妹にすべてを奪われた私 〜魔女の力を借りて、全てを奪い返して捨ててやります〜
またまた復讐?物です。
とりあえず、やられたなら同じ方法でやり返すのが一番効果的だと思います。
あと魔女が多くてすみません。大好きなんです、魔女。これからも増えるかも……(
私、死ぬことにしました────。
なぁんて、物騒な台詞から始めてしまったけれども。
これには深い深い訳があるのです。
私、フレデリカ・シーモアには、愛する婚約者が居ました。
小さな頃からの婚約。共に過ごす内に育っていった恋心。
初恋でした。そんな初恋を、私は大事に大事に、これまで守ってきました。
けれどそれが崩れたのは、お父様が新しいお母様と、妹を連れてきたある日のこと。
その日から全てを奪われました。
幸せだった日々は遠く過ぎ去り、私の大切なものは、何もかも妹に奪われた。
お父様に愛される娘の立場も、仲良くしていた使用人達も、そして────。
妹のアリスはとてもとても可愛らしい女の子でした。小さくて、可愛らしくて、庇護欲をそそるような。
だから、なのでしょうね。
私の婚約者、キース様も、その愛らしさに心を盗られてしまったようでした。
「アリスは居るかい?」
「出かけるのならアリスも誘おうよ」
「アリスは花は好きだろうか? 綺麗な花だから、彼女にあげたいと……」
どこへ行っても、何もしても。アリス、アリス、アリス。
(やめて!)
(その名前を呼ばないで、私を呼んでよ!)
そんな叫びは届きませんでした。いえ、私はただただ臆病者で、彼に嫌われることが怖くて、口に出すことすら出来なかったのですけれど。
けれど、まだ私と彼の婚約は継続されていた。だからまだ耐えられた。キース様と将来結婚するのは私、彼の妻になるのは自分。だから。
けれど、運命の日は突然来たのです。
「フレデリカ。君はアリスに対し、酷い扱いをしているそうだね」
定期的に開かれる婚約者同士でのお茶会。
この時ばかりは二人っきりになれる。アリスの邪魔は入らない。
そう思っていたのに、急にそんなことを言われて、私の頭は追いついていませんでした。
「…………え? 何の話でしょう……?」
「とぼけないでくれ! アリスから泣きながら相談をされていたんだ」
相談?
何の?
「『お姉様は愛人の子である私が気に入らないようで、いつも家の中では虐められているんです』『紅茶を引っ掛けたり、ドレスをぐちゃぐちゃに引き裂いたり……』
彼女は涙ながらに、君からされた世にも恐ろしい所業を語ってくれたよ。全く、僕はバカだ。君の本性を見抜けなかった」
本性……?
一体、彼は何の話をしているの?
「ま、待ってください! 私は何もっ」
「おとなしく自分の罪を認めるんだ。
言い訳は見苦しいぞ、フレデリカ」
その言葉に、ガンッ! と頭を思い切り殴られた感覚がした。
みぐる、しい。
私は、何もしていないのに?
「……これでもう、今日の用件は分かるだろう。
自らの妹に対し、こんな酷い仕打ちをする女性と結婚するわけにはいかない。君との婚約を、破棄させてもらう!」
────何もわからぬまま、地獄に突き落とされた気分でした。
ショックのあまり何も言えないでいる私を見てキース様が何を思ったのか、私には分かりませんが。彼はとても冷たい目をして、そのまま席を立ち、去っていったのです。
冷めた紅茶、ろくに食べられていないお菓子。そして、青ざめて固まったままの私だけがおりました。
そこからは怒涛の展開で。
まず、キース様との婚約は正式に破棄されたこと。
お父様に頬をぶたれたこと。
お義母様に嘲笑されたこと。
キース様は、アリスと婚約することになるとのこと。
乱れた髪、じんじんと痛む頬。
その時の私は、既に心が死んでいたのでしょう。
私は何もしていません。
アリスとも、仲良くすることは出来ずとも、酷い扱いなんてことは一つもした覚えがありません。
むしろ、私が彼女に虐待されていたくらいです。お義母様と一緒になって。
でも、私の味方は誰も居ない。
使用人ですら最早彼らの手の内。真実を知っていたとしても話しはしないでしょう。
それに。
こんな状況で、一体誰が、私を救ってくれるというの?
