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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

冬、君を拾った。 キミに拾われた。

作者: 夜刀神 夜霧


 白く淡い雪が降る寒冬の夜、人気のない住宅街のはずれを歩く一人の男がいた。手にコンビニの袋をぶら下げ、口から白い息を吐きながら。寒い寒いと心持早歩きで家へと向かう男。

 しかし、どうやら本日は運命が素直に帰らせまいと仕事をしたようで。近道をしようと裏道に入った男の目の前に一人の女性がうつぶせで倒れ伏していた。


 地面に薄く積もった雪は赤く染まり、だれがどう見ても重症であることがわかる様体であった。白いパンツスーツとコートを身にまとい、明らかに普通ではない状態に発見した男はうろたえる。

 だがまだ小さく胸が動いてるのに気が付いた男は急いで倒れ伏す女性に近づく。


「だ、大丈夫ですか!?」


 男が声をかけるも返事はない。とりあえずうつ伏せであった女性を仰向けにしようと手を伸ばし、体を動かすと。女性から苦し気なうめき声が小さく漏れる。

 その声を聴いて一瞬ためらうも、男は女性を仰向けにし――息をのんだ。


 髪が乱れ、血化粧を施されようとも一目でわかる美しさを持つ女性であったからだ。左手で支える女性の頭はまるで水をすくような軽さで、苦し気にゆがむ顔は生気を失いながらもなお輝いて見える。そんな非現実的な状況と相まって少しの間、男は意識を女性に奪われ見とれる。

 が、女性をひっくり返した手の暖かさ。血のぬちゃぁという感触が現実へと引き戻す。


 どうやら腹部から漏れ出ている様子の血は、今なお命を女性の体から噴出させているようで男に時間が残されていないことを明白に知らせていた。


 「…はっ!そうだ救急車呼ばないと!」


 男は血に濡れた右手をズボンのポケットに差し入れると、スマホを取り出す。動揺で震え、血で滑る画面を何とか操作し119を押し。さあ後は掛けるだけと言うところで女性が言葉を発する。


「救急車はよぶな…」


「は?でもあんたこんな大怪我を!」


「たのむ…」


 その言葉を最後に女性は気を失い、体から力が抜けた。だらりと体を支える骨子の重みが男の支える手にかかる。

 男は明らかにわかるほど苦悶の表情を浮かべ、一言悪態をつく。


「糞っ!!!」


 男はズボンで血をぬぐい急いでスマホを操作する。10秒ほどして操作を終えると、スマホを女性の体の上に置き。女性をお姫様抱っこして自分の家へと全速力で走り始める。

 少しして女性の腹上に置かれたスマホから人の声が奏でられる。


『緊急事態?状況は』


「っは、っは。けが人を拾った!訳ありらしくて病院は拒否。現在意識不明で腹部に大きい裂傷が一つ!」


『了解した。私と彼女を呼んだってことはなんとかするつもりだな?』


「そういうこと!」


『いつも世話になってるからな、やれるだけ力を貸そう』


「助かる!もうすぐで家!」


 そうして男はマンションの自室へと駆け込み、女性をベットへと横たわらせる。男は走ったことで乱れた息を整えつつ、部屋の棚からメディカルポーチを取り出し中身を出していく。針、糸、消毒液、ガーゼ、ハサミ、様々な道具が乱暴に引きずり出され、洗い立てのタオルの上へと並べられる。


