7‐3.
朝、目が覚めると汐屋はいなかった。
脱ぎ捨てていた陸の服はきれいに畳まれ、足元に置いてある。昨夜の雨はすっかり上がっていて、差し込む朝日が起き抜けの目に眩しい。
寝室を出てリビングへ行くと、テーブルの上に「ちょっと出かけてきます」という書置きと、簡単なサラダとパンがあった。そして、クラフト紙に包まれた小包が一つ。
開けていいものかどうか悩んでから、結局陸はその小包を手に取った。これはきっと汐屋からの何らかのメッセージに違いない。包みは軽く、クラフト紙の内側にはクッションも付いていた。出てきたのは12号サイズの小さなキャンバスだった。陸はそれを持ったままカーテンを開けに行き、光が差す窓辺で目を凝らした。
それは淡いブルーと夜明けの色のような薄紫の濃淡をバックにした、胸部までの人物画だった。
陸は確信した。兄の最後の作品だ。描かれているのは、間違いなく、汐屋だった。
*
緊張するな、と言った汐屋を、正行は不思議そうな目で覗き込んだ。
緊張?なんで。と訊いてくる声は、どこか楽しそうだった。
初めて陸を紹介された時―というより、汐屋を陸に紹介した時―汐屋は緊張していた。正行の弟。唯一、親しい家族。
正行の学生時代からの友人だという紹介以外、話すつもりはない。
まだその段階ではないと思う、と正行は言った。まだ、と言ってくれて嬉しかった。2人の関係を、一生秘密にしておくつもりはないとわかっただけで、嬉しかった。
陸を初めて見た時、その視線の強さにまず驚いた。金に近い茶髪、黄色のTシャツ、ダボダボしたジーパンという格好で汐屋に軽く頭を下げた陸は、確かまだ16歳にも満たなかった。
当時正行と陸が一緒に暮らしていたマンションの部屋で、それぞれに紅茶やコーヒーを飲みながら、ポツリポツリと話した。汐屋は兄弟の類似点を探し出そうとして、注意深く2人を見比べていた。見れば見るほど似てないな、と思う。あれから数年経った今でも、そう思う。
―小さい頃、正行はよく遊んでくれるお兄ちゃんだった?
汐屋がたずねると、陸は顔を上げた。遊んでもらったと思う。きちんと汐屋の目を見つめながら、そう言った。強い視線だった。まるで警戒心を剥き出しにした小動物みたいに。
―どんなことして遊んだの?おれもね、歳の離れたお兄ちゃんがいて、よくバイクや車に乗っけてもらったんだよ。
汐屋が言うと、陸は少し考えるようにしてから、答えた。
―バイクじゃないけど、自転車に乗っけてもらった。近所の公園の原っぱにいって、サッカーした。
無表情で口調もぶっきらぼうなのに、照れることも嫌がることもなく答えてくれた陸。
可愛いな、と思った。おれも弟が欲しかったな、とも。
後で正行にそう言うと、「いつかおまえにとっても弟みたいなもんになるよ」と言って笑ってくれた。そうなったら嬉しかった。そうなれますようにと、願った。2人の未来に、何の疑問も不安も持たなかった、あの頃。