第26回 消された伝統的な日本の祝日名
1日遅れましたが。
2月11日は、「建国記念の日」とされています。
そう「されている」というのが、今回の話のキモ。
元々の名前は「紀元節」と言い、明治時代の初めに定められています。
では、この「紀元節」とは何か?
現代の日本の教育では、絶対に教えてくれないので、今回はその話。
簡単に言うと、「日本が建国された日」=「建国記念の日」ですが、2月11日の日付の由来は、日本書紀で神武天皇が即位したとされる神武天皇元年(紀元前660年)1月1日の月日を、明治に入りグレゴリオ暦(新暦)に換算したものです。
なので、そういう意味では、2025年2月11日は、皇紀2685年になるわけです。
戦前には、この皇紀という表記が使われたりしてました。
皇紀は、今の「西暦」よりも660年も古いのです。それだけですごいと思いますが。
つまり、2月11日は「日本という国の誕生日」みたいなもの。
日本書記自体が、神話みたいなものですが、初代の天皇である、神武天皇が即位したことが「日本の始まり」として定めらたわけです。
それが、何故「建国記念の日」となったのか、と言うと、日本が太平洋戦争に負けたからです。
1966年(昭和41年)に国民の祝日として定められてから、今の名前に変わりました。
ちなみに、戦前には「四大節」というのがあり、四方節(1月1日)、紀元節(2月11日)、天長節(4月29日)、明治節(11月3日)を指しました
そう。鋭い人は気付いたと思いますが、元旦以外だと、それぞれ「建国記念の日」、「昭和の日」、「文化の日」です。
では、何故わざわざ名前を変えたのかと言うと、これも太平洋戦争で負けてから、GHQに命令されたと言われています。
戦後のGHQの統制は徹底していたので、「戦前の日本を完全否定する」教育が施され、その結果として、日本では左翼が力を伸ばします。
そうした中、「元の名前がわからないような名前にする」という形で、名前が変えられたのです。
つまり、「文化の破壊」とも言えるわけです。
元々は、きちんとした由来があって、日本の文化や伝統に基づいて決められ祝日なのです。
天長節は、昭和天皇の誕生日。明治節は明治天皇の誕生日です。
それ以外に、11月23日が現在は「勤労感謝の日」とされていますが、これも元々は新嘗祭と呼ばれていました。
今の若い世代なんて、まず知らないと思いますが、新嘗祭とは宮中祭祀の一つです。なお、天皇が即位の礼の後に初めて行う新嘗祭を、特に大嘗祭と言ったりしました。
要は、古代からある、五穀豊穣を願う祭りですね。非常に伝統的な祭りです。
なので、私なんかは思うわけです。
「たかだか300年程度しか歴史がないアメリカが、2600年も歴史がある日本に偉そうに命令するな」
と。
いくら戦争に負けたとはいえ、日本には世界に誇るべき、立派な伝統と文化があるのです。
悔しいと思った人は、アメリカ人に、
「結婚式は、1000年の歴史がある日本の神社でやったんだぜ」
と嘘でもいいので、言うと、アメリカ人は「Wow」とびっくりします。まあ、実際に探せば1000年以上の歴史を持つ神社がたくさんあります。それくらい、日本という国はすごいのです。
アメリカでもっとも古い建物なんて、せいぜい300年程度ですからね。
日本のすごいところは、万世一系と言って、ずーっと天皇が続いてることです。
隣の中国なんか、皇帝や王朝が変わる度に、前の文化を否定して、ぶっ壊したりしますが、日本の天皇にはそういうのがなかったのです。
その意味で、世界に誇っていいと思うんですが、どうも左派の人たちは、「日本を貶めたい」人ばかりですね。特に日本の新聞やN〇Kはひどいです。