『手順は説明したとおりだ。何かわからないことがあればすぐに聞いてくれ。』

『すいません遅れました。何やら緊急ということですが?』

『実は彼が――』


 男は道具を並べ終えると、立ち上がり。スマホから聞こえる会話を聞き流しながらほかの作業に移る。キッチンで鍋に水を張り。お湯を沸かし。洗面台で汚れた手を洗う。


『確かに緊急事態ですね。それで私たちは手術のサポートですか。』

『ああ、専門知識を持つ私たちならある程度はできるだろう。』

『責任重大ですね…』


 手を洗い終えると服を脱ぎ棄て、下着姿になると頭にタオルを巻きつける。そしてベットの横に座りスマホで行われてる会話に割り込む。


「準備完了」


『じゃあ始めるか、まずは内臓の確認だ』


「…腸、肝臓、見えるところの内臓には傷なし。出血も皮膚近くから。」


『ならとりあえずは大丈夫そうですね、じゃあお腹の傷縫い合わせましょう。』


「了解」


 男は深く息を吐いて深呼吸し、針を持ち上げ縫合を開始する。








「っはー--!!!!」

「おわったぁ!!」


『ご苦労さん』

『お疲れ様です』


 苦節2時間、女性の傷を縫い合わせ。体内に残った血を抜き出し。止血、消毒。もろもろの作業を終わらせた男は達成感に包まれていた。

 頭に巻いたタオルは汗を吸い込んでずっしりとした重みをもち、下着は血で真っ赤に染まり。男が努力した証が刻み込まれていた。


『これでとりあえずは問題ないだろう。あとは患者の生命力しだいだ。』

『明日も予定は明けておきますので、何かあればすぐに呼んで下さい。』


「二人ともありりfとあ」


『くくく、もう限界のようだな。いったん休め。』

『さすがにそっちには行けないので倒れちゃだめですよ?』


「う、はい。じゃあまた。」


 男はスマホの通話終了ボタンを押すと、スマホを近くの机に放り投げる。そのあと改めて素人ながら手術を施した彼女へ視線をやる。

 最初に来ていたスーツは破られ、ほぼ下着状態ではあるが安定した呼吸をしており。まるで切腹したかのように広がっていたお腹の傷は塞がれ、血も完全に止まっていた。


 そんな彼女に男は体が冷えないように、毛布を掛けると。そこで力尽きたのか床に寝っ転がり、瞼を閉じてしまう。閉じてしまった瞼は開くことなく、代わりに口が開閉し寝息を吐き出し始める。

 そうしてマンションの一室で非日常の時間は、主役たる二人に深夜の天蓋が降りていったん幕を下ろす。





 翌日。


”pipipipipi”


 床に放り投げられていたスマホから朝を知らせるアラームが鳴り始める。日が空に顔を出し、部屋に朝日が差し込む時間帯。

 しかし、朝日は遮光性の良いカーテンに遮られ。スマホが鳴らす懸命な鳴き声も、疲れ果てて寝ているその主には届かない。


 だがしかし、部屋の主には届かなくとも。どうやら客人には届いたようで、ベットに横たわっていた女性が目を覚ます。

 いまだ生気のない女性は目を覚まし、真っ先に視界に移る天井に覚えがないようで。少々困惑した表情を浮かべゆっくりと顔を動かし周囲を見遣る。

 そこで目に入った景色は明らかに見覚えのない部屋の景色。それも、男物の物品が多い部屋。


「知らない天井だ…フフッ…」


 有名なアニメのセリフを呟き、少しだけ笑う女性。頭を動かして疲れた首を少し休ませながら、今現在自身が置かれている状況を記憶や見える範囲での情報から考える女性。

 重傷を負って記憶があいまいながらも考え、朧げながらも誰かに声をかけられたと思い出す。そして誰かに救われたと判断。そこまで考え、ふと腹の傷を思い出したらしくゆるゆると手を伸ばす。

 伸ばした手は時間をかけて腹へとたどり着き、切れ込みのような筋とその上にあるつるつるとした感触を脳に伝える。

 その手からの報告で女性はどうやら、何かしらの糸で縫い合わされていることを理解する。

 だがここで新たな疑問が生まれる。病院でもないのに、”誰”が”どうやって”縫合したのかだ。現代日本で生きるまともな人間であるならば、まずそんなことはできないはず。なにせ怪我をする経験もそれに対応する知識もないのだ。であれば一体…と女性は考え込む。


