5話「牢屋の中の魔術師」
ガッシャーン!!!
わしはあっという間に捕獲され、牢屋に入れられてしまった。
牢屋は薄暗く、石壁で囲われていた。
正面の鉄格子、背面の壁に鉄格子のついた小さな小窓があるだけの簡素な作りの部屋だった。
「うーむ、ぬかったのう」
「うーむじゃねえよ!
どうすんだよ!
売上金、全額没収されちまったぜ!」
イグナツが翼をばたつかせ、騒いたでいる。
「まあ、いずれはこうなると思っておった。
意外と法整備が早かったのう。
やはりわしの見立て通り、クロイツ商会の背後にはお偉いさんがおるようだ」
野菜に使われていた魔草に気づいたということは、薬草学の知識がある者がいるということだ。
この国には魔術師団がない。魔法が使えるのは教会の関係者だけだ。
しかも短期間に独占禁止法まで整備したとなると、法務大臣も絡んでいるようだ。
「悠長に状況を分析してる場合かよ!
借金期限は今日なんだぜ!
間に合わなかったら、嬢ちゃんが身売りすることになるんだぜ!」
イグナツが翼でわしの顔を掴み、頭突きをした。
地味に痛いからやめてくれぬかのう。
「そのことなら心配いらぬよ」
「はぁ?」
イグナツが訝しげな表情でわしを見た。
「おい、面会だ!」
その時、牢番がやってきた。牢屋の背後に、もう一人いるのが見える。
「ルイーゼ」
「嬢ちゃん!」
牢屋には似つかわしくない清楚なワンピース姿のルイーゼを残し、「手短に終わらせろよ」と言って、牢番が出て行った。
鉄格子越しにルイーゼと向き合う。こんな場所だが愛しい人に会えるのは嬉しい。
「よく面会が許可されたのう」
「牢番の方にお金を渡したら、中に入れてくれました」
出会ったばかりのルイーゼは、世間知らずのお嬢さんだった。
その頃のルイーゼには、牢番に金を渡し、囚人と面会するなど逆立ちしても思いつかなかっただろう。
彼女は三年間、商会の長として人々をまとめてきた。
そんな日々が彼女を成長させたのだろう。
わしの知らぬ間に大人になったものじゃ。
「ヴィル様、イグナツ様、申し訳ございません。
私のためにこんなことに」
ルイーゼが頭を下げた。
「嬢ちゃん、気にすんな。
牢屋に入ったのはこいつの自業自得だ」
イグナツが翼でわしの頭を小突く。主への扱いが雑じゃのう。
「それよりも嬢ちゃん、今すぐこの町を離れるんだ。
売上金を全部没収されちまった!
このままだとあんた身売りすることになるんだぜ!」
イグナツが翼をばたつかせ、ルイーゼに忠告した。
「そのことなら心配いらぬよ。
手は打ってあるのでな。
ルイーゼ、鉱山の方はどうであった?」
「はい。ヴィル様にもらった地図の場所を掘ったところ、上質のミスリルが出てきました」
「やはり、わしの見立ては正しかったようだの」
「はぁ? 一体どういうことだ!
俺にもわかるように説明してくれ!」
のけ者にされたのが悔しいのか、イグナツがくちばしを尖らせている。
「そう膨れるな、いま説明するからのう」
わしは今回の作戦の全貌を順序立てて説明した。
「わしたちが市場で野菜を売っている間、ルイーゼにはわしが所有する山を掘り起こしてもらったのだ。
わしの見立てでは、あそこには大量のミスリルが眠っていたからのう」
前の持ち主は価値に気付いておらんかったので、二束三文で手に入れた。
とはいえ、ルイーゼの細腕では掘れぬので、人を雇う必要がある。
ルイーゼがわしに手渡そうとしていた金貨だけでは足りぬので、わしの所持していた指輪を質に入れた。
「じゃあ俺たちが市場で野菜売ってたのは?」
「クロイツ商会の目を、こちらに引きつける為にしたことだ。
鉱山の発掘一本に絞れば、妨害されるのが目に見えておったからのう。
陽動作戦という奴じゃよ」
イグナツに向かってウインクすると、くちばしで頭をつつかれた。
「お前そういうことは俺にも言っとけよ! 仲間内の情報共有大事だぞ!」
「痛い痛い! そうむくれるでない! 敵を欺くにはまず味方からと言うではないか」
イグナツはそうとう怒っているようで、攻撃が止む気配がない。
「それにミスリルが出るのは賭けであったからのう。
万が一、ミスリルを掘り出すのが間に合わなければ、野菜の売上金で借金を返済する予定だったのじゃ」
「だからってなぁ……!」
「あの、喧嘩をやめてください……」
鉄格子の向こうで、ルイーゼがオロオロしている。
「まあそう怒るな。
イグナツには最後に美味しいところをやろうではないか」
「美味しいところだと?」
イグナツの攻撃がピタリと止んだ。
「金が手に入ったからと言って、クロイツ商会がルイーゼとワグナー商会を諦めるとは思えぬ」
「奴らが汚い手を使ってくるって言いたいのか?」
「そこでお主には、ルイーゼとクロイツ商会の会長のゲオルグとの交渉に立ち会ってほしいのだよ」
イグナツは小さいので牢屋から簡単に抜け出せるだろう。
「いいのかよ? 見せ場を俺に譲っちまって?」
イグナツはすっかり機嫌が直ったようだ。
「かまわん。その代わり、失敗は許さぬぞ」
「へっ。誰に向かってもの言ってんだ。
荒くれ共が跋扈する魔界で、五百年生き抜いてきたんだぜ。
たかが数十年生きた人間なんか敵じゃねえぜ」
その時キラリと光ったイグナツの目は、百戦錬磨の武人のものであった。
ゲオルグの奴、生きて明日を迎えられれば良いがのう。
「それじゃあ、行ってくるぜ」
イグナツは羽をたたみ、するりと鉄格子の間を通り抜けた。
「ルイーゼのことを頼むぞ」
「任せときな。
嬢ちゃん、大船に乗ったつもりでいな。
俺がついてるからには一万人力だぜ」
「イグナツ様、力を貸してくださりありがとうございます」
ルイーゼのことは、イグナツに任せておけば大丈夫だろう。
「ですがヴィル様は……」
「わしのことなら心配いらぬよ。
案外、ここの暮らしも気に入っておるのでな」
「でも……」
ルイーゼを心配させないように笑って見せたが、逆効果だったようじゃ。
「嬢ちゃん、こいつのことならほっといたって大丈夫だぜ。
地獄に落としたって死ぬような玉じゃねぇからな」
イグナツ、それは言い過ぎだ。
「ルイーゼ、イグナツの言う通りじゃ。
返済期限が迫っておる。
今は自分のことだけ考えるのじゃ」
「はい」
ルイーゼは迷いを振り切ったように、そう返事をした。
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