邂逅
俺が勇者と呼ばれるようになったのは聖剣を手にしてから暫くの事だ。
あれはある暑い夜の事、たぶん夏だったろう。
夢に女の子が出てきた。
そいつはクスクス笑いながら俺をからかった。
そうクソガキである。
適当に相槌を打って追い出そうとしていたらよりにもよって俺に興味を持ちやがった。
その日の朝は最悪の目覚めだったのを覚えている。
仲間の一人が怒声と共に俺を文字通り杖で叩き起こしたからだ。
朦朧としながら、指をさされた場所を見ると、何の冗談か立派な剣が床に刺さっていた。
ソレが聖剣だと判明したのは一週間後になる。
名前はラグロンド。
聖剣ラグロンドだ。
誰に教わった訳でもなく、気づいたらそう呼んでいた。
聖剣を手にしてからはあっという間だった。
俺が結成した冒険者パーティー【明けの明星】は瞬く間に名を広め、半年足らずで高ランクパーティーの仲間入り。
貰える報酬が増えたことで、より良い装備を整えられるようになり色々なことが出来るようになった。
しかもコイツは超強力で、一振りで魔物の大群が消し飛んでいく。
おかげで仲間が傷を負うリスクが大幅に減った。
が、俺が聖剣を使う事は早々無かった。
それは師匠との特訓の日々を、教わった剣技や体術を、
たった一振りで何でも解決してしまう聖剣に否定されたような気がするから。
今まで培ってきた経験や仲間との連携が全て無駄になってしまうように思えたから。
だから、聖剣は最終手段。
俺達じゃ歯が立たない相手や、それに準ずる緊急事態にのみ使うように決めた。
こうして、俺がこれまでで聖剣を使った回数は僅か4回である。
流石に少なすぎる?
いや、これでいい。
これで良かったんだ。
とある村に立ち寄った時の事だ。
村民全員が松明を持って自分の家に火を付けようとしていたので、慌てて止めて話を聞いたら
付近の山にスカルドラゴンが住み着いたと言う。
スカルドラゴンは紫色の煙を纏った全身骸骨の巨竜で、紫の煙に触れた生物を問答無用で即死させ、
アンデッドに変貌させる能力を持つ厄介な魔物だ。
付けられたランクは最高位のSランクせ、さらにその中でも上位に位置する魔物として、
冒険者協会から必須討伐対象に指定されている。
このままでは村が滅ぶのも時間の問題。
王都に助けを求めても、騎士1人寄越さない。
村が森に囲われているので逃げても別の魔物に襲われる可能性がある。
といったように、完全に詰んだからせめてゾンビになる前に自殺しよう、火を使おうとしたのは山火事になれば少しでも足止めになると考えたからという事らしかった。
ノリに乗っていた俺達【明けの明星】はスカルドラゴンの討伐を引き受け、見事達成することが出来たのだ。
まぁ、聖剣で一発だったんだけどね…………。
問題はその後だ。
村の人間に感謝された俺達は盛大なパーティを開かれた。
そこでは酒やご馳走が振る舞われ、舌鼓を打った。
俺以外が。
味覚が無くなっていた。
またある時、ある強力な魔族が暴れているという知らせを聞いて、北方大陸まで赴いた。
その魔族はどうやら武人らしく、砕いた岩盤をステージに見立て、自分を殺しに来た冒険者や騎士やらを一列に並ばせて、順番に一対一の真剣勝負を行っていた。
傍から見れば青白い巨人が作業的に挑戦者をぶっ飛ばしてようにしか見えなかったが…………。
ちなみに、ぶっ飛ばされた挑戦者達はみんな地面やその辺の岩に叩きつけられ、ザクロのように破裂していった。
思い出した。
グレゴリオだ。
蒼き拳のグレゴリオ。
魔法を一切使わず、己の力の身で戦う魔族。
聖剣を使わない俺と共通点があって、勝手に親近感を抱いていたんだ。
グレゴリオは強かった。
しかしまだ本気じゃない。