 そんなことを考えていると、女性からちょうど死角にいた部屋の主が身じろぎをし身を起こす。

 昨夜体に付いて、寝ている間に乾いた血液がぱりぱりとひび割れながらその存在感を増やしていく男。


 そんな彼を見て、女性はどうやら考えに答えを見出した様で満足げな雰囲気を出す。だがその満足げな雰囲気もすぐに消え失せ、少々ひきつった顔になる。

 まぁさもありなん。誰でも目が覚めて少ししかたっていないのに、ほぼ裸の乾燥した血まみれ男を見れば悲鳴でも上げよう。


 そんな蛮族のような風体の男は体を引き起こし、立ち上がったと思うと。女性を流し目でみると、風呂場へと移動した。

 どうやら寝起きで頭が回っていない男は、目が覚めた女性に気が付かず。体を洗いに行ったようだ。

 女性は話しかけられると思い、身構えたが。スルーされたことで肩透かしを食らったようだが。すぐに気持ちを切り替え、野蛮人について考えはじめる。



 しばしの時が流れ、男が体を洗い終わり血まみれではないちゃんとした部屋着を着て風呂場から出てくる。

 そんな野蛮人改め、部屋の主たる男に女性が話しかける。


「やあ、おはよう。」


 男は女性から声を掛けられ、目を見開くと。早歩きで女性に近づき、顔を近づけて本当に生きているのか確認をする。呼吸、瞼の開いた目、昨夜と違い熱を感じる頬。


「ん…」


 頬を触ったときに聞こえた反応で、女性が本当に生きていて目を覚ましたことを男は確認した。するとペタリと床に座り込み、体を震わせる。数秒して男は顔を片手でふさぎ天井を仰ぎ見る。


「ははは、生きてる。ちゃんと成功したのか。」 


「キミが私を助けてくれた人かい?」


「ああ、俺が道路に倒れる君を拾って、腹の傷をふさいだ。」


「じゃあ先ずはお礼をしないとだね。私を助けてくれてありがとう。」


「どういたしまして、生きていてくれて何よりだ。」


 男は女性と話していると現実感が戻って来たのか、男の体が栄養補給を訴え腹の虫を鳴かせる。その音を聞いた二人は顔を見合わせ、苦笑いすさせ男は立ち上がる。


「朝飯にしよう。少し待っていてくれ。」


「分かった、のんびりと待たせてもらうさ。」


 男はキッチンへと向かうと、鍋とヤカンに水を入れ火にかける。そのあと炊飯器から米を掻き出し、茶碗にようと電子レンジに放り込んで温め始める。それぞれ熱が加わるまでに冷蔵庫から梅干しを取り出して刻み小皿に入れる。

 ヤカンと鍋のお湯が沸いたら、ヤカンは紅茶の茶葉が入ったティーポットと急須に注がれ。鍋には顆粒だしがさらさらと流し込まれ、溶かされていく。

 電子レンジがチンっ!と過熱完了の合図を鳴らし、熱々のごはんの上に刻まれた梅干しが乗せられ。テーブルへと運ばれる。そしてごはんと同じようにレンゲ、水が運ばれ。テーブルに並べられていく。

 食器なんかの準備が終わるころにはお茶達も蒸し終わったのか、出汁と一緒にテーブルへと運ばれ。3つの液体がお茶碗に注がれ混ぜられる。


「はい、お茶漬け完成。」


「お茶漬けって紅茶も入れるものだったのかい?」


「オリジナルだよこれが意外と美味しくてな味については保証するよ。」


 そういうと男はレンゲでお茶漬けを口へ運び込みあちあちと言いながら食べる。

 それを見て女性もレンゲを取ろうとベットから食べやすいようにと、近づけられたテーブルへと手を伸ばす。しかし、レンゲを持ち上げようとしたところでかしゃんと取り落としてしまう。

 何度か試すも腕に力がうまく入らず落としてしまう女性。


「ははは、これは困った。うまく持ち上がらないや」


「少し待ってくれ、すぐに食べ終える。」


 男はそういうと、お茶漬けをかき込み嚥下する。そして食器を置くと女性用のレンゲを手に取り、お茶漬けを掬い上げて女性の口元へ運び。口を開けるようにと男が口を開いてボディーランゲージする。

