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5‐2.


散骨に出かけた日は土曜で、港には人が溢れていた。漁猟は休みだそうだが、釣り人が多く集まっているのだ。陸たちが港に着いたのは昼過ぎで、波止場ではストーブの火に当たりながらその日の収穫を報告しあう釣り人たちの姿があちこちに見えた。


葬式業者の人の案内で船に乗り込む。ダウンジャケットのボタンをぜんぶ閉めて、ニット帽を被り、手袋をしていてもなお風は冷たく、震えるほど寒かった。その代わり料金は格安だから、文句も言えない。

汐屋も陸の隣で寒そうにしながら船の縁に掴まり、遠くの景色を眺めている。陸は兄の遺灰が入った箱をしっかり胸に抱きしめていた。


30分くらい沖へ出たところで、船が止まった。業者の人が「どうぞ」と促す。セレモニーなどは行わず、音楽もかけず、ただ花と酒を捧げるだけ。

陸は遺灰の入った箱の蓋を開けた。粉末になった遺灰は水溶紙に包まれている。

人はこんなに小さく、儚くなってしまうものなんだ。背が高く細身だけど、どこか威圧感のあった兄。その兄の最終形が、こんなものだなんて。


慎重に遺灰を船の縁へ運ぶと、傍に立った汐屋が突然手を伸ばしてきた。水溶紙を解くと、指先で遺灰をひとつまみして掬い上げる。そして陸が止める間もなく、汐屋はそれを口に放り込んだ。


「…変な味」


ポツリと呟いて顔をしかめる。終始無心だった汐屋の目が、一瞬海の光を映してキラキラと輝いた。

流そう、と汐屋が言い、陸を見つめる。陸はゆっくりと、手のひらを海へ向かって傾けた。人一人分の重みとは到底思えない、白く綺麗な灰が手の中から完全に零れ落ちると、何か取り返しのつかないことをしたような気がして、ぞっとした。


風に巻かれ、遺灰は吸い込まれるように海へ落ちていった。日本酒を献酒し、数本の花束も投げ入れる。白と黄色のバラ。兄は桜が好きだったけれど、それを捧げるのはさすがに無理だった。海の周りの山には春になればきっと桜もキレイに咲くだろうから、それで我慢してもらおう。


汐屋は静かに目を閉じて黙祷し、陸もそれに倣って目を閉じた。どちらも港へ帰るまで一言も発しなかった。遺灰はすでに海に溶けて、目に映るのは透明度の低い、塩分を湛えた灰色の水溜りだけだった。






散骨は2時間もしない内に終わったが、2人はそのまま港町に留まり、しばらく散歩をした。

ここから海が見渡せるらしいよ、と先を歩く汐屋が振り返る。目の前には小高い山のてっぺんまで続く坂道。ポケットに手を突っ込みながら、その坂道を登った。


山の上では展望台にも劣らない眺望が見渡せた。海に面した山側は崖になっていて、ぐるりと柵で囲まれている。汐屋は平然とその柵を飛び越えた。慌てて陸も後を追う。

崖の手前にしゃがみこみ、汐屋は海を眺めた。港が下に見える。自分たちが乗ったチャーター船も停まっている。明日もまた別の遺族を乗せて沖合いへ出るのだろうか。この海の至る所に死者が眠っているのだと思うと、うそ寒い気分になる。


「陸、おれね。会社、辞めちゃった」


事も無げに汐屋が言った。陸は驚いて汐屋を振り返る。


「いつ?なんで?」

「去年の年末には届けを出してたんだ。理由は、まあ何となく」

「この先、どうするの?」

「まだ決めてない。でも横の繋がりが深い業種だから、うちに来ればって言ってくれてる人もいるし、いざとなったらフリーランスのコピーライターでもいいかもしれないね」


会社勤めの経験が浅い陸にとっては、未知の世界だ。でも辞めてしまったのなら仕方ない。


「じゃあ兄貴の個展はどうするの?」

「おれの役目はもう終わったよ。後は企画部の城島さんがうまくやってくれるだろうから」

「…なくなっちゃった作品のことは?」


汐屋は答えなかった。返事の代わりに、足元にあった小石を広い、海に向かって投げる。

放射線状に飛んだ石の行方を見つめながら、帰りたくないな、と汐屋が言った。どこか泊まれないかなあ、とも。今日明日と、陸は店から休みをもらっている。汐屋も会社を辞めたのなら、ゆっくりできる時間はいくらでもある。


せっかくだし、泊まっていかない?汐屋が陸を振り向いて、言う。


「…シオくんがいいなら、いいけど」

「おれは構わないよ。どうせ何の予定もないし」


汐屋は立ち上がり、また石を拾って海に投げた。陸も手近にあった石を拾い、大きく振り被る。広すぎる海に事もなく落下する石の喪失感は、兄の遺灰を手放した時のように、やり場のない気持ちにさせた。


眼下に広がる海のその道路際に、釣り人の団体を見つけた。おのおの長い竿と大きな荷物を持ち、道路沿いに建つ古びた民宿に入っていく。よく見れば辺りにはホテルや旅館が密集していた。

水平線に太陽が近付いている。


「行こう」


陸が言うと、汐屋は海へ向けていた視線をこちらに戻し、無表情で頷いた。




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