1話「恩人を身売りさせる訳にはいかぬ!」
「ヴィル様、すみません。
屋敷を手放すことになりました。
これは少ないのですが、旅立ちの資金に……」
ルイーゼは震える手で、わしに金貨を差し出した。
彼女の金色の髪にいつものような輝きはなく、サファイアブルーの瞳は涙で潤んでいた。
帝国を離れ、ブリュー王国に来て三年。
行き倒れていたわしを助けてくれたのは、商会を継いだばかりの十五歳の少女だった。
わしはあの日から、ルイーゼへの恩を忘れたことはない。
「なぜ屋敷を手放さねばならんのだ?
ワグナー商会をうまくやっていたのではないのか?」
見ず知らずのわしを離れに住まわせ、衣食住を提供し、研究に没頭させてくれた。
なので、かなり余裕があると思っていた。
だから、あの計画を水面下で進めていたのだ……。
「父が……クロイツ商会に借金をしていたようなんです」
「あの悪名高いクロイツ商会からか!?」
ルイーゼは厳しい表情でコクリと頷いた。
クロイツ商会の評判の悪さは、他国から来たわしでも知っている。
表向きは真っ当な商売だが、裏ではライバル店への妨害、高金利での金貸し、取り立ての際の暴行、借金のカタに娘を攫うなど、やりたい放題の悪党共だ。
まさか、そのようなところからルイーゼの父が金を借りていたとはな。
「そなたの父親が亡くなったのは三年前であろう?
なぜ今まで奴は催促に来なかったのだ?」
支払いが滞れば、すぐにでも催促に来そうなものだ。
「それは……私にも分かりません」
ルイーゼはきゅっと手を握りしめ、小さく首を横に振った。
ハゲタカのような奴らのことだ。返済ができないほど借金が膨らむまで、あえて放置していたのだろう。
汚い。あまりにも下衆だ。
帝国最凶と言われ、やり過ぎて魔術師団を追放されたわしよりも酷い奴らだ。
「すみません。
本当はもっとお金をお渡ししたかったんですが……。
使用人にも退職金を払わなくてはいけなくて……。
弟を親戚に預けるのにもお金が……」
ルイーゼには、三つ下の弟がいる。生意気な性格で極度のシスコンゆえにわしとは気が合わん。
「わしのことなどどうでもいい!
今一番に考えるのは借金の返済だ!
家屋を売って借金は返せたのか?」
「それは……」
ルイーゼは暗い表情で俯いてしまった。
「まさかとは思うが、足りない分は身売りして払おうとか、そんなことを考えているのではないだろうな?」
「……!」
ルイーゼが肩を震わせ、驚いたようにわしを見た。
やはりな。本当にこの娘は……。
いつも自分のことを後回しにしてしまう。
「仕方ないのです。
皆に迷惑をかけないためには、これしか……」
「では、お前の幸せは誰が守るのだ!」
彼女の手に触れると、氷のように冷たく、かすかに震えていた。
「でも、これしか方法が……」
「無茶をするでない!
あとはわしに任せるのだ!」
ルイーゼの手をぎゅっと握りしめると、彼女のかすかに震える瞳に希望の色が宿った。
「三年、居候させてもらったのだ。
その分はきっちり払う。
借金の返済期限はいつだ」
「来月の末です」
「一月半か。それだけあれば十分だ」
「ヴィル様、何かお考えがあるのですか?」
「心配するな。わしに任せておけ!
元帝国最凶の魔術師であるわしが付いておるのだ!
大船に乗ったつもりでおるが良い!
カーカッカッカーカッカッ!」
三年間、ダラダラと過ごしていたわけではないのだ。
帝国魔術師に復讐しようと、あれやこれやとアイテムを製造していたのだ。
今回はその中の一つを使わせてもらおう。
「本当にお任せしてよいのでしょうか?
駄目な時は仰ってください。
身を売る覚悟はできています!」
「それだけは絶対に駄目だ!」
恩人にそんなことさせられるか!
それに、ルイーゼはただの恩人ではない。
わしの大切な……。
「身を売る前に……ヴィル様に、大切なものを貰ってほしくてここに……」
ルイーゼの頬がほのかに色づく。
もしかしてその大切なものとは……初……!
身売りする前にわしに抱かれに来た!?
こんな一人称だから誤解されるが、わしはまだ二十二歳だ。
十八歳のルイーゼとは四つ違い。
黒くしなやかな髪は黒曜石のようだと褒め称えられ、赤い瞳はルビーのようだと称賛された帝国一の美男子魔術師。
そういう相談なら受けないことも……。
「鼻の下が伸び切ってるぜ、ヴィル」
バサバサと音を立て、イグナツがわしの肩に降り立つ。
ルイーゼはわしから手を離し、パッと距離を取った。
良い雰囲気だったのに……!
イグナツはわしの呼び出した精霊。鷲の頭と翼、ライオンの足と尻尾を持つグリフォンだ。
「嬢ちゃん、こいつこう見えてスケベだから、二人きりの時に不用意にそういうこと言わない方がいいぜ」
グリフォンが翼の先でわしを指す。
「やかましい!」
男はだいたいスケベだ!
「おほん!
話が逸れたな。
借金返済までに時間がない、さっそく計画を実行に移そう」
イグナツが来なければ、ルイーゼとにゃんにゃん……今はその話はよそう。
「鍬と鋤とシャベルがあったら貸してほしい」
「はい」
「それから、ルイーゼにはこれを持っていてほしいのだが……」
わしはある紙をルイーゼに手渡した。
「ヴィル様、これは?」
「な~~に、万が一の時の保険じゃよ」
わしが目配せをすると、ルイーゼは不思議そうに紙を見ていた。
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