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幻の6人目

「にしても立派な森だなぁ」


 俺は改めて眼前にそびえる木々を見て感心していた。

 

「立派か……。貴様にもそのように見えるのだな」

「何だよ。お前にはこの大自然が粗末なものに見えるってのか?」


 そう言うと鼻で笑われた。

 まるで「分かってないなコイツ笑」といったような態度だ。

 非常にムカつく。


「ではその大自然とやらを感じてみてはどうだ?ずっと牢屋生活だったのだ。

 草木に触れれば少しは良いリハビリになろう」


 シュトラーフに促されるまま、近くの木々の前に立った。

 久方ぶりだからだろうか、むせ返るような濃い緑の匂いだ。

 そのまま幹に手を触れようとして…………すり抜けた。

 

 ん?

 何だこれ……。

 

 俺の腕は太い幹を容易く貫通して、向こう側へ到達している。

 感覚で言えば、霧の中に手を突っ込んでいるみたいだ。

 

 他の木にも触れてみた。

 案の定、俺の腕はすり抜けた。

 まさかこの森全体がそうなのか……?

 

 「シュトラーフ、これって幻影魔術か?」

 

 幻影魔術は実体のない虚像を作り出す魔法だ。

 人、モンスター、建物、食べ物……。

 イメージしたものを幻影として投影する魔法。

 俺の手がすり抜けた現象もそのためだろう。

 それにしてもこの規模の魔術を誰にも見つからずに行うなんてさすが魔族と言ったところか。

 

 昔、仲間の魔術師がこんな事を言っていた。

 魔術はその規模が大きければ大きいほど、発動の瞬間を敵に感知されやすいと。

 

 魔術は、体内の魔力を溜めこむ器官であるイドに溜められた魔力を消費して発動する。

 その際、消費する魔力の一部が体外へ漏れ出るらしい。

 その量は発動する魔術の規模によって異なるが、規模が大きいほど漏出する魔力の量も大きくなるそうだ。

 魔術師の間ではこれを【お漏らし】と呼称し、その多くは修行の7割をお漏らし卒業に割いているのだとか。


 また、対魔術師戦において、剣士達はこのお漏らしから逆算して、次の動きを予想したりもする。

 俺は出来ないケド…………。


 この森は大森林というだけあってとても大きい。

 軽く半径20キロメートルくらいはあるのではなかろうか。

 漏出する魔力の量も半端ではないだろう。

 

 だからこそ引っかかる。


 この大森林が全て幻影なら、この周辺は凄まじい魔力で満ちている事になる。

 幻影を煙に例えるなら、術者は常に火を焚き続けなければならない。

 そうしないと煙が消えてしまうからだ。

 それがこの魔術の難しい所。

 常に魔力を消費しなければいけない。

 幻影魔術においての難所はイメージの投影に思われがちだが、

 実のところ幻影の維持が一番難しかったりする。

 

 話を戻そう。

 俺がこの大森林の正体が幻影魔術によるものだと断言できなかった理由は、

 幻影を維持するための魔力が、なぜ感知されずにいるのか分からなかったからだ。

 聖王国アルマのような技術が発達している国なら尚更。

 

 幻影自体が発する魔力とそれを維持する術者のお漏らし魔力…………。

 これらを一体どうやって隠しているんだ?

 

 「半分正解半分間違いだ」


 それだけ言って、シュトラーフは森の中へ入って行った。

 答えを知りたくば着いて来いとでも言うように……。


 ****************


 しばらく歩いた。

 そしてシュトラーフが立ち止まった。

 そこには一際大きな木が生えているだけで、それ以外に目立つようなものは他に無く、他の魔族の気配も感じられない。

 しかし、この木は何か他と違うような感じがする。

 うまく言葉にできないが、この木は生きている、本物だろう。

 もしかしてここが目的地なのだろうか。

 

 「戻ったぞ。マハ」


 到着早々、シュトラーフは親しげな様子で大木に向かって話しかけ始めた。


 「うわ…………。」

 

 植物は声を掛けてやると発育と発芽が早まるなんて話しを聞いたことがある。

 植物の細胞は、風の変化や動物の動きなど、音波のように影響を与えてくるものに対応するようにできていると

 考えられているからだ。

 中には音楽を聞かせる人もいるらしい。


 それはそれとして、コイツがそれをやっているのはとにかく気味が悪い。

 ギャップ萎えとでも言うのだろうか。

 思わず口に出してしまうくらいには引く。

 もしかしてこの木、シュトラーフが話しかけて育てたのか?