俺は何としてもグレゴリオに本気を出させたいと思った。
聖剣を呼んだのはこの時で2回目になる。
聖剣は、普段は消えていて俺の呼びかけに応じてその都度姿を現す。
必要な時だけ来てくれる都合の良い女みたいだ。
グレゴリオは俺の手元を見るや否や、ニヤリと笑い凄まじい魔力を放った。
本気を出した証拠だ。
そして攻撃はほぼ同時に行われた。
俺の聖剣の一振り、そしてグレゴリオの究極奥義が炸裂する。
凄まじい衝撃波と土煙の後、勝敗が形となって姿を現す。
グレゴリオは両足首から上が蒸発し、俺の身体は右肩から腰に掛けてごっそり抉られていた。
失った箇所も二日で元通りになった。
死んだのはグレゴリオだけだった。
この日以来、俺の肉体は痛みという感覚を受け付けなくなった。
こんな感じで、聖剣は人智を越えた恩恵もたらす代償に、五感を失う事が判明した。
仲間や親しい人物はこの事を知らない。
俺だけの秘密だ。
残り2回を失ったのかは分からない。
最も、もう使う機会はないだろう。
なぜなら聖剣はアルマ聖王国に没収されたからだ。
どこにあるかは何となく分かるが、呼ぶ気が起きない。
もう疲れた。
失えるモノは視力以外大体失ったと思う。
何もかもどうでもいい。
俺はこの冷たい牢屋で、永遠に過ごすんだ……。
そう思っていた時だった。
「ふん。生きているのか死んでいるのか分からん顔だな」
冷たい牢獄に似つかわしくない低く玲瓏たる声が木霊したのは……。
「んぁ?」
誰だ………?
こんな場所に来るヤツなんてクソ爺くらいしかいないはずだが……。
いや待て。
聞き覚えがあるぞこの声には……!
このウザったいイケボの正体を………!
ハッとして声のする方向を向く。
そこには薄暗い地下牢獄には似つかわしくない大きな影がこちらを見下ろしていた。
「シュトラーフ……。」
シュトラーフ。
その別名を【混沌卿シュトラーフ】
黄金の長髪と鋭く細い目、禍々しい二本の角が特徴的な魔族の男。
かつて幾度もぶつかった強敵。
「それにしても人間は相も変わらず御しやすい……。少し魔術を使っただけで同士討ちを始める始末だ。」
シュトラーフは開かれた本を閉じ、それを懐にしまった。
紐タイプのしおりが付いた本だ。
まさか読みながら来たのかコイツは……。
シュトラーフは魔族のくせして人間社会に強い興味持つ変わり者だ。
そもそも魔族はこの三層世界において非常にプライドが種族として知られている。
それは全種族の中で最も魔力総量が高く、魔術の扱いにも長けているからだ。
魔族だけが持つ【固有魔法】の存在に起因する。
それ故に魔族は他種族を強く見下す傾向にあり、魔術全盛の時代も相まってその傲慢さに拍車をかけている。
中でも人族に対しては特にその傾向が強く、人族と魔族の愛称は最悪。
決して相容れることは無いと言われているほどだ。
ではシュトラーフはどうなのか。
彼が身に付けている貴族服や、持参された本もまた、全て人間が作った物だ。
下等種族の文化に馴染もうとする奇特な魔族である彼は、果たして人間という種族を尊重しているのか……。
答えは否。
割とガッツリ見下している。
それもそのはず、シュトラーフは人間に対して1ミリもリスペクトの心を持っていないのである。
彼にとって「下等種族が何か頑張ってるから見てみよう」程度でしかない。
傍からは興味深そうに書物を読んでいるように見えても、当の本人はその内容を「この程度か」と小馬鹿にして笑っているというのが現実なのだ。
「外の騒ぎはお前の仕業か」
「いかにも」
俺の問いかけにシュトラーフは誇らしげに頷いた。
………………角へし折ってやろうかな。
「で?何の用だよ」
「力を貸せ、リュット・アロイ。貴様を救ってやろう」