 まさに看病のイベントの王道。あーんである。


 それに対し恥ずかしそうにする女性は躊躇いながらも、口を開き。お茶漬けを食べる。

 すると女性の体が、怪我で大量消費したエネルギーを求めるように動き出し。一気に食欲が湧き出て女性の羞恥心を忘れさせる。

 そのままぱくぱくと雛鳥の様に食べ、おかわりもするほど食べる。


 食後、男が食器類を片付け。食事を終えベットに横たわり休む女性と向き合い口を開く。


「さて、これからのことを話す前に自己紹介をしよう。俺は夜那やなだどこにでもいる社会の歯車の一つをしている。」


「私は明夜めいやだ。身の上は訳有って話せないが、社会の一員をしているよ。」


「よし、じゃあ明夜。早速だが闇医者とかに知り合いはいないか?」


「闇医者?普通の医者じゃなくてかい?いきなり随分と切り込んできたね。」


「明夜の命に関係するからな。普通の病院は昨日拒否られたし、そうなったら裏の人間使うしか無いかなって。」


「居るには居るが、今の状況では頼りたくないかな…」


「じゃあ傷が治るまで暫く家にいるか?」


 そう夜那がいうと、明夜は驚いたような顔をしてすぐに申し訳なさそうな顔を浮かべる。

 夜那からすれば道路に倒れていた不審者。しかも怪我をしていて食器も持てないほど。明らかに手間がかかるのに家に匿ってくれるという。そう考えて明夜は断ろうと考えるが、今の自分にはここ以上に安全な場所もないことに思い至る。

 どうしたものかと悩んでいると、再び夜那が口を開いて後押しをしてくる。


「一度関わったんだ、最後まで面倒を見るのが筋ってもんだろうし。何より…」


「何より?」


「生憎と生まれてこの方女性に縁遠くて、こんな美人とある程度の期間過ごせると思うとデメリットがどうでもよくなる!」


「なんだいそれ。」


 明夜は冗談めかして笑いながら言う夜那に釣られ笑う。

 そして、筋を通したいと真面目な顔で話した夜那に響かされた明夜はしばらくの間お世話になることを決める。


「うん、じゃあ沢山迷惑をかけてしまうと思うけれどお世話になります。」


「承った。迷惑とかはあまり考えず緩やかに過ごしてくれ。」


 そうして居候の怪我人と、お人好しの家主の共同生活が始まった。

 話が纏まった所で、夜那が立ち上がり。壁のハンガーにかけられていたコートからスマホを抜き出し、明夜に渡した。


「はいこれ、明夜のスマホ。あとこれが家のWi-Fiのコードね。」


「助かるよ。そう言えばキミは今日何かする予定あるのかい?」


「そうだな…食料品の買い出しとかの家事位かな。今日は休日出勤も無いし、明日も日曜日でお休みだし。」


「そうか、なら私のことは気にせず出掛けてもらって大丈夫。ただ連絡用に電話番号とかは教えてもらって良いかな?」


「勿論。」


 二人はスマホを見つめ、電話番号を伝え合う。

 伝え終わった後は、夜那は出掛ける準備をし始め。明夜はスマホの画面上に指を這わせ始める。


 少しして、買い物に出かける準備が終わった夜那は車の鍵を手に取ると。ふと思い出したように、ベットへ近づく。

 そして、ベットの下へと手を伸ばすと。何かを掴み取り出す。


 その取り出された物を見て、明夜は覚悟を決めた表情を浮かべ。目を閉じる。

 夜那はそんな彼女を見るが、苦笑いし。明夜の手に拳銃を握らせる。


「はい、これ。俺がでかけてる間にもし誰か来たら無視で。帰るときも連絡を入れる。ただ、もしも。明夜の敵が押し入ってきたならコレで対応して。」


 その言葉に驚いた表情を浮かべる明夜。普通であれば日本で銃なんて違法の塊だし、即座に警察に通報されるのが道理だというのに。この男はあろうことか身元も明かしてない怪しい客人に自分を殺せる武器をもたせるというのだ。

