第1章 黙示録と「固定人数の救済」のパラドックス
1-1. 黙示録の人数設定
新約聖書・黙示録14章あたりでは、「イスラエルの十二部族から各12000人」が救われる、つまり合計144000人が神の御前に立つ、という象徴的な記述が登場する。通常、キリスト教神学では「象徴的数字」であり、実際の人数を厳密に意味しないという解釈もある一方、一部宗派では文字どおりの人数と捉える動きもあった。
この固定された数字は一見して奇妙であり、世界人口が数十億を超える現代では、あまりにも少ないように思える。
1-2. 善悪や賢愚が関係ないという推論
仮に144000人が厳密に固定されているならば、どれだけ地球上の人類が増えようと、あるいは減ろうと、その数以上は救われない。ゆえに、例えばその12部族それぞれが12000人以下しか存在しないなら“全員救われる”可能性があるが、人数が多ければ多いほど“救いを得る比率”は小さくなる。
つまり、“善悪や賢愚がどうあれ枠が決まっているので大差ないのではないか”という逆説が出てくる。ここに見えるのは、人間視点での“善悪・価値観”が神の最終選別には直接反映されないかもしれないという疑念である。
さらに、他生物から見ると人間の善行が必ずしも良いとは限らない。アリの世界の価値観から見れば、人間はむしろ悪行を重ねる侵略者かもしれない。
そう考えると、人間が自分たちの倫理や行いで救済を得ると思い込むのは独善的かもしれない、という仮説が出てくる。




