを生やし、髪の毛は濃い栗毛だったがどちらかと言えば茶よりも黒と言った方がしっくり来る色合い。前髪以外に伸びている髪を後ろで束ねている。瞳は茶で、商人の目には如何にも山賊だという風体そのものに見えていた。

「まっ、気にしなさんな!! お前さんの責任じゃねぇからよ!」

 思えば不思議な山賊だと、商人は心底思っていた。賊と言うと、大抵商人を見つけて護衛が居ないなら、すぐに襲い掛かって金品を奪っていく。酷い連中だと矢で人を殺し終えてから、奪っていく。それが普通で、この世界に住む人々からの印象だった。

 聖都教という宗教があるのだが、その宗教は人こそ最も優れた種族だという教えを持っている。だが、その聖都教であったとしても、賊は悪として断罪の対象となっている。それほど、悪行が酷かったのだ。

 それなのに、商人が護衛を雇わずに馬車を使っていたのは、この街道に賊徒が出る心配が無いと、今では遠く後ろにある町で知ったからだった。

 商人はだからこそニールの町を目指した。商い目的ではなく観光に近い。町の商人や衛兵が近頃、大規模な討伐を行ったので賊の心配は要らない。そう言われたので意気揚々とニールの町へ向かっていたはずだった。

 木箱のような馬車を引き摺るように駆ける二頭の馬が鬱蒼(うっそう)と茂る森の隙間を縫う街道にあった。

「頭ぁ!」

 後ろから唐突に叫ばれた声に、思わず商人は身を竦ませるが、頭と呼ばれて反応したのは、やはり横で座っていた男だった。

「どうした。ユーリ!」

「右手の山がおかしいぜ! これは来るぞ!」

 そのやり取りを終えると、頭と呼ばれた男は商人に顔を向ける。

「な、何でしょうか? 何が来るのですか?」

「今に判る」

 まるでその言葉が合図だったかのように、右手の森から黒い塊が街道に躍り出る。商人が思わず、顔を引き攣らせる。黒い塊が何なのかを知ったからだった。

 そこに佇むは一頭の大きな熊だった。四肢を大地に打ち付けたかのように動かず、唸り声を上げている大熊。

「良し。おい、良く聞け。俺が合図したら構わず鞭を振れ。良いな」

 頭が小さく商人に呟いた。その顔は生き生きと笑みで溢れている。その姿に、商人は落ち着きを取り戻した。どうやら、この事態でも動じない山賊の頭に、今では頼もしさを抱いていた。

「わ、判った」

 その言葉に、頭は頷くと懐からゆっくりと丸い物体を取り出す。その瞬間、商人は顔を(しか)める。糞尿に近いが、どうにも嗅いだ事が無い強烈な刺激臭が漂ってきたからだ。

 頭はそれを見るわけでもなく、大熊の目の前に投げた。大熊はそれに反応して、少し後ろに下がるが、臭いを嗅いだのか、突然もがき苦しみだした。

「今だ、走れ!」

 頭の言葉に反応して、商人は思い切り、手綱を振るい馬を走らせた。運良く大熊は、森の方でもがき苦しんでいたので邪魔にはならなかったが、怒り狂ったかのように馬車を追いかけ始める。

「追いかけて来るぞ!」

「飛ばせ、飛ばせ!」

 商人は一心不乱に鞭を振り続けた。すると、見る見るうちに、大熊を引き離し、終いには大熊も追うのを止めて森へ帰っていった。

「もう、追って来ないぞ!!」

 それを見た後、先ほどユーリと言われた赤毛で妙に他の山賊より小奇麗な身なりの短髪男が前に向けて叫んだ。それを聞いて、頭が

「もう、大丈夫だ。馬を休ませろ」と、商人に告げると、商人も大きなため息を吐き出して、速度を落とした。

「た、助かりました」

「良いって事よ」

 商人の言葉に、頭が白い歯を見せて笑みを浮かべた。商人は馬を休ませるために、少しだけ休憩し、餌をやりたいと頭に言うと、頭も「かまわねぇよ」と了承した。

 後ろに連結させた馬車には家畜として豚が四頭乗せられており、そこには藁も一緒に保管されていた。商人はそれを掴むと馬に持っていき、食べさせる。

「しっかし、本当に良い所だな。ここは」

「え、えぇ本当に」

 いつのまにか、商人はある程度ではあるが、山賊を信用していた。風体は山賊そのもので、言動も品がない事に変わりは無いが、何処か気になってしまう。商人は不思議そうに頭を眺めつつも馬に餌をやっていた。

