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第八話「ナビア商会のノーラ」

「危ないところをありがとうございます」


 と最初に俺に声をかけてきたのはきれいな女の子だった。

 

「いえ、無事でよかったです」


 見たところ護衛たちは傷を負ってるものの、全員命は無事である。


「わたしはノーラ。こっちは弟のエギルです」


 と少女は名乗り、自分たちはナビア商会の会長の子どもだと明かす。


「ナビア商会……」


 ゲームでも出てきた国を代表する大商会のひとつだ。


 序盤のうちは買えないほど商品は高いが、優秀な性能なものが多く中盤以降にお世話になる。


 たしかにきれいな女の子が関係者として登場したけど、名前が表記されないモブ枠だったんだよなぁ。


「あなたのお名前をうかがっても?」


 と聞かれるけど、どうして視線が俺に集中してるんだろう。

 目立ちそうなのはウーノとクワトロだろうに。


「ルークといいます」


 迷った末、本名のほうをしゃべったらみんな驚いてる。


 ドゥーエなんて陰の組織やコードネームは何だったのか、と言いたそうな顔をしていた。


 顔を隠さずに彼女たちを助けるというミスがそもそも原因なんだけど。


「もしかしてソルム子爵家の方ですか?」


 さすがにこの子にこの場で言い当てられるとは思わなかった。


 ナビア商会は大物だから、隠していてもそのうち辿り着かれる可能性があるとは思っていたんだよね。


「そうです。やっぱり気づかれますか。さすがナビア商会の方です」


「いえ、たまたまです」


 ノーラは謙遜したけど、表情も声色も確信を持っていた。


「それでそちらの方々は……?」


 とドゥーエ、ウーノ、クワトロの順に視線を移す。

 そりゃ気になるだろうな、特に後ろふたり(それとも二匹?)は。


「俺の仲間ですよ。ひとりは鬼族で残りは精霊ですけど」


 というか精霊と言い張るしかないというのが現実である。

 正体がバレたらやばいという点で、ウーノもクワトロも変わらない。


「精霊でしたか。たしかにすさまじい魔力を感じますな」


 執事らしき男性がひとりごとをつぶやく。


 八対三という数的不利な状況でふたりをかばいながら粘っていただけあって、かなり強いんだろう。

 

「失礼しました。彼は執事でわたしたちの護衛のエヴァンスです」


 エヴァンスは見事な一礼をする。


「二柱もの精霊を連れてるなんてとてもすごいのですね」


 ノーラは目を輝かせた。

 否定しないほうがマシな状況になってきてる。


「ぜひお礼をしたいので、うちまで来ていただけませんか」


 と彼女に誘われた。


 ナビア商会の関係者とつながりをつくれるというのはとても魅力的だったのでうなずく。

 

 ウーノとクワトロがついてるなら万が一の心配も……違う意味で不安はすこしだけあるかも。


「ついていくのはウーノとドゥーエだけでもいいかな?」


「吾輩はここで失礼しよう」


 クワトロは空気を読んで姿を消してくれた。

 とても助かる。

 

「それはかまいませんが……」


 ノーラはふしぎそうに許可を出し、みんなでナビア商会の馬車に乗せてもらう。

 道中、ノーラはいろいろと話してくれた。


「父はきっと喜ぶと思います」


 という言葉に期待させてもらおう。

 縛り上げた賊たちはウーノが魔法で運んでくれるらしい。


 

「着きました」


 とノーラは笑顔をこっちに向ける。

 建物から見るに自宅のほうだろう。


「さすがナビア商会のトップの家だ。デカい」


 と感心する。

 はっきり言ってウチの家よりも広くて護衛や使用人の数も多かった。

 

 大商会は下手な商人よりも経済力を持っているという設定は、しっかり反映されてるのかもしれない。


「おまえの家負けてるな」


 とウーノは小声だが、遠慮のない発言をする。


「うちはひと山いくらのほうの家だからね」


 領地防衛費が大きくなく、侯爵家からの支援を得やすい領地なのでまだマシなほうだけど。(侯爵家に頭が上がらない理由でもある)


「お嬢様、おぼっちゃま。 おかえりなさいませ」


 若い女性たちがノーラとエギルを見て寄ってきて、護衛たちの服がぼろくなってるのに気づいて悲鳴をあげる。


 たちまち人が集まってきて、護衛の異様な様子が知れ渡った。


「エヴァンス!? それにクリス、どうしたんだ!?」


 年長の執事らしき人はもちろん、上等な衣服をまとった女性も姿を見せる。

 見た目と年齢からしてノーラたちの姉だろうか。


「何の騒ぎですか?」


「お母さま!」


 ノーラとエギルのふたりが母親に駆け寄って、興奮した様子で早口でまくし立てる。

 

