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4‐3.

陸は昔からしっかりした子だった。しっかりと言っても、「親や周りの大人たちの言うことをきちんと聞く。自分のことは自分でする」、そういった意味ではない。


初めて正行と自分が恋愛関係にあると告げた時も、陸は大した動揺もせず、わかった、と言っただけだった。貶されたり嫌われたりすることはないと思っていたけれど―陸は心の広い子だったし―、嫌悪感すら微塵も顔に出さず、あまりに素っ気ない返事をもらってしまったので、汐屋は逆に不安になった。


もしかしたら陸はずっと前から勘付いていたのかもしれない。ただの友人にしては頻繁に会い過ぎているし、汐屋といる時の正行は自然と甘える態度になってしまいがちなので、一番近くで自分たちを見ている陸には異様に映ったことだろう。そして自分なりに悩んで、答えを出してしまったのだ。事が事だから、友人にも相談は出来なかっただろう。きっと一人で抱え込んで、気を遣って、許してくれたのだ。陸は、そういう子だった。




*




知らないうちに、夜は明けていた。汐屋は蹲っていた膝から顔を上げた。カーテンの隙間から差し込む光で、やっと朝だと気付く。

光はカーペットの上に散らばったノートの上にも注がれている。真っ白で毛足の長いカーペットは正行とお揃いだった。2人ともその肌触りの良さをあまりに気に入ってしまい、双方の家に同じ物を買い求めたのだった。

狭い部屋の中を見渡せば、そこには正行との思い出が溢れている。いたるところに。むしろ思い出がない物がないほどに。


汐屋はテーブルの上のマグカップによろよろと腕を伸ばし、すっかり冷め切ってしまった紅茶を一口啜った。予想以上の冷たさに、不快感を覚える。


こういう時、煙草が吸えたら良かったのに、と思う。正行の唯一の悪癖だった煙草。そう言えば煙草は陸も吸うのだった。けれどこの部屋で陸は決して煙草を吸わない。遠慮しているのか、それとも芯から優しい子なのか。

ついさっきまで―と、汐屋は思うのだが、実際にはずいぶん長い時間が経っている―ここにいて、自分を怒鳴りつけていた陸。あんなふうに怒った姿を見るのは初めてだった。

汐屋は指先を唇に持っていく。乾いてかさかさしている。陸の唇の感触が思い出せない。でも確かに、陸はここに唇で触れた。


兄貴は死んだんだよ、という陸の声が、耳鳴りのように頭の中に響いた。汐屋は両耳を手で塞ぎ、頭を振った。目を閉じるとそこに陸の不安そうな、泣き出しそうな、真剣な顔が浮かんだ。


―兄貴は死んだんだよ。


再三、陸の声が響く。聞こえる度、鋭くなる。


本当に夢で正行に会えたらどんなにいいだろう。実際には、何度となく汐屋は正行の幻影を見ている。けどそれは自分で作り出している思い出、もしくはこうだったらいいな、という願望でしかない。

本物の正行が今ここにいたら、こんな惨めな様相を呈している自分を見て、何と言うだろうか。



汐屋は腰を上げてバスルームの鏡の前に立った。頬がこけ、顔色は青白く、さすがに自分でもたじろいだ。見なかったことにして、顔を洗おうと洗面台に屈み込む。するとふいに力が抜け、膝が折れてしゃがみこんでしまった。また立ち上がるのも億劫で、そのまま洗面台にもたれ、目を閉じる。

開け放っているバスルームの小窓から、朝の音が聞こえてくる。自転車が通る音、登校中の子供たちの元気な笑い声。会社、と思う。思うだけで、体はピクリとも動かない。


陸にキスされた。そう言ったなら、正行はどんな一言をかけてくれるだろうか。何よりも今、それが知りたい。



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