「頭……不味い!」

 その時、後ろの馬車に寝転んでいた一人の男がそう叫んだ。その途端、山賊の表情が一変する。その早変わりに、商人もそそくさと馬車へ乗り込む。

「ダン。何があった」

 頭は先ほど声を荒げた男――ダンに言葉を向けた。

「囲まれた。恐らく、豚の臭いに誘われた。数は多いぞ。人間が居るのに、襲う気配がある」

 ダンは静かだが、鋭い口調でそう喋っていった。商人には何の事かは判らなかったが、頭や他の山賊が真剣な表情を浮かべていることから、ただ事ではないと察する事は出来た。

 ダンと呼ばれた男は、フードをすっぽりを被っているので、影の具合から顔をあまり見る事が出来ないが、商人はダンの僅かに見える肌が色白で、鋭い口調から白蛇みたいだと思っていた。だが、そんな事を考えているとそのダンの青い瞳と目が合わさってしまう。慌てて視線を逸らした商人だったが、その視線を森に移すとそこには何かが居た。

「ヒィ!!」

 思わず、叫び声を挙げてしまった商人に頭は血相を変えた。

「馬鹿!! 大声を挙げるな」

 幾つもの黒い影が馬車を取り込むように現れる。突き出た口の白い牙に黒い体毛。垂れる尻尾に鋭角に尖った二つの耳。

「やっぱり、狼か!!」

 馬車を囲んでいたのは十頭以上にも上る狼の群れであった。狼は唸り声を挙げ、様子を伺っていた。

「な、なんで狼が……」

 商人は怯えながらもそう呟いた。

 大陸全土で布教している一大宗教である聖都教の伝承に商人が怯える原因が記されている。五百年前、人と悪魔の聖戦が起こった。悪魔は人の姿をしていたが、獣に化ける力と悪魔の力を持って人を滅ぼす戦争を仕掛けた。聖戦の中で、最も多く悪魔が化けたとされるのが狼で、その伝承から狼は悪魔の化けた姿として忌み嫌われ、討伐の対象になっていた。

「豚は諦めろよ」

 頭は静かに、商人へと告げる。商人も、ゆっくりと頷いて了承した。家畜と自分の命では考えるまでもない。即答だった。

 ユーリとダンは即座に馬車の中に入る。すると、狼達は馬車に襲い掛かるが、頭と先頭の馬車に乗っていた山賊が馬車の前に踊り出て、馬を護る。

「ヴォルフ! 遅れるんじゃねぇぞ!」

「師匠に向かってどの口でほざいてる!!」

 頭と共に、狼から馬を護るために囮役になったヴォルフという男が大声を挙げた。布で覆い隠しているが、明るい茶毛が首筋や耳元から見える。髭は耳元まで威風堂々と伸びて、茶に濁る瞳。視線は瞼によって鋭く細い。

そして、もう一人が商人の横に来て、短弓を操り、狼の目に矢を当てて一頭仕留める。

「頭、あまり動き過ぎないで下さいよ! 当てるかもしれません!」

「お前の腕には、期待してるぜ? ボー!」

「まったく……無茶を押し付けるのが好きですね」

 愚痴を零しつつも、矢を射るボーと言われた青年。中性的な顔立ちで声は男とも女とも聞こえるほどの繊細さを持ち、赤茶の髪の毛を後ろで縛っている。

 その隙に、ユーリとダンは豚を外に出そうとする。豚も狼を察知して、外に出るのを拒んでいたが、ユーリとダンは即座にブタの頚部にナイフを突き立てて行く。

「ぎゃぁぁ!! 血が顔に!」

「さっさとやれ!」

 ユーリが暴れ、ダンが怒鳴り声を挙げながら作業し、ようやく二人して一頭目を外に放り出す事に成功する。

 途端に後ろの馬車に襲い掛かっていた狼が豚に群がり始める。続いて二頭目を放り出すと横や、前側にいた狼も後ろへ行ってしまう。

「走れ!!」

 頭はそう叫び、怯える商人の変わりに護衛していたボーが手綱を振るった。勢い良く走り出す馬車に、頭とヴォルフが飛び乗る。数頭の狼は追いかけたが、三頭目を落とすともう追って来る事は無かった。