そこで、思ったんです。
「もう死んでしまおう」って。
「……まぁ……、高いのね」
そんなしみじみとした声が出ます。
今私が居るのは崖の上。下は遠く遠く、硬そうな地面が見えるばかり。
あの後、犯した所業を反省しろと謹慎処分を受け、部屋に軟禁されていました。
ですがもう居ても立ってもいられず、窓から木を伝い、無理矢理降りていって、そのまま遠くの森へと駆けていきました。
そうして辿り着いたのがここ。
高い高い、鋭く尖った崖の上なのです。
「…………ああ」
今から死ぬとなったら、これまでの人生が頭に巡っていきました。これが走馬灯というやつかしら? いえ、少し違うわね……。
お母様が生きていた頃は幸せだった。お父様も優しく、キース様も私を愛していると言ってくれて──とてもとても、満たされていた期間だった。
全ては、あの日。
新しい母と、妹がやってきてから、何もかもが変わってしまった。
(私は止めることが出来なかった……)
お父様に再度愛を乞うことも、お義母様や妹に立ち向かうことも。……キース様の想いを、私に留まらせることも。
何も、なにも、出来なかった。私が弱かったからだ。だから、あんな風に人に陥れられてしまった。
(次が、あるのなら)
ふと考える。死んだら人はどこに行くのだろう。私の国が信仰している宗教では、亡くなった人の魂は全て自然に還るというけれど。
もし、次の人生というものが、存在していたら。
「もう少し、自分のやりたいように……、生きてみたいな」
足を離す。
身体が宙に浮く。
不思議と、恐怖は無かった。
*
『────可哀想に』
真っ暗な視界の中、誰かの声が聞こえた。
あなたは……、誰ですか?
『こんなんじゃ自然の廻りにも向かうことができない。裏切られ、何もかもを奪われたのね。哀れな魂よ。
……どれ』
(!!)
寒かった身体に突然熱が入る。視界が眩しい!
『私が、助けてあげましょう』
そんな優しい声が聞こえ。
私の目の前は、光でとうとう埋め尽くされた────。
『────ハッ!!』
目覚めると、今までに全く見覚えのない天井だった。
ここは、一体……?
(あの世かしら……?)
あの世って、随分と生活感がある場所なのね。
そんなことを考えていると、横から「あら、目が覚めた?」と声をかけられた。
誰かが居るとは思っていなかったので、思わずびっくりしてしまう。
「こんばんは。死にきれなかった、哀れな魂さん」
哀れな……、魂??
むくりと身体を起こす。……どこも痛くない。確かに、地面に落下したはずなのに。
自分の手のひらを広げたり閉じたりしても、問題なし。……いえ、動くことは動くんですけど、あの……?
『透けてる?!』
「ええそうよ。だってあなた、肉体はもう損傷が激しかったんだもの。だから魂だけ取り出したの」
『えええ……?!?!』
淡々と説明されるが、私の脳内はこの展開に到底ついていけているわけもなく。
頭の上にハテナを浮かばせまくる私を見ながら、その人──神秘的で美しい女性は、くすっと笑って詳しいことを説明してくれた。
「私は魔女。魔女のー……、そうね、ジェーンとでも呼んでくれればいいわ」
深夜、夜の散歩に出かけていた時、崖の上に居る私を見つけたこと。
私の持つ魂から、深い深い悲しみを感じたこと。
そうして眺めている内に私は崖から飛んでしまったが、やはり生前のことで未練が大いに残っており、肉体が死んでも魂は残っていたこと。
それを、彼女が救い出してここまで連れてきたのだった。
『じゃあ、私の身体は……』
「残念ながら、残ってないわ。ここにあるのはあなたの魂だけ」
(そっか……)
あの高さから落ちたのだ。致し方がないだろう。
「ねえ、あなた。フレデリカというのよね?」
『は、はい』
「フレデリカ。……さっき、私はあなたの魂を見たわ。
何もしていないのに、酷い裏切りを受けたそうね」
『……そ、れは』
思わず口ごもる。
まさか、そんな所まで見られていただなんて思いもよらなかった。
魔女のジェーンは続ける。
「さっきも言ったけれど、この世に未練がある魂は自然の輪廻へと帰れないの。まだやり残したことがある! って感じで、意思がこの世に残ってしまうのよ。
……あなたも、そうなんじゃない?」
びくりと身体を震わせた。
……この世に、未練。
(やり残した、こと……)
「あなた、本当にこのまま死んでいいの?
