プロローグ 始動
【アルマ聖王国】での会話。
「勇者の様子はどうだ?」
男は部下に問うた。金色の刺繍が入った真っ白な法衣を身に纏った老年の男だ。
名をザイン・ハングレス。宗教国家【アルマ聖王国】における枢機卿である。
「はい。依然変わらず……。先日行った拷問にも眉ひとつ動かさず耐えきったと……」
「バケモノめが……。精神操作魔法はどうだった?駒としては使えそうか?」
「残念ながらこちらも成果は見られません。聖剣のプロテクトが強すぎて城の魔術師だけでの突破は困難です……」
ザインは舌打ちをした。
彼は苛立っているのだ。
なぜか。
その理由は捉えた勇者にある。
かつて魔王を退け、人類に勝利をもたらした最強の戦士。
しかし、その存在は次第に疎ましいものになっていった。
ザインは狡猾で優秀な人物だ。
しかし、彼は重大なミスを犯してしまった。
それは勇者を敵に回してしまったこと。
いつか必ず復讐に来る。
そんな一抹の不安が彼を今日まで生かしてきた。
案の定、勇者は来た。
ザインは事前に用意していた策略を巡らせ、何とか勇者を確保した。
だが、それから先が上手くいかない。
ここ数年考えうる限りの拷問を与えてきた。もう1年になる。
手足を切断すれば瞬きする間に再生し、心臓を潰しても呼吸をする。
オマケに暗示等の精神操作には耐性があるときた。
当の本人は呻き声1つ上げず平気な顔をする有様だ。
実に気味が悪い。
問題は他にもある。
「聖剣の方はどうなっている。」
「現在聖剣は城の最奥、神域の間にて封印されております。Sランク以上の結界魔法10層重ね掛けに加え、神聖騎士による24時間の警備体制を敷いておりますので護りは盤石かと……」
「護りの話をしているのではないわ!聖剣は使えるのかと聞いているのだ!」
「申し訳ございません!せ、聖剣は未だ沈黙しており、実用化の目途は立っておりません……」
「女たらしが……」
本日2回目の舌打ち。
聖剣は勇者専用の武器だ。
主と認めた者の前にどこからともなく現れ、絶大な力を与える剣。
最近分かった事はどうやら聖剣には意思が宿っているという事。
そして聖剣は頑なに勇者から離れようとしないらしい。
「迅速に有効な手段を見つるのだ。聖剣さえ手に入ればアルマの、ひいては私の権威も盤石な物となろう」
「はっ!」
ザインは部屋を出ていこうとする部下を呼び止めた。
「そう言えば、母体と子らは元気かね?」
「はっ!子は既に実用段階に至っており、母体の方も安定しております」
「左様か。では引き続き頼むよ」
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とある大森林の一角での会話。
「シュトラーフ様……」
「なんだ」
男はぶっきらぼうに返事をすると、読んでいた本をそっと閉じた。
金色の髪を長く伸ばし、頭部から禍々しい二本の角を生やした貴族風の男だ。
「リュット・アロイの所在が掴めました」
「予想通り生きていたか……。場所はどこだ」
「アルマ聖王国の地下牢だと報告が上がっております」
「やはりアルマにいたか。少し面倒だな」
「いかが致しますか?」
「無論確保する。不本意だが我ら魔族の未来のためには奴の力が必要だ」
魔族。
額に生える角が特徴的な人語を介す人のカタチをした魔物。
人間を上回る身体能力に加え、魔法の扱いにおいても人間のそれを遥かに上回る上位種族。
人類とは敵対的な関係で、長い間争い続けていた。ある変わり者の魔王が来るまでは……。
このシュトラーフは魔族の中でも特に強力なで、その魔王の側近【六魔公】の1人に数えられる人物だ。
聡明で思慮深く、人間社会にも精通している彼は、統率を失った他の魔族をまとめ上げている。
「では、他の方々にも召集を掛けて参ります」
「頼んだ」
シュトラーフは先ほどから自身の肩に寄りかかって昼寝している少女の肩を優しく揺らした。
「起きろマハ」
「……ん」
マハと呼ばれた少女は冬眠から覚めた子熊のようにゆっくりと体を起こすと、おぼろげな表情で両目をこすった。
そして立ち上がり目一杯伸びをして、シュトラーフに向き直った。
「おはよう。シュトラーフ様……。」
「よく眠れたか?」
「ぼちぼち。でもシュトラーフ様の肩、悪くなかった……」
いまいち眠気の抜け切れていない気怠そうな声と表情だが、これが彼女のデフォルトである。
「それは良かった」
シュトラーフは彼女の頭を撫でて微笑んだ。
側近が他の六魔公と生き残りの同胞を連れてやって来る。
シュトラーフは立ち上がった。彼の服の裾を小さな手が掴む。
「行こうマハ。我ら魔族の悲願、【魔人共和国】設立……。そして、その先駆けとなる【勇者再生】計画を実行するために」
勇者再生まであと2920日。