「た、助かった……」

 手綱を握っていたボーが、そう言葉を漏らした。山賊も、商人も心からそっくりそのまま思っていたようで、安堵のため息を漏らし、笑顔を見せ合っていた。



「ここまで来れば、もう大丈夫だろう」

 頭は前を向きながら、商人に向かって言い放った。商人も視線を前に向けるとどうやら、森が終わり、平原が広がるように遠くには木々の無い緑の丘が見えてくる。

 緊張の糸が切れたかのように、膝まで上半身を折り畳み、顔を手で覆う商人だったが、暫くすると気分を落ち着かせて声を出す。

「助かりました」

 頭は笑いながら、商人の背中を叩き、笑いながら言葉を続けた。

「いや、良いって事よ。それに俺らは山賊だぜ? 金はしっかり貰うからな」

 その言葉に、顔を挙げた商人は力無く笑みを浮かべてみせると、馬車の中へ入り、小さな袋を一つ持ち出して、頭の目の前に突き出した。

「えぇ、どうぞ。これを」

 おもむろに頭はそれを受け取り、中身を拝見すると、銀貨――それも、銀貨の中でも最高級のレンス銀貨が五枚入っていた。

「おいおい。色つけすぎじゃねぇか?」

 思わず、頭は驚いてそんな言葉を商人に投げ掛けてしまう。頭が驚いたのはレンス銀貨一枚でパンを二百キログラムも買えるほどの価値がある事を知っているからだった。

「何、このくらいは商いですぐに取り戻せます。ですが、あなた方に救っていただいたお命代としては安いと思えるほどです」

 驚く頭を、商人は可笑しいと思いつつ、そう言葉を頭と山賊に向けて喋った。確かに、商品となる豚は減ってしまったが、商人は生きているので、また商売も出来る。それに恐らく、まだ金は持っているので、ニールの町で塩や他の品も買えるはずだ。

「そうか。なら遠慮なく貰っていくぜ」

 頭はそれを理解して、素直に受け取った。

「あ、あの。有難うございました。ですが、何故このような事を……これだけ善意で行動出来るなら、仕事に就く事も」

 商人が最もな言葉を並べ立てるので、頭は豪快にそれを笑い飛ばした。後ろの山賊も笑みを浮かべている。その姿に、可笑しいと思えるだけの理由がきちんと持てている。そう勝手に解釈した商人に向けて頭は喋り出す。

「俺らは山賊。強請り集りに人殺しまで、何でもありの連中だ」

 その言葉は確かに、世界の認識で何一つ間違ってはいなかった。商人も先ほどまでは同じ印象で接していた事に変わりは無い。

「だがよ。悪党には悪党の矜持ってものがあっても良いと思わないか?」

 紡ぎ出されたその言葉に、口を開いて「は、はぁ?」と空返事をしてしまった商人だったが、頭は構わず笑い声を挙げた。

「と、とにかく。有難うございました。ご縁があれば、またよろしくお願いしたいものです」

 本心半分、世辞半分。それでも、商人もこの時だけは良い笑顔を浮かべて見せた。それを見て満足そうながらも首を横に振る頭。

「無い事を祈るぜ。今度は、俺達みたいな悪党じゃないかもしれない」

「はい。気をつけます」

 尤もだ。と思い、商人もそう受け答えると馬車を動かそうと手綱を握る。山賊達は皆、馬車から降りていた。

「あっ! 一つ。お名前は?」

 言い忘れてたというよりは、言う必要すらなかったのだが、商人はどうしてかそう呼び止めて、自分の名前を名乗ってしまった。

「私は、ザックスです!」

 意外そうな顔をしつつも、山賊の頭ははっきりとした声でザックスに自分の名前を伝える。

「ん? 俺か、俺の名前はヴァルト。ただのヴァルトだ」


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