そうする前に、自分のためにやってしまいたいことが、本当はあるんじゃないかしら?」
『…………』
…………図星だった。
そうだ。あんな裏切られ方をして、あんな扱いを受けて、心安らかに成仏など出来るわけがない。
本当は言い返したかった。やり返したかった。私は何もしていないと、貴族の誇りを以て伝えたかった。
私は、恥ずべきことなど何もしていないのに────!
『……でも、どうしたら……』
そうは言っても、最早この身体は魂のみのものだ。肉体は亡くなってしまった。
ゴーストのような今の私に一体何が出来るというのか。
「大丈夫よ」
ジェーンがぱちりとウインクをする。
『大丈夫って、何が……』
「肉体なら作ってあげる」
『?!』
あっけらかんと言われた台詞に目が飛び出そうになってしまった。
そ、そんなことが本当に出来るの?!
困惑する私を前に、ジェーンはけらけらと笑って、「出来るわよ。私ならね」と答えた。
「けれど、あくまで仮初の身体。あなたの生まれ持ったものではないわ。
だから、もし仮に適合したとしても、期間限定のものになる。……それでもいい?」
その問いに、私は少しだけ口を噤んで。
『……はい!』
そう、大きく叫んだ。
私の答えにより一層笑みを深くしたジェーンは楽しげに言う。
「敵は全てを掻っ攫っていった女なんでしょう?
なら、どうすればそれを奪い返せるのか……、どうすれば男は落とせるのか、私がぜーんぶ、レクチャーしてあげるわ」
私の頬に指を当て、すり……と下へ流していくジェーン。
魂だけなのに、まるで身体中に電気が走ったかのような感覚が流れ、私はびびびっ! と身体を震わせた。
「大丈夫。安心して。
人間なんてね────、簡単な生き物なんだから」
*
「キース様っ!!」
ふわふわとした金髪を怒りで逆立てながら、アリスがキースの名を叫んだ。
しかし、叫ばれたキースはというと。
「……ああ、なんだ、アリスか……。何の用だい?」
とろん、と何かに魅了されたような蕩けた瞳で、気のない返事をするだけだった。
それにますますアリスは憤る。
「もうすぐ昼食だというのに、どうして私の所へ来てくれないのですか!! もうご飯を食べる時間も過ぎてしまいますよ!!」
「そう怒鳴らないでくれ……。リリスの甘い声が聞こえないだろう?」
「〜〜〜〜っ?!?!」
アリスは目をこれでもかという程見開き、キースが膝をついて見つめている女────リリスを睨みつけた。
それを受けたリリスは笑う。ころころと、鈴を転がしたような愛らしい音色で。
「まぁ、こわい」
その一言で、キースは勿論のこと、他に周りで侍っていた男達が「やめろ!」「リリスが困っているだろう?!」と野次を飛ばし始めた。
ギリリとアリスが歯を食いしばる。
突然だった。
前から鬱陶しいと思っていた姉。
あいつの婚約者を奪い、罪を被せて何もかもを失くさせ。更には学校で名を馳せている美男子達からチヤホヤされる生活を送っていたアリスが、その全てを奪われたのは。
相手はリリスという、家名も知らぬくらいの家柄である男爵家の娘。
深い闇を思わせる、絹のような黒い髪。ルビーの如く輝きの瞳。
そしてなにより、リリスはアリスよりも格段に美しい少女であった。
思わぬ敵の登場に驚いている内に、あっという間にリリスはキースを始めとしたアリスの愛し子たちを手玉に取ってしまい、学園内でのアリスの立場はすぐに崩れ去った。
何度も抗議したし、何度も奪い返そうとしたが、キース達の心はリリスから動かない。
何が起こっているのか、未だにアリスの脳内は処理し切れていなかった。
「ああ、お腹が空きましたわ……」
ふう、とリリスが甘いため息をつけば、周りの男共はこぞって彼女へ言葉をかけてくる。
「すまない、こんな女に構っていたせいだね! 食堂へ行って美味しいご飯を食べよう、リリス!」
「いや! リリス、ここは俺の作ってきた弁当をどうか!」
「やめなさい! リリス様はそんなものはお食べにならないですよ! さ、リリス様、私と共に……」
「……ふ、ふざけないで!!」
この空気に耐えられなくなったアリスの怒号が響いた。
「キース様!! あなたは私の婚約者ですよね?! どうしてそんな女に構って、私を放っているのですか!!」
「……はぁ……」
キースが重いため息をつく。
