表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/73

第73回 登戸研究所の謎

 今回は、なかなかにマニアックなところを突きます。


 登戸のぼりと研究所。現在の神奈川県川崎市多摩区東三田(みた)にあった、旧日本陸軍の研究所。

 

 簡単な概略を紹介します。1939年(昭和14年)1月、「謀略の岩畔いわくろ」との異名をとった陸軍省軍務局軍事課長で陸軍大佐の岩畔豪雄(ひでお)によって、特殊電波・特殊科学材料など秘密戦の研究部門として、通称「登戸研究所」が「陸軍科学研究所」の下に設立されました。


 「登戸」というのは、現在でもこの辺りに「登戸」という地名があり、電車の駅があるので、そこから取られたのでしょう。


 第一課から第四課に分かれており、様々な研究が行われたわけですが。


 これがまた怪しいの何のって。

 一種オカルト的な匂いがする、恐らくその手の話が好きな人にはたまらない場所。


 何しろ、ここで研究されたものが。


・原子爆弾

・生物兵器・化学兵器(=BC兵器)

・特攻兵器

・謀略兵器

・風船爆弾

・缶詰爆弾

・怪力光線

・殺人光線

・電気投擲砲(=いわゆるレールガン)


 怪力光線や殺人光線など、ほとんど空想じみた研究をしていて、実態が不明な点が多いこともあって、各種創作物の中ではオカルトめいた怪しい研究所として描かれることが多いのです。


 しかし実際には、どちらかといえば謀略やBC兵器、特攻兵器のような、地味かつあまりイメージの良くない研究が主だったそうです。


 中には、パスポート、偽札、証明書の偽造をやっていた課もあったとか。


 他にも、スパイ用カメラ(ライター、ステッキ、シガレットケース、ボタンなどに擬装)も作っていたそうなので、どちらかというと、諜報機関に近いのでしょう。

 スパイ映画とかに出てきそうで面白いです。


 終戦直前に、この研究所は疎開をし、終戦後に無くなりますが、実は戦後に興味深い事件が起こります。


 それが「帝銀事件」と呼ばれるもの。


 1948年1月26日に発生した、この帝銀事件。


 東京都豊島区長崎の帝国銀行(現在の三井住友銀行)椎名町支店に現れた男が、行員らを騙して12名を毒殺し、現金と小切手を奪った銀行強盗殺人事件です。


 その捜査で、警視庁は犯行に使われた毒物が登戸研究所が開発したものと推定し、第二科の研究者を中心に捜査が行われたそうです。


 この中の捜査メモに、関東軍防疫(ぼうえき)給水部と共同による人体実験の関与を指摘する供述が記録されているそうです。第二科の関係者の多くは、登戸研究所で開発されたアセトン・シアン・ヒドリン(青酸ニトリル)である可能性があると証言しています。


 なお、現在は、明治大学生田(いくた)キャンパス内に、「明治大学平和教育登戸研究所資料館」という資料館があり、無料でこの登戸研究所のことを勉強できます。


 興味がある人は、行ってみて下さい。


 ちなみに私、スパイ映画とか好きです。

 アニメだと「プリンセス・プリンシパル」が好きです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