 俺たちは手持ち無沙汰なまま待たされ、貴族との差を感じた。

 話が終わるとノーラは母親といっしょにこっちにやってくる。


「初めまして。ルークさま。子どもたちのあやういところを救っていただいてありがとうごさいました」


 母親はきれいな一礼をした。


「何もないところですが、せめてものお礼をさせていただきたく思います」


 断る理由はないのでありがたく招待を受ける。

 ウーノが門の前に転がした賊たちを武装した使用人たちが油断なく取り囲む。


 すぐにでも騎士団に通報されて捕縛されるだろう。





 建物の中も豪華で立派で、通された部屋は俺の自室よりも広かった。

 出されたグラスも高級品で飲み水もすごく美味い。


 エギルはいないみたいだけど、一言も口を聞かなかったくらいだから、いないほうがいいという判断されたかな?


「美味しいですね」


「お口にあってよかったです」


 ノーラ母が優しく微笑む。

 こんな若々しい美人と結婚できる男がいるんだな、なんて思ってしまう。

 

 どうやら他人をうらやむ感情は完全に死滅したわけじゃなかったらしい。


「どういう理由で子どもたちが旅していたのだ?」


 ウーノが不意にストレートに切り込む。


「おい」


 いくら何でもぶしつけだろうと彼女をたしなめる。


「いえ、精霊さまの疑問は当然だと思います」


 ノーラ母は困った顔をしながらもいやがりはしなかった。


「子どもたちに見聞を広めて欲しかったのです。治安がいい近場で、日帰りならめったなことはないと思っていたのですけど」


 護衛もつけていたのだし、子どもたちに無茶させたわけじゃない。


 まさか治安がいい場所で護衛よりも強い賊たちに、ピンポイントで襲われるとは夢にも思わなかったのだろう。

 

「商会の子どもですもんね」


「ルーク様、かっこよかったですわ!」


 とノーラが目をキラキラさせて熱く語る。

 もしかしてこの子は俺が敵と戦うシーンしか見てなかったのか?


 爵位の跡取りである俺にだけ話しかけている、という感じはしない。


 何の訓練も受けてない女の子が自分の窮地に、戦いを俯瞰的に見れるはずがないというのは道理だけど。


「子爵家となればさすが頼もしいのですね」


 絶対そんなこと思ってないだろうなということはノーラ母はにこやかに話す。


「それなりに鍛錬はしてますから」


 ここは日本じゃないので謙遜は美徳じゃない。

 自信がない証拠だと舐められることのほうが多いみたいだ。


「お母さま、ルークさまにお礼を差し上げたいのですけど」


「いま使いを出して取り寄せてるところよ」


 ハッとした顔でノーラが隣の母親を見て言うと、母親は笑顔で応じる。

 そう言えば誰かが走っていくのが見えたな。


 自宅にあるものではなく、商会にあるものを取りに行ったのかな?

 雑談に戻ると人の声が大きくなってくる。


「ノーラ! 無事か!?」


 ひとりの中年イケメンがドアを吹き飛ばしそうな勢いで入って来た。


「お父さま!」


「あなた! 客人の前ですよ!?」


 ノーラはうれしそうに抱き着くが、夫人が冷静にたしなめる。


「失礼しました。ソルム子爵のルークさまですな」


 ノーラの父親は冷静さを取り戻したのか、貴族にも通じる礼をおこなう。


「このたびは娘と息子がお世話になりました」

 

「たまたま通りがかってよかったです」


 と答えておく。

 本当はウーノのおかげなんだけど、いきなりこちらの手札を見せたくない。


「九死に一生を得るとはこのことか。私にできることなら、お礼は何でもさせていただこう」


 とノーラ父は約束してくれる。


「なら、俺が商品として使えるアイデアを思いついた場合、見ていただけませんか?」


「ほう?」


 ノーラ父は一瞬で商売人としての顔つきに変わった。


 これは資金を得るチャンスだろうが、安易に飛びつきたくない。


 娘の恩人というフィルターなんて、きっと長くはもたないだろう。

 ならば効果があるうちに縁を育てたいのだ。


「それはかまわないですが、他に何もいらないというのですか?」


 露骨な探りを入れられたことで、小さなミスに気づく。

 この世界では無欲は基本的に信用されないのだ。


 何も受け取らなかった場合、実は俺こそノーラたちを狙った黒幕ではないか、と勘繰られる可能性だってある。


「ではお気持ちだけいただきましょう」


 相手の気持ちに任せるなら強欲にはならず、無欲すぎて怪しいとも思われない。

 落としどころとしては妥当になるだろう。



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