「アリス。言っただろう? あれは間違いだったんだって」
「ッ……!!」
「君の姉……フレデリカが君を虐めていた事実なんて、本当は無かったんだと、君のお父君やお母君、そして屋敷の使用人達全員が教えてくれたじゃないか。
それどころか、逆に君がフレデリカを痛めつけていたんだと聞いた。……僕はとんだ間違いを犯してしまったよ……」
「そ……っそれは出鱈目です! 言わされているだけなんだわ!!」
「言わされている? 誰に?」
「それはもちろん、お姉様に……」
「君の姉は、もう居ないのにかい?」
その言葉に、遂にアリスは何も言えなくなってしまった。
カタカタと震えながら自分を見つめるアリスに、キースはまたため息をつく。
「君との婚約も、もうとっくの昔に破棄されているよ。
僕はもう二度と間違えない。真実の愛はここにある。……ねえ、リリス?」
心底甘ったるい声で囁やけば、リリスはその美しい顔をにこ……と綻ばせた。
その笑顔にキースはますます魅了されてしまう。
それに対するリリスは、笑みを返しただけで、何も言葉を発していないことにも気付かず。
「……そういうことだから、僕は失礼するよ。
ご家族も大層お怒りだと聞いている。おとなしく、自分の罪を認めることだね」
そう言って、キースはアリスの横を通り過ぎていった。
それに連れられているリリスは、すれ違いざま、アリスの耳元でぼそりと呟く。
「──どう? 過去にやったことを、自分にやり返される気分は」
それを聞いた瞬間、アリスは狂ったように叫び始めた。
だが彼女の評判は最早誰もが知っている。手助けする者など誰も居ない。
遠ざかっていく彼女の叫び声を聞きながら、リリスは。
いや、フレデリカは───人知れずほくそ笑むのであった。
*
「満足できた?」
『はい、それはもう!』
その後。どれくらいの月日が経ったかは定かでないが、フレデリカは魔女、ジェーンの元へと帰ってきていた。
リリスの身体を捨て、魂のみになったフレデリカが笑う。
『全てあなた様のおかげです。ありがとうございます、ジェーン』
「もう、やめてよ。私とあなたの仲でしょう?」
あれ以来、すっかり仲がよくなったジェーンとフレデリカ。
計画を二人で話し合いながら、日に日に崩れていく彼らを眺め、くすくすと笑いを零す毎日だった。
「それにしても、あーあ。あの男も狂っちゃったのね」
美しい水晶に映し出されているのはキースの姿。
学園を卒業し、リリスと結婚式を挙げた、その夜だった。
リリスが忽然と姿を消したのだ。
それを見たキースは死に物狂いで彼女を探したが見つかるはずもない。その時には既にジェーンの元にフレデリカが、リリスの身体から離れていたのだから。
そうして、最愛の人を永遠に失ったキースは、正気まで無くしてしまった。
正真正銘、フレデリカは妹に同じことをやり返し、そして何もかも全てを捨ててやったのである。
『皆の結末も見届けたし。
ええっと……、私はこれからどうすればいいのかしら。自然の輪廻ってどう入るの?』
そう聞いたフレデリカに対し、ジェーンはにんまりと笑って尋ね返す。
「ねえ、あなた。私の使い魔の一人になるのはどう?」
『えっ』
思わぬ提案に目を丸くするフレデリカ。
「あなたと過ごした日々が予想以上に楽しくて……、私、つい離れがたいって思っちゃったのよね。このままあなたが居なくなるのは寂しいって。
ね、どう? これなら輪廻に入る必要もなく、私とずっと一緒に居られるわよ?」
『……いいの? 私、ただの人間よ? 使い魔だなんて、そんな大層なものになれる自信は……』
「だーいじょうぶ大丈夫! 契約すれば自ずと能力は開花するわ!」
そういうものなのか。フレデリカは「また新しい世界が知れたなぁ」とどこかぼんやりとしながら思っていた。
でも、彼女がそう言ってくれたのは、素直にとても嬉しい。
だって、私も彼女のことが、いつの間にか大好きになっていたから──。
『……じゃ、じゃあ、よろしくお願いします』
そう言って頭を下げたフレデリカを見て、魔女はからからと大きく笑い声を上げた。
『ねえ、あなたの名前……、ジェーンって偽名なんでしょう?
そろそろ本当の名前を教えてくれないかしら』
「ん? ああ、そうね。そうだったわ。
あはは、何度もあなたにそう呼ばれていたから、すっかり忘れちゃってた。
私の本当の名前はね────」