宿屋
ルキアを助けてから3日ほど旅をして俺達は帝都ザンレリカにたどり着いた。
俺は、一端の冒険者として認められるCランクまで冒険者のランクを上げている為、ルキアも俺のパーティー扱いで特に身分証明しなくても帝都に入る事ができた。
入って直ぐ俺は髪と顔をフードで隠したルキアへと言った。
「取り敢えず、冒険者ギルドで金を下ろしてくる。その後は宿をとって必要な物の買い出しだ」
「はい」
ルキアが返事をする。
それから彼女はキョロキョロと周囲を見て呟く。
「それにしても凄い人の数ですね・・・」
「そうだな・・・」
彼女の言う通り、帝都の大通りは人でごった返していた。
人々は忙しなく動き回り、様々な屋台や店も大変繁盛しているように見える。
以前、『ミミクリー・スコーピオン』を求めて旅をしていた過程でここにも立ち寄ったが、流石にこれほどではなかった。
帝国の繁栄は、俺が思っている以上に凄まじいモノらしい。
俺達は、はぐれないようにしながら大通りを進んだ。
記憶が確かならこの辺りに・・・あった。
『冒険者ギルド』という看板が掛けられた大きな建物だ。扉を押して中へと入る。
内部には外ほど人はおらず、クエスト受付の為にカウンターに構えている受付嬢と数人の冒険者が備え付けられた酒場で酒を飲んでいるだけだった。
俺はルキアを後で待たせてカウンターへ行くと受付嬢に話し掛けた。
「失礼」
「はい。ザンレリカ冒険者ギルドへようこそ。ご用件は何でしょうか?」
受付嬢がその整った顔に笑顔を張り付けて応える。
俺は自分の冒険者票を置いて続けて言った。
「Cランク冒険者のグリス・アノールだ。ギルドに預けてあるお金を下ろしたいので手続きをお願いしたい」
冒険者ギルドには、冒険者が稼いだ金を預けておく銀行のようなシステムがある。
副団長をやっていた時は、国からの給料で母の入院費と自分の生活費を出していたから手をつけなかったが、そこそこの額が貯まっていた筈だ。
「グリス・アノール様ですね。確認致しますので少々お待ち下さい」
そう言って受付嬢が俺の冒険者票を取り、手元の水晶にかざした。
透明だった水晶の色が水色に変わる。
それを見た受付嬢が冒険者票を返してきた。
「お待たせしました。本人確認が完了しました。引き出したい金額を教えて下さい」
「全額だ」
「分かりました。只今ご用意致します」
受付嬢は一旦奥へと消えた後、暫くして革袋を持って現れた。
「こちらがご要望の引き出し額になります。確認下さい」
俺は受付嬢から革袋を受け取り、中身の金を調べる。
白金貨が数枚に金貨が十数毎、それと銀貨、銅貨が沢山。
多分平民が一年で稼ぐ以上の金だ。
準備資金としては十分だろう。
「ありがとう」
俺は受付嬢に礼を言うと、待たせていたルキアの元に戻った。
「待たせた」
「いえ。行きましょう」
そのまま二人で冒険者ギルドを出て大通りに戻る。
次は宿屋だ。
こちらも俺の記憶通りの場所にあって、何軒か宿屋が建ち並ぶ宿屋街は今も健在だった。
俺達はその中の、中堅っぽい宿屋へ入った。
中に入ると何台かの丸テーブルが置いてある食堂があって、受付には宿屋の女将とみられる恰幅の良い中年女性がいた。
俺は彼女に声を掛けると部屋を2部屋とり片方の鍵をルキアへ渡そうとした。
だが、彼女は俺の持つ部屋の鍵を見て固まった。
「んっ?どうした?」
「あっ・・・えっ、えと・・・部屋は・・・」
「ああ、別々だ。俺がずっと側にいては心休まらないだろう?これまで気が回らなくてすまなかったな」
女性であるルキアには帝都にくるまでの野宿生活でかなり負担をかけてしまっている。
襲われ易くなるリスクはあるが、それでも部屋は別々の方が良いだろう。
そう思ったのだがルキアは鍵を受け取らず、少し焦ったように言った。
「お、お金・・・!お金が勿体ないですから・・・!1部屋にしましょう・・・!」
「むっ?・・・流石に2部屋とった程度で無くなったりはしないが・・・まぁ、それもそうか・・・?」
「はい!」
俺は過去一強い口調のルキアに押されて部屋を1部屋に変更出来ないか女将に相談する。
だが・・・
「駄目だった。ここは、そういう宿屋じゃないそうだ」
俺は女将から言われた言葉を濁し、ルキアに理由を伝える。
彼女は一瞬その言葉の意味を考えるように首を傾げ、それから頬を赤くして慌てて言った。
「っ!!!ご、ごめんなさい・・・!私、そんなつもりはなくて・・・!」
「あ、ああ・・・それはいいんだが・・・どうする?見逃してくれる所となるとここより奥に行った、少しいかがわしい感じの所になると女将が・・・」
「ここ!ここで構いませんから!」
ルキアは、頬をさらに赤くして俺から鍵を受け取ると顔を背けた。
それから俺達は階段を上がって、二階にあるそれぞれの部屋へと向かう。
部屋に入る直前で俺が言った。
「今日は、このまま休んで本格的な買い出しは明日にしよう。夕食は、一階の食堂で済ませるから日が暮れたら呼びにいく」
「分かりました・・・あの・・・グリス様、ありがとうございます・・・」
ルキアが頭を下げて礼を言う。
下を向いたのとフードを被っていたせいで表情がよく分からなかったが、彼女がとても不安そうな顔をしていると思った。
多分、襲われる心配でもしているのだろう。
俺はそんなルキアを安心させる為に言った。
「大丈夫だ。隣部屋だから何かあれば直ぐに駆けつける。だからゆっくり休んでくれ」
「はい・・・」
そうしてルキアは自分の部屋に入って行った。
(どうしたんだ?)
ルキアの様子がおかしい。
まるで俺から離れるのを怖がっているかのようだ。
だけど俺とルキアは、まだ出会って数日ほどだ。
そこまで不安になられるほどの関係ではない筈だ。
(考え過ぎ・・・か?)
俺はドアノブを見つめ、もう一度ルキアの部屋の方を見た。
彼女の扉が開かれる気配はない。
俺はそれを確認してから、自分の部屋の扉を開けて中に入った。
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