ヒエムス山
翌日、まだ朝日も昇らない薄暗闇の中、俺達は迎えに来たバルドが用意してくれた馬車に乗って帝都を出発し、『ヒエムス山』を目指していた。
車内では、バルドが『ヒエムス山』について話してくれた。
彼の話では、ノンブレ皇帝が言ってたように『ヒエムス山』の吹雪は年々その範囲を拡大しているようで、数十年前は山頂部分だけだった吹雪も今では山の麓まで広がり、さらに近隣町村の気温も下がってきてるとの事だった。
『ヒエムス山』からの吹雪が原因であるのは間違いないのだが、何故吹雪が広がり続けているのかは分からないらしい。
ただあの山には環境を変える程の何かがある、それは間違いないようだ。
話し終えたバルドに俺は尋ねる。
「貴方は昔、『ヒエムス山』に登ったと聞いたが?」
「ああ。前皇帝の時代、俺がまだ新兵だった頃にな。本当に最悪だった。吹雪のせいで視界も足場も悪いし、空気は凍えそうな程冷たい。その上、生息している魔獣はやたら強いときてる。下山した時の人数は、入った時の半分以下になってたよ」
心底嫌そうな顔をしながらバルドは答える。
「山の麓辺りで済めば万々歳なんだがなぁ・・・どうなんだ、元『聖女』様?アンタが力を取り戻すにはどこまで登ればいい?」
「そうですね・・・」
ルキアはバルドからの質問に少し考えてから答えた。
「山の近くまで行けば『神秘』の力が集まっている場所を感じ取れると思います。そこが目的地になるでしょう」
「つまり山頂じゃない事を祈るしかない訳か・・・」
バルドはルキアの言葉にため息を吐くと、荷物を漁り毛布を取り出した。
そして何枚かの毛布を投げてこっちに渡してきた。
「着いたら直ぐに登山開始だ。せめて今の内に身体を休めとけ」
彼はそう言うと毛布を身体に巻き付け座席に横になって目を瞑ってしまった。
直ぐに荒い寝息が聞こえてくる。
(俺も休むか・・・)
バルドを見習い俺も眠ろうと身体に毛布をかけ、ルキアへと言った。
「ルキア殿」
「っ!?は、はい・・・!?な、何でしょうか・・・!?」
俺が声を掛けるとルキアはビクっと身体を震わせ、目を泳がせた。
朝からルキアは俺に対してだけこんな感じで、話し掛ける度に動揺を隠せないでいる。
もしかしたら昨日の俺の話を聞いて気に病んでるのかも知れない。
もう父と母の死には、自分なりの折り合いをつけてるから彼女が気にする必要はないのだが・・・
俺はそれを伝える為に彼女へと言った。
「昨日の話なら気にしないでくれ、ルキア殿。父と母の事は俺なりに折り合いをつけてる。それよりも今はバルドを見習い身体を休めておこう」
「は、はい・・・!」
俺の言葉に彼女が毛布を自分の身体に掛ける。
そして目を閉じる前に、相変わらず動揺した様子でぎこちなく俺へと言った。
「お休みなさい、グリス様・・・」
「・・・ああ。お休み、ルキア殿」
ルキアの様子は気になったが、これから山に登る以上少しでも体調を万全に整えておくのが優先として俺も毛布を被って目を閉じた。
◆◆◆
目を閉じて暫く横になっていると、動いていた馬車が止まったのを感じた。
それに合わせて肩を叩かれる。
目を開けて起きるとそこにはバルドがいた。
「着いたぞ」
彼は短く俺にそう告げると隣で横になっていたルキアも同じように起こす。
そして馬車の扉を開けて外に出ていくので俺達も続いて行った。
馬車を出ると最初に感じたのは肌寒さだった。
まだ身を切るという程ではないが、とても素肌を晒していたいとも思えないそんな寒さだ。
女性である為かルキアは俺よりさらに寒そうにしており、俺は来ていた上着を脱いで彼女に掛けた。
「あ、ありがとうございます・・・グリス様」
「どういたしまして。それにしても随分と様子が変わったな」
言いながら俺は周囲を見渡す。
ここはバルド達第4部隊が設営した拠点のようで所々にテントが置かれ、焚き火が炊かれている。
まだ緑の草木が残ってはいるが、テントから少し先に目を向けるとそこには白い雪が薄っすらと積もった大地が見えてくる。
そしてさらにその先には、高くそびえる巨大な山が顔を覗かせている。
何人をも拒むように白く深い雪に閉ざされ、山頂付近は吹雪の為かぼんやりとした影のようにしか映らない。
あれがこれから俺達が向かう事になる人類未踏の山。
「あれが・・・『ヒエムス山』か」
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