 おまけに今の言い方は明らかに明夜が何者かと争っている、事を理解している言い方だし。室内での戦闘も許容している。

 明夜は思わず夜那に問いかける。


「良いのかい?自分で言うのも何だが、私は怪しいだろう?そんな女に銃なんか持たせて…」


「ベレッタは良いメーカーだよね。おまけにそいつは携帯性に優れたPX4のストームサブコンタクトだっけ。装弾数も多いし俺も好きだよ。」


「む、答えになっていないよ。」


 問いかけたら別の事を話してはぐらかして来たし、おまけに銃の種類まで理解していると来た。

 これははっきりさせねばと明夜が改めて問いかける。


「気にするなってことだよ。それは君のものだし。もしも、が起きた時死なれちゃったら何のために助けたのか分からなくなっちまう。」


「キミは…」


 夜那はニヤリと笑い、それ以上深く質問をかけられる前にそそくさと買い物に出てしまった。


 外から車の発信する音を聞きながら、一人残された明夜は白く美しい手に包まれるベレッタPX4を眺める。

 慣れた手付きでマガジンを抜きとり、チャンバーに弾が残っていないか確認する。

 マガジンから弾を抜き、残弾を数えると弾込めをして。マガジンを挿し込みガチャコン。と弾を撃てる状態へ持っていき、セーフティをかけた。


「私はどんな人間に拾い上げられたのかやら…」


 普通の人とは違う家主の事を思い呟く。困惑や頼もしさ、不安等が混ぜられた感情と共に銃を枕元に置き。明夜は、スマホを弄るのに戻った。


―――――――――――――――――――――――――――――――

【件名】私だ、生きている

【本文】

 会談の途中連中の裏切りにあって負傷した。今は地下に潜っているが、私の生存は他の連中には知らせるな。

 私は死んだことにして、報復として連中の力を削げ。

 日本の警察は優秀だが対応が遅い。迅速に派手にかまして、我々マフィアの恐ろしさを日本の極道連中に思い知らせてやれ。

 また連絡する。

――――――――――――――――――――――――――――――





「ただいま〜」


 夜那が買い物を終え、エコバックを両手に抱え家に戻ってきた。その姿はまるで主夫であった。

 そんな主夫を出迎えたのは、ベットで体を起こし壁に寄りかかった二次元の存在かと見紛う白い美女。


「おかえり。随分と沢山買ってきたね?」


「明夜の生活雑貨と数日分の食料となると量がな…」


 ガサガサと袋から食料、歯ブラシ、医療品、女性ものの下着、おむつなんかを取り出し仕舞っていく。

 そんな風景を見ていた明夜は、取り出され仕舞われる物達を見て何かに思い至ったのか、恐る恐ると夜那へ確認をする。


「ねぇキミ?そのおむつってもしかして…」


「たぶん明夜の想像通りだよ。」


 返答を返された明夜は顔を両手で抑え、思わず天を見る。

 どういうことか、それは状況を考えれば分かるだろう。怪我人、ベットで寝たきり、仕事で介護できない時間が有る、トイレ…

 そう、夜那が仕事に行っている間。一人で歩けるほど回復していない彼女はお手洗いに行けなくなるのだ。

 その事実に気が付いてしまったら、おむつは対策としては妥当であろう。なにせ老人なんかの介護でも使われる代物だ。


 だが、成人女性が仕方ないとはいえおむつを履くのは良いとして。

 知り合って間もない男性におむつを履かせられるのは、感情が許さないのは想像に難くない。


「明夜…あまり俺も記憶に残さないよう努力するからさ。お互い頑張ろう。」


 夜那が慰めようと声をかける。が、どうやら逆効果だったようで、明夜の顔が紅くなる。

 こうして、二人は悲しみを背負う事になった。



 買ってきたものの片付けも終わり、部屋の一角に鎮座する城へ移動し夜那はPCを起動する。

 いくつものウィンドウを開き、電子の海へ潜る夜那。

 それをPCや周辺機器の城壁で囲まれたワイドモニターを興味津々で見つめる明夜。彼女は城の反対にあるベットから夜那に声をかける。


「何を見ているんだい?何やらすごい設備だけれど。」


