(密)入国 その2
「うまうま……!」
「きゃー!なんて可愛い食べっぷり!ほらこっちも食べて食べて!」
「次は私も!この子に食べさせたい!この前領主の屋敷からかっぱらってきたお菓子!」
………………。
「…………マジか」
俺はマハーバに出来た人だかりを見ながら、驚きつつも呆れていた。
ここは盗賊専門のギルド”渡り鳥”。
盗賊専門とされているが、その中身は情報屋の面が大きい。
取り扱っている情報は宝の在処から、貴族の屋敷の見取り図など盗みに関する情報ならなんでもある場所だ。
盗賊と言えばならず者のイメージが強いが、それはあくまで冒険者登録をしていない非正規の盗賊に限った事。
本来の盗賊業は潜入や情報収集などスパイじみた仕事がメインとなる。
この”渡り鳥”では匿名でそう言った依頼が幾つも届いてくるのだ。
さらに、金さえ積めばギルドから情報を買い取ることもできる。
俺達はそれが目当てでこのギルドに入ったのだ。
当初はティルルに関する情報を、マハの魔法で金貨に偽造した石ころで買い取ろうという作戦だったのだが……。
この様子ではそんな事するまでも必要なさそうだ。
「も~ホンット可愛いわねアンタ!ほらっこれも食べなさいな!あ~ん」
「あーん」
今まさにマハーバの口にクッキーを運ぼうとする女性こそ、このギルドのオーナーである。
マハーバはギルドに設けられたテーブルに着くや否や「おやつ休憩」と言って、持参した菓子をもくもくとほおばりだした。
その様子を見た一人の盗賊が「あの子かわいい!」と言って近づいて来た事を皮切りに、連鎖的に人(主に女性)が集まり、気づけばギルドの一角がマハーバ触れ合いコーナーに発展した。
仕舞いには騒ぎを聞きつけたオーナー風の女性がやって来てたと思えば、ものの見事に取り込まれた。
俺は早々にテーブルから追い出され、今は爆心地から二席分ほど離れた場所のテーブルでいつ終わるかも分からない”マハーバ触れ合いコーナー”を見守っている。
そろそろ止めないとな。
さもないと今日一日ずっとあのままになりそうだし……。
その時だった。
俺の対面に一人の男が酒を片手に腰掛けた。
もみ上げに剃り込みが入った坊主頭、肉食動物を思わせるギザギザの歯、血に飢えたような鋭く赤い瞳。
黒地で出来た厚手のコートを身を包んだ大柄な体形の男だ。
男は酔っているようで、呂律の回らない口で言った。
「あの嬢ちゃん、兄ちゃんの連れだろ?すげぇ人気だ。見たか?ここの女共と来たらどいつもこいつも目の色変えてやがって……。ここにこんな良い男がいるってのに見向きもしねぇでよ。ヒック…………、ひでぇ話だとは思わねーか?」
「は、はあ……」
急に話かけて来て誰だよコイツ……。
「えっと……。貴方は?」
「ああ?俺か?俺はなぁジョーズ・オブライエンってんだ。お前は?ルーキー見てぇな格好してるが……」
「はい。ルーキーのリト・アーロイです。ここには情報を仕入れるために来ました」
ジョーズ・オブライエン……。
どこかで聞いたことがあるような。
気のせいか?少なくとも見たことない顔だ。
広い街だし、当然と言えば当然なのだが…………。
「仕入れね…………。迷子の子猫でも探しに来たか?」
男は冗談交じりに言ってきた。
しかしその目は疑いを向けるように細められている。
彼の疑念は正しい。
ルーキーがいきなり盗賊ギルドに来るなんて中々ないからだ。
それに加えて、今の俺は軟弱ルーキーの姿をしている。
怪しまれて当然だ。
「いえ、そんなんじゃないですよ」
「じゃあどんな情報をご所望で?」
ここは、ハッキリと目的を伝えよう。
ここで下手に隠して話をややこしくしては面倒だ。
マハーバには悪いが、少々設定を付け足させてもらおう。
「単刀直入に、”滅翼のティルル”についての情報を探しています。何かありませんか?」
「ほう……。聞き間違いでなければ、お前は六魔公のティルルを言っているのか?」
「そのティルルで間違いないです」
「……………………」
男は黙った。
俺達の間に言葉では言い表せないような緊張感が走る。
さすがに単刀直入すぎたか……。
冷や汗が頬を伝って垂れていくのが分かる。
しばしの沈黙の後、ジョークが先に口を開いた。
「理由は?」
「復讐です。俺は家族を奪ったあの竜を殺したい……!」
できるだけ熱を込め、怒りに震える自分を抑えきれない様子を演じる。
ジョーズの顔がさらに険しくなった。
「お前、相手が何者か分かって言っているのか?」
「もちろんです」
「ハッキリ言うなよ…………」
そう言ってジョーズは頭を抱えた。
”滅翼のティルル”
かつて魔王イヴに仕える六魔公の一体として聖王国と戦った魔族で、小柄な体躯に見合わない凄まじい魔力と身体能力を持つ。
”滅翼”の二つ名は、聖魔大戦時に上空からのブレス一発で次々と駐屯基地を壊滅させていく様子を見た兵達から、「翼が見えたら最後」と恐怖されたことに由来する。
本人曰く、六魔公の中で一番空中機動力に優れるのだとか。
しかし、その言葉に違わず空中戦は圧倒的で、聖剣の加護で身体能力を限界まで引き上げた俺でさえ彼女を捉えるのは骨が折れた。
確か他にも自分の事を滅びた竜族の末裔だとか言っていたような…………。
「どうやら嘘じゃねぇようだな」
「嘘なんかつきませんよ。意味ないですし」
「それもそうか…………」
そう言ってジョーズはギルドの奥に姿を消した。
その後、パンフレットと一枚の封筒を持って戻ってきた。
「お前さんの度胸に免じて、情報を売ってやる。これは前にここへ来た冒険者が置いて行ったものだ」
手渡されたパンフレットには「”世界サイッコーのアイドル”テル子、エルカドに堂々見参‼」と書かれていた。
そこには他にも、テル子本人と思われる少女がポーズをとって踊っている様子の写真が乗せられている。
ん?テル子って…………。
「それは今度エルカドで行われるライブを宣伝するためのパンフレットだ」
「じゃあこれは……」
もう一方の封筒には、何かのチケットが二枚入っていた。
このライブのペアチケットの様だ。
しかしこのアイドルのライブとティルルに一体何の関係があるのだろうか?
すると、ジョーズが補足するように口を開いた。
「テル子は、”ドラゴン☆シスターズ”というアイドルグループの……」
「知ってます。一対五で勝ったんですよね」
「そうだ。仮にもドラシスのメンバーは中級冒険者だ。華奢な少女が一人で挑むにしては至難の相手だ。あろうことかテル子という少女はそれを徒手空拳だけで倒したと言う」
「怪しい……と?」
「怪しいかどうかは自分の目で確かめな」
賭けてみるか。
「買います!いくらですか⁉」
「二枚で8万ギルだ」
「取り置きで!」
俺は未だに囲われいているマハーバを引っ張り出して、”渡り鳥”を後にした。
ここに来るまでの買い食い(ほとんどマハーバ)で軍資金はそこを尽きかけていたからだ。