放っておけない
「"邪神"だと?」
「はい」
俺の言葉にルキアが頷く。
それから続けて俺に聞いてきた。
「"白き秩序の女神"と"黒き混沌の女神"はご存知でしょうか?」
「ああ、流石にな」
"白き秩序の女神"と"黒き混沌の女神"。
歴史にはそれほど明るくない俺でも知っている、どちらもこの世界の創世神話に登場する女神達だ。
確か大昔、世界のあり方で二柱の神は揉め、そして"白き秩序の女神"が勝利し、この世界は秩序が重んじられる世界になったんだとか。
「そうですね。バクラオンでもそのように習います。『神秘』は"白き秩序の女神"様由来の力で、"黒き混沌の女神"を封じる為の力だと教えられてきました。しかし、真実は違います。女神様達は争ったのではなく、共に"邪神"に戦いを挑み、相討ちという形で邪神をこの世の裏側に封じた、これが真実です」
ならばその『メンダマルム教団』とやらの目的は・・・
「女神様達に封じられた"邪神"の封印を破り、彼の者をこの世に降臨させる事です。教団はその為に何千年ものあいだ暗躍を続け、数多の国を利用してきました」
それが今はバクラオン聖国を隠れ蓑にしているという事か。
「はい。"邪神"を封印するにも、その封印を破るにも大量の『神秘』の力が必要になります。『神秘』は、集まり易い場所があるようで、"邪神"が封じられているバクラオンの首都、ステラはその場所の一つです。教団はステラ以外の場所が禁足地となるようにし、むやみに力を宿した女性が生まれないようにしました。そうして『神秘』を独占して長い年月を掛けて"邪神"の封印を弱めていったのです」
「禁足地・・・」
そういえば、このガザリ帝国にも人が寄り付かない場所があったな。
ガザリの北、年中猛吹雪に襲われ、それに耐える危険な魔獣が闊歩し、山頂まで踏破した者は一人もいないといわれる危険な山。
「『ヒエムス山』――――ステラ以外で『神秘』が集まり易い場所の一つであり、私の目的地です。そこならばこの"首輪"を外して『神秘』の力を取り戻せると思っています。そして・・・私が再び邪神を封印します」
◆◆◆
「それではここで休んでくれ」
「はい。あの・・・ありがとうございます・・・助けて頂いた事もそうですが、怪我の手当てに話も聞いてくれて・・・なんとお礼を言えば良いか・・・」
「・・・俺がやりたくてやってる事だ。気にしなくていい。お休み、ルキア殿」
「お休みなさい、グリス様」
ルキアから事情を聞いた後、俺は彼女を連れて平原を進み、日も暮れて来たので見つけた岩陰の裏で野宿をする事にした。
ルキアには出来るだけ良い寝床を確保し、そこを使ってもらっている、俺は見張りだ。
彼女は遠慮したのだが、怪我人を悪い所で寝かせて悪化させる方がマズイし、山登り前に治さないと困るだろう、と言って彼女を説き伏せた。
ただ、色んな理由をつけたが一番の理由は、一人になってこの状況を整理したかったのが大きい。
俺は岩の上に飛び乗ると周囲を見渡す。
遠くの方に村や街の明かりがチラホラと見えるが、この平原にはそんなものはなく、風の音だけが響いていた。
俺は腰を下ろして考える。
(さて、どうしたものか・・・)
俺には、ルキアが嘘を言っているようには見えなかった。
それに、おそらく彼女は一人でも『ヒエムス山』に向かう、そんな気がする。
彼女は覚悟を決めて・・・いや、覚悟というよりあれは・・・
(やめよう。他人の心情も過去も俺が推し測れるモノではないし、むやみに触れて良いモノでもない)
だから大事なのは、俺がどうしたいかだ。
俺は今一度、彼女の話を思い返す。
そして答えを出した。
「放っておけないか・・・そうか、そうだよな・・・」
教団だ"邪神"だの難しい事はともかくとして、俺はルキアという女性を放っておけないらしい。
自分に何が出来るかはまだ分からないが、剣を振るう理由としてそれは、十分に思えた。
俺は、ルグニカとパルシアスを引き抜き、その刀身を見つめる。
「頼むぞ、お前達・・・」
俺が呟くと二本の剣は、まるでその呟きに応えるかのように刀身を煌めかせた。
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