「ニュースだな。最近は情報の回りも早いし、昨日のことについて何か情報は無いかと思って。」


「なるほど、情報を集めるのは大切だしね。」


 コロコロとマウスホイールが転がる音が密やかに鳴り、ふと止まる。どうやら目当ての記事を見つけたようで、夜那が目をせわしなく動かし始める。


「うーん、違うか。いくらネットでもローカルな事件じゃまだ出回ってないみたいだ。」


「あまり広まられても困るけれどね。」


「ならこのままの方がいいか。明夜これからゲームするから少しうるさくなるかも。」


「お気になさらず、私はここから眺めさせてもらうよ。」


「誰かに見られていると思うと、少し緊張するな。」


 夜那はゲームをはじめ、明夜がそれを眺める時間がしばらく続き。夕飯の時間になって、ご飯を食べた後ほどなくして二人は眠りにつく。




 そんな新しい日常が始まって早1週間が過ぎた。その間にもゆるやかに二人はお互いを理解し、同居人としての関係を築き上げた。

 そしてある程度の信頼が生まれたある日、明夜がお風呂に入りたいと言い始めた。


「そろそろ傷もある程度塞がって来たしシャワーを浴びたいんだが、いいかな?」


「うーん、ちょっと傷の写真を撮ってもいい?知り合いの医者に聞いてみる。」


「手術の時にお世話になったという人たちか。構わないよ。」


 ぽこん。写真が送信され、数分後返答が返ってくる。


「擦ったりしなければ大丈夫だって。よかったね」


「嬉しい知らせだ、そうと決まれば早速と行きたいんだけれど。エスコートをお願いできるかな?」


「お任せくださいお嬢様。」


「ふふ、なんだいそれ。」


 こうして肩を支えられながら、明夜と夜那はお風呂場に移動し。服を脱ぎ、浴室に入ってシャワーが雨の様に流され始める。

 明夜は全裸で、夜那は下着の状態。明夜はそっと割れ物を扱うように椅子へ座らされ、頭からお湯をかぶせられる。

 全身がお湯で流され、肩ほどまである白い髪も充分に水気を吸いしっとりとしたら。夜那の手が頭に触れられる。


 シャンプーを付けたその手は優しく髪をくしゃくしゃと洗い始める。それを明夜は気持ちよさそうに受け入れ、鼻歌を歌い始める。


「ご機嫌ですねお嬢様。」


「まあね、やはりシャワーは偉大だよ。それに執事さんの腕がいいからかもしれないね?」


「おお、それはそれは。執事としても実に嬉しいお言葉でございます。しかし、明夜は髪サラサラだなぁ。美人でスタイルもよくて、髪も美しく。性格もいいときた。」


「褒めても何も出ないよ?それにキミだって、紳士に接してくれるし。優しく気が利くし、ご飯もおいしい。本当に執事に欲しいくらいさ。」


「残念ながら、当執事は派遣故専属の主を持てないのです。っと、頭を流すから目を瞑って。」


「ん」


 明夜の頭からシャンプーが洗い流されていき、少しくすんでいた髪も元の雪のような白さを取り戻す。さらにそこへトリートメントが付けられ、輝く真珠のような美しさへと変貌する。

 手漉きで髪がどんどんと解されサラサラになっていく明夜と、楽しそうにする夜那。


「じゃあ髪はおわったし、次は体だけど自分でやる?」


「そうさせてもらうよ。髪、気持ちよかったよありがとう。」


「はいはーい、じゃあ終わったら呼んでくれ。」




 お風呂から上がり、ご飯も食べ終わったあと。食後の一休みをしている二人。明夜が少し口の中で言葉を溜めた後、疑問を放つ。


「ねぇキミ?助けられてから疑問に思っていたんだけれど、銃の知識や医療の知識はどこから来ているんだい?」


「端的に言えばネットと本かな。銃…というか軍事系が好きで色々調べてたから知識はあるし、何ならグアムで射撃体験とかしたことある。医療知識は世話になってる医者からお勧めされた救急救命医学って専門本を読んで最低限知識付けた感じ。」


「なるほど?」


 それにしては応用の利いた思考ができるものだ、と明夜は心の中で一人思う。

(実際に知識があるのと、その知識が使えるのは別だし。明夜の腹を縫合するなんて、度胸なんかもある。改めてどこか普通とは違う、どちらかというとこちら側の人間のように思えるなぁ。)