 「なぁ、さっきから誰と話してるんだ?」


 俺は気になってシュトラーフの背中から覗き込んだ。

 本当に植物と話していたらぶん殴って止めてやろう。


 するとそこには鮮やかな薄緑の髪を長く伸ばした少女がいた。

 眠たそうに眼を擦る仕草は、その容姿と相まってとても幼く見える。

 そして、どうやらマハというのはこの子の名前で、木とは関係無さそうだ。

 

 「紹介しよう、彼女はマハーバ。六魔公が一人にして、この大森林の答えだ」

 「ん、マハでいい。よろしく」


 【未知なるマハーバ】

 六魔公の中で一度も姿を見せなかった魔族。

 存在自体が噂じみていた最後の1人。

 素性も使う魔術も、その一切が謎に包まれていた存在だ。

 それが、コレ?


 マハーバは人形の様な顔で俺を見上げている。

 螺旋の映った赤い瞳は、見ているだけで引き込まれそうだ。

 それに態度もどこかふてぶてしさを感じる。

 六魔公だからか?

 

 聞き間違いでなければシュトラーフはマハーバこそこの大森林の答えだと言った。

 その発言が真実なら、十中八九、幻影魔術の術者は彼女という事になる。

 

 「さて、貴様の疑問を解消する時だ。マハ」

 「おーけい。偽装解除……」


 そう言ってマハーバが小さな両手を合わせた瞬間、まるで乱れた映像のようにジジッ……ジジッと辺りから木々がブレ始めたかと思うと、例の大木を残して、それ以外は光の泡となって消えていった。

 

 「これがマハの魔法【未界の表層エニグマ・サーフェイス】」

 

 ドヤァと自慢げに腕を組むマハーバ。

 確かに凄い。

 凄いけど…………。


 「これ幻影魔術と何が違うんだ?」


 俺にはそこが良く分からなかった。

 半分正解というのはこの部分の事なのだろう。


 マハーバは、ハリボテのように腕組したままパタンと倒れこんだ。

 自分の最大の見せ場が不発に終わったことが相当ショックだったらしい。

 

 何かごめんね………………。


 シュトラーフ曰くマハーバの魔術はモノに嘘を張り付ける魔術だと言う。

 つまりは偽装魔術だ。

 そして幻影魔術と偽装魔術は似て非なる物らしい。

 簡単に言うと、前者が新規レイアウト、後者がテクスチャー。

 偽装魔法は、既存の物に別のテクスチャーを張り付ける魔術。

 今回の場合、マハーバは一本の大木に「テクスチャー」張り付けた。

 つまりこの大森林の正体は、ただの大木だったというワケだ。

 

 幻影魔術のようで、その実やっている事は変身魔術に近い。

 分かりやすそうで分かりづらい。

 未知のマハーバにピッタリの魔術だろう。


「最も、人が作った魔道具に察知されてしまう程度ではまだまだだと言わざるを得んがな」

「むぅ。もっとがんばる」


 聖王国アルマが長い間偽装大森林看破できずにいたのは、そこからシュトラーフが不規則に魔物を放っていた他に、訪れてくる冒険者がいないという現在の状況が仇となったからだろう。

 もし、聖王国アルマにも普通に冒険者がいたら、もう少し状況が変わっていたかもしれない。


「さて、役者も揃ったことだ。ここから先は転移魔術で移動する」

 

 えー、まだ移動するのかよ。

 

「次で最後だ。ここはまだ聖王国アルマの領内。

 マハの魔術が解かれた今、再び調査隊が来るのも時間の問題だろう。奴らが来る前にここを離れたい」

「リュット、ふぁいと」

 

 めんどくさい事が顔に出ていたのか。

 俺の内心を読み取ったシュトラーフに軽くたしなめられる。

 マハーバも能面の様な表情のまま激を飛ばしてくる。

 

 

「それもそうか。じゃあ転移魔術がある場所まで急ごうぜ」

「その必要はない」


 シュトラーフがそう言うと、再びマハーバが両手を合わせた。

 どうやら地面に隠していたらしい。


「次はどこに行くんだ?」

「マハたちの家」

 

 俺の質問にはマハーバが答えた。

 家……。

 つまりは拠点か。


 次の瞬間、俺達三人は眩い光と共に聖王国アルマ領を後にした。


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