7話「トンチキ魔術師にはストッパーが必要である」
翌日、ルイーゼの家――。
「姉様、あの胡散臭い魔術師を脱獄させるなんて、正気ですか!?」
「ヴィル様は私と商会のために捕まったのよ。
放ってはいけないわ」
「あいつは法に背くようなことをしたから捕まったのです!
助ける必要などありません!」
「そうはいかないわ。
ヴィル様がミスリル鉱山を譲ってくれなければ、ワグナー商会はクロイツ商会に奪われ、私は借金のカタに売られていた。
ヴィル様には生涯かかっても返せない恩義があるのです」
「だからって脱獄させるなど……」
「フィンはワグナー商会のことを心配してるのね。
大丈夫よ。
クロイツ商会からの帰りに、除籍願いを提出してきたわ。
これで、私はこの家とは一切無関係。
私が捕まっても、あなたや商会に迷惑かけることはないわ」
「除籍って……姉様、そこまで……!」
「フィン、まだ幼いあなたに全てを任せるのは気が引けるわ。
でも、こうするしかないの。
商会のことはよろしくね」
「姉様……!」
「ホッホッホッホッ、泣かせるのう。
だが、脱獄の必要はないよ。
わしはここにいるからのう」
バルコニーに続く掃き出し窓から声をかけると、ルイーゼとフィンが驚いた顔でこちらを見た。
「こいつがいつまでも牢屋で大人しくしてるわけないと思ったぜ」
イグナツが飛んできて、わしの肩に止まる。
「ヴィル様!」
ルイーゼがわしの元にかけてきた。
フィンが彼女の後に続いてこちらにやってきた。
安堵の表情を浮かべるルイーゼとは対照的に、フィンは冷たい表情でわしを睨んでいた。
「いつからそこにいたんだよ!
覗きなんて趣味悪いぞ!
変態魔術師!」
ルイーゼはこんなにも可愛らしくて美しいのに、弟の方はなんでこうクソ生意気なのかのう?
「すまんな。
すぐに声をかけようと思ったのだが、感動的な姉弟の話が始まってしまったので……声をかけられなかった」
「お恥ずかしいところをお見せしました……」
真っ赤になった顔を手で覆い隠そうとするルイーゼ。そんな姿もまた可愛らしい。
「ヴィル様、心配しておりました!
無実が証明され牢屋から出られたのですね!」
ルイーゼの頬に涙が伝う。
泣くほど心配させてしまったことへの罪悪感が……。
「いや~~、それがのう……」
「釈放されたのではないのですか?」
「わしのしたことは非合法ゆえ……有罪は確定だろう。
なので脱獄してきた」
他人の畑を勝手に拝借し、魔草入りの野菜を販売し、定価の二十倍の値段で販売したのじゃ。
クロイツ商会や司祭や侯爵が絡んでなくても、有罪になって、鉱山行きは確定だろう。
まぁ、脱獄がバレぬように身代わりは置いてきたがのう。
「脱獄」という言葉を聞いて、ルイーゼが小さく悲鳴を上げた。
ドン引きされたかのう。
「姉様、インチキ魔術師が勝手に牢屋から出てきた!
姉様が脱獄させる必要はなくなったんだ!
こんな犯罪者に関わっちゃ駄目だ!
追い出そう!!」
フィンがここぞとばかりにわしを責め立てる。
「インチキ魔術師!
お前なんかに姉様は渡さないからな!」
フィンがキッとわしを睨む。
「フィン、少し黙っていて。
ヴィル様も話したいの」
そうだ、そうだ黙っておれ。
フィンがキャンキャンうるさいので、喋れなくなる魔法をかけた。
急に開かなくなった口を、手でなんとかこじ開けようとフィンがもぐもぐしている。
「ヴィル様が牢屋に入れられたのも、脱獄したのも私の責任です。
私に責任を取らせてください!」
んんん? まさかルイーゼに責任を取られるとは思っていなかった。
「ルイーゼ」
「はい……」
わしは彼女の青い瞳を真っ直ぐに見つめた。
彼女は緊張した表情でわしを見つめ返した。
「わしは法を犯した身。
この国にはとどまれぬ」
「この国から逃げると言うのなら、どうか私も連れて行ってください!」
これは逆プロポーズ!!