「俺も少し気になってったこと聞こうかな。」


「なんだい?」


「明夜って肌も白いし、眼も紅い…アルビノなの?」


「いや、普通の人間さ。ただ遺伝でね、本物のアルビノはもっと白いよ。」


「へぇー。じゃあ他にも聞いちゃお。好きな食べ物とか、献立の参考にしたいからさ」


「それはお肉だね。やっぱり赤みの多いお肉は――」




 さらに数日後、歩けるほどに回復してきた明夜を見て夜那は抜糸をすることにした。

 ベットに夜那を座らせ、床に座り込んだ夜那は真剣な面持ちで鋏を持ち。慎重に糸を切っていく。やがてすべての糸が斬られると、鋏をピンセットに持ち替え。切られて短くなった糸を一本一本抜いていく。


 少し痛そうに明夜は顔をしかめるが、すぐに引っ込ませ。夜那に要らない心配をかけさせないようにする。

 時間をかけて慎重に、すべての糸を抜き終えると夜那は大きく息を吐く。


「ふうー-」


「抜糸お疲れ様。」


「ありがとう。糸を全部抜いたわけだけど、お腹とかに違和感はない?」


「んー大丈夫そうだ。問題なしだよ名医さん。」


 明夜はさらりとお腹の傷を撫で答える。その撫でられた傷跡には、糸が通されていた細い穴が開いており。見る人が見れば逃げ出してしまうだろう。

 しかし夜那はその傷跡を改めて見、満足げにうなずく。

 傷跡は筋として跡が残っているものの、化膿など問題もなくちゃんと癒着していたからだ。


「お祝いとして今週末にでもお出かけしてみようか。」


「いいね、キミとのデートか。」


「デート…デートかぁ」


 何やらうれし気に明夜の言葉をかみしめる夜那、それをほほえましく明夜は見つめた。

 そんな折、明夜のスマホが振動し通知をお知らせする。

 明夜がスマホの画面を見てみると、すっと顔を真剣な物へ変化させ。画面の電源を落とす。そして話題をそらすように夜那へ話しかける。


「問題は場所だね。どこに行こうか?」


「最初だし様子見ってことであんまり遠くじゃない方がいいよなぁ…ショッピングセンターとかでもいいかな。」


「キミと行けるならどこでも安心さ。」





 お出かけ当日。明夜は夜那からワイシャツなんかを借り。最初に出会ったときのような服装をしながらも、その時の弱りはてた雰囲気と違いキリっとした雰囲気を身にまとっていた。

