罅
皇帝との会話を終えた俺達は宿屋へと戻ってきた。
バルドからは明日の朝、迎えを寄越すからそれまで待機しているように言われている。
それまで部屋に置いてある荷物をルキアと二人で整えていく。
その作業の途中で俺はルキアへと話し掛けた。
「どうなるかと思ったが、帝国の後ろ盾が手に入ったのは大きいな」
「そうですね。心強いです。ノンブレ皇帝には、もう頭が上がらないというか・・・」
「後で何を言われるかが怖いな」
冗談めかして話しながら荷物を整理していくと、ふとルキアが手を止めて言った。
「グリス様・・・その・・・宮殿に行く前に聞いた事なのですが・・・」
「ん?ああ、『龍狩り』の事か?」
俺はルキアに自身の異名について説明する。
といっても皇帝が言ったようにアヴァンスに襲来した『黒い龍』を討ち取ったからそう言われるようになっただけで、他に深い意味はない。
そう説明するとルキアは、少し難しい顔をした。
「そうだったんですね。因みにその龍は、どんな感じでしたか?」
「どんな感じと言われると・・・まぁ、強かったな。それに異質でもあった」
この世界の龍は、生きた年数によって強さが変わってくる。
長く生きればそれだけ身体は大きく強大になり、様々な魔法を操るようになる。
そして最も顕著な違いが出るのは、指の数だ。
龍は、生まれた時は一本指と言われ、成長と共に指の数が増えていくとされている。
三本指で成龍、四本指は歴戦の猛者、五本指になると大物でそこが龍の成長限界だと思われていた。
だが、あの『黒い龍』は六本指の龍だった。
体躯も五本指の龍より一回り大きく、さらに動きはその巨体に見合わないほど俊敏で、ただ動き回られるだけで身体をバラバラにされるような圧があった。
そして、間近で戦ったからこそ感じられた生物に対する異常な敵意とその禍々しさ。
間違いなく今までの俺の生涯で最強の敵だったし、今でも時々思う事がある。
あれは、本当に魔獣だったのか、と。
勝てたのは本当にたまたまだ。
初手の不意打ちで翼を切り落とせず空に飛ばれていたら、機動力の差でなぶり殺しにあっていただろう。
そう伝えるとルキアは少し顔色を悪くして俯いた。
「大丈夫か?」
俺は心配になって彼女の顔を覗き込むようにして尋ねる。
するとルキアは慌てた様子で言った。
「だ、大丈夫です・・・!えと・・・その龍のせいで亡くなった方とかは・・・」
亡くなった方。
俺はルキアのその言葉に父と母を思い浮かべながら口を開いた。
「犠牲は、ゼロではなかったよ。ただ、それでも・・・最低限ではあったと思う」
父を救えず、母も死なせた。
だが、あれから時間が経って、さらに母からの最後の許しの言葉もあって俺は、ようやくそう思えるようになった。
あの時、俺はやれるだけの事はやったのだ、あれ以上はなかったのだと踏ん切りをつけられた。
「そ、そうですか・・・」
それを聞いたルキアは顔色をますます悪くさせ、俺にそう言った。
「ルキア殿・・・本当に大丈夫なのか?」
明らかに様子がおかしいルキアに聞いてみると彼女は若干上ずった声を出して答えた。
「す、少し疲れたのかもしれません・・・!荷物は大体整理しましたし、失礼しますね・・・!」
「えっ?あ、ああ・・・」
有無をいわせない手つきで荷物を整えたルキアが俺に背を向けて部屋から出て行こうとする。
それを止める事も出来ず、俺は去っていく彼女の後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
◆◆◆
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
自分の部屋に戻った私の頭の中は、その言葉で埋め尽くされていた。
グリスが戦った龍は、間違いなく『イビル・ドラゴン』だ。
あの日、私が封印に失敗したせいで逃げ出した龍がアヴァンスに飛んでいき、都を襲ったのだ。
つまり、彼の両親が亡くなったのは・・・
「私の・・・せい・・・」
それに思い至って、私は彼の前から逃げるように自分の部屋へ来てしまった。
だけどちゃんと戻らないと、戻って伝えないと。
そう思ったが、私の手はドアノブに掛かったままそれを回す事が出来なかった。
色々な考え、例えば、ここでグリスの協力を失う方が問題だとか、伝えるのは私が『神秘』の力を取り戻してからでいいとか、気付かれないなら何も伝えなくても問題ないだとか、そんな最低な考えが私の身体を止めていた。
何より私は怖かった。
あの牢獄での生活で、痛い事も苦しい事も嫌という程味わったが、裁かれた事はなかった。
だけど全てをグリスに伝えた時、私は彼に裁かれなければならない。
彼は私を一体どうするのだろう?
その剣を抜き、私の身体を切り刻むのだろうか?
それとも怒りに任せて私を罵るだろうか?
「っ・・・!」
駄目だ。
想像しただけで、身体から力が抜ける。
彼に、グリスに断罪されたら、もう心が耐えられる自信はない。
だから、今は駄目だ。
まだ私には、やらなければならない事があるのだから。
邪神を封印する、それが私がまだ生きている意味だ。
例えそれが裁きからの逃げだと分かっていても、やり遂げねばならない。
その為に私の命はまだあるのだから。
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