そ、そう言えばルイーゼは身売りする前にわしに初めてを捧げようと……。
いかん、みだらな妄想をしてしまった。
ここで鼻の下を伸ばしていたので締まらぬ。
「わしはこれから旅に出る。
そなたが一緒だと心強い」
ルイーゼの手を取り、彼女のしなやかな指に銀の指輪を嵌めた。
「この指輪は……!」
「店から、質受けしてきた」
鉱夫を雇う資金にする為に、ルイーゼに質屋に入れて貰った指輪だ。
この指輪とミスリル鉱山の権利書とともに渡し、プロポーズする予定だった。
だいぶ順番が変わってしまったが、プロポーズできたから良しとしよう。
「質受け品ですまん、落ち着いたらちゃんとした物を買うので許してほしい」
「いいえ、この指輪で充分です。
質屋に預けたのも、ヴィル様が私を助ける為ですから」
ルイーゼが頬を赤らめ、涙ぐむ。
「そなたに出会う前のわしは、自分で言うのもなんだが、かなりハチャメチャな性格だった」
「それは今も変わってないぜ」
「うるさい! これでもだいぶ落ち着いたのだ」
帝国にいた頃のわしなら、愛する人が借金のカタに売られると聞いたら、理性のタガが外れ、国ごと消し飛ばしていただろう。
「そなたはわしの良心だ。
そなたがいるからわしは優しくなれる。
そなたがいるから研究に没頭できる。
ずっとわしの傍にいてほしい」
「はい。喜んで」
わしの胸に飛び込んできたルイーゼを、わしは抱きとめた。
ルイーゼは見た目に反して、かなり積極的な性格なようだ。
「そなたが道で行倒れていたわしを救ってくれた時、わしにはそなたが天使に見えた」
空腹で判断力が鈍っていたとはいえ、腹を下す効果のある草を食べて脱水症状だった。
「私は水を差し出しただけです。
ヴィル様はその後、襲ってきた人食いグリズリーを撃退してくれました。
その時からヴィル様は私のヒーローです」
どうやらお互いに一目惚れに近い状態だったらしい。
殺気を感じそちらに目を向けると、フィンが人を殺しそうな目でわしを見ていた。
いい加減、姉離れしてほしいものだ。
わしはルイーゼの頬に手を添え、そっと口づけした。
ルイーゼはもうわしのものだ。諦めよ。
十五歳のフィンには、ちと刺激が強かったかもしれのう。
「ヴィルも意地悪だね。
少年が恨みと憎しみの籠もった目でお前を睨んでるぜ」
そう言えばイグナツもいたのだった。
「むぐぐぐ……!
姉様、だめだ!
そんなインチキ魔法使いに連れて行かれたら人生の破滅だ!
考え直すんだ!!」
フィンはどうやら自力で魔法を解いたらしい。
加減したとはいえ、わしの魔法を自力で解くとはのう……。
奴には魔法使いとしての才があるのかもしれぬ。
「その忠告は聞けぬな!
わしは生涯ルイーゼを離すつもりはないのでな!」
ルイーゼの背に腕を回し、しっかりと抱きしめる。
「諦めな、坊や。
確かにヴィルはトンチキだが、そのトンチキ魔法使いを助け出そうと、牢破りを計画したあんたの姉さんも相当だぜ」
イグナツが翼でくちばしを隠し、くつくつと笑う。
誰がトンチキ魔法使いだ。
「ヴィル様は、牢破りまで計画した私を軽蔑しますか……?」
ルイーゼが不安そうに、わしを見上げる。
「まさか!
むしろ嬉しく思っておる!
自分を犠牲にするのが癖になってるルイーゼが、わしの為にそこまで考えてくれたのだからな!」
わしのために牢獄破りを計画してくれる人間など、他にいない。
「というわけだ、フィン!
ルイーゼはいただいていく!!
悪く思うな!」
「ごめんなさいフィン。
私のことは死んだと思って諦めて。
商会のことたのんだわ」
「姉様!!」
わしが風の魔法をかけると、わしとルイーゼの体がふわりと宙に浮いた。
「待って! 姉様! 置いていかないで!!」
駆け寄ってきたフィンが手を伸ばすが、その時にはわしたちは遥か上空にいた。
「ルイーゼが商会の代表になったのは、お主と同じ十五歳の時だ!
お主にもやれる!
頑張るのだぞ!」
フィンが「姉様ー!」と呼ぶ声が夜の闇にこだましていた。
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