 対する夜那は、深い青色で固められたシックな服に身を包み。どうにか相棒である明夜に並べるよう頭をこねくり回し努力した雰囲気が伝わる服装をしていた。

 そんな二人は夜那の運転する車に乗り近くのショッピングセンターに来た。


 休日ということもありそこそこの人でにぎわうショッピングセンター。

 そんな中に白髪の美人が現れ家族ずれや、カップルの片割れであろう男の視線などが明夜に注がれる。

 そんな視線を受ける明夜はどこ吹く風といった感じで、視線を受け止め堂々とまるで女優の様に立っていた。


「さて、キミ。私は初めてここに来たし、エスコートをお願いさせてもらうよ?」


「任せな。じゃあ早速服を買いに行こう。」


「ウィンドショッピングかい?確かにデートの定番だ。」


 二人はショッピングモール内を歩きいくつかの洋服屋を見て、気になった一つのお店に入る。そのお店は落ち着いた色合いが多く、大人向けといったような雰囲気を出していた。

 季節が冬という事もあり、厚手の洋服が多かったがその中でも一つ。薄暮のような色合いに金糸でいくつかの星座が入れられたパーカーが夜那の目に入る。


「これ、良いな。」


「キミはこういうのが好きなのかい。」


「こんな感じの色合いと星に弱くてな。その通りだよ明夜。」


「手に取って眺めていても、それはキミの物にはならないよ?」


「それはわかってるんだが値段がな…少し手を出すには高いから、迷ってる。」


「ふむ、そうか。」


 明夜は服を手に取り悩む夜那を目じりに、夜那にばれないようそっと離れ片手を持ち上げ店員を呼ぶ。

 そそそと近寄ってきた店員に明夜は財布から取り出した黒色のカードを渡し、夜那の隣へ戻る。

 少しして店員は会計を済ませ、明夜にカードを返却する。その近寄ってくる店員に気が付いた夜那が、受け渡しされるカードを見てやられた…と明夜を見る。

 夜那に目を向けられた明夜は、してやったりと笑みを浮かべ。カードを財布にしまい込む。


「キミにはいろいろとお世話になっているからね、ほんの少しだけれど恩返しさ。それにもう会計は済ませてしまったし、カードだから返品は手間だからやりたくないなぁ。」


「ぐぐぐ、そんなに言われたらおとなしく受け取るしかないじゃん。」


「ふふふ」


 ガックシと肩を落とす夜那を見て、笑みを深める明夜。

 夜那は包装をしようと服を受け取るために待機していた店員に断り、そのままパーカーを羽織る。


「そのパーカー、似合っているよ。」


「ありがとうさん。」


 パーカーを買った二人は店を出てまたふらりふらりとショッピングモールを歩く。ほかにもいくつかの店を冷やかし、お昼時に成ったらショッピングモールにあるお店でご飯を食べ。また少しふらついて夕方ごろ、家に帰る。


「今日はなかなか楽しかったよ。」


「俺も、だれかと買い物に行ってこんなに楽しかったのは初めてだ。それと夕食だけど、ここから歩いていける範囲に美味しいいフランス料理店があって。少し休んでから、そこに行こうと思ってる。」


「フランス料理か、それも料理上手なキミが褒めるほどのお店。楽しみにしておくよ。」


 二人は家にパーカーなどの荷物を置き、少しまったりとしてから。改めて外に出る準備を整え、家から出る。

 二人が家を出るとひらりひらりと、雪が舞い始めていた。


 しばらく歩き、店に付いた二人は。席へ案内され、食事が来るのを待ち始める。

 その間に夜那がごそごそとカバンを漁り一つ、真っ白な箱を取り出す。


「はい、明夜プレゼント。」


「一体いつの間に買ったんだい?ありがとう。」


「どういたしまして。早速開けてみてくれ、多分気に入ってくれるはずだ。」


 明夜は言われるがままに包装をはがし、箱をパカリと開く。その中には一本の白いネクタイが入っていた。

 柄は昼頃明夜が夜那にプレゼントとして渡したパーカーの様に、金糸で星座が入れられているものだった。

 それを見て明夜は嬉しそうに口角を上げ、わくわくとした表情で持ち上げる。


「いいね、うん。すごく素敵だと思うよ。」


「お気に召したようで何よりだ。目を盗んで買ってサプライズしたかいがある。」


「今つけてみてもいいかい?」


「もちろん。」


 明夜は返事を聞くや否や、さっと今つけているネクタイを外し。プレゼントされたネクタイを首に巻き付ける。

 巻きつけると夜那にスマホを渡し、ネクタイ部分の写真を撮影してもらい。自分でどうなっているかを確認する明夜。


「どうかな?」


「イメージしてた以上にばっちり似合ってる。より美しく、素敵になった。」


 そのまま二人ともにこにこと笑いながら、終始楽しげな雰囲気で料理を楽しみ。お腹がいっぱいになって店を出る。


 お店を出た外は雪も地面に積もり、日も完全に沈んで二人が出会った時の様子を思い出させる風景になっていた。

 しゃくしゃくと雪を踏みしめながら歩く二人。その雰囲気は穏やかで、当時の緊迫した雰囲気とはま反対の状況になっていた。


「こうして歩いていると、明夜を見つけた時を思い出す。」


「私はあんまり覚えていないけど、雪が降っていたのは覚えてるよ。」


「コンビニで夜食買った帰りに、血まみれの人が倒れてるもんだから。本当に焦ったよ。」


「その時は迷惑をかけたね。」


「瀕死の明夜を拾って20日くらいか。こうして満ち足りた時間も過ごさせてもらってるし、むしろその位だったらおつりがくるほどだぜ。」


「うーん、私としては。もっと君にいろいろな形で恩返しできたらと思ってるから、この程度で満足してもらっては困るな。」


「おお、そいつは恐ろしい。」


「覚悟していてくれたまえよ?」


「そういえば、個人的にはあまり考えたくはないんだが。明夜、いつごろ俺の家を出る?」


「それは…」


 夜那から問いかけられた問いに思わず明夜は詰まる。

 彼女も夜那と同じように今の関係を、生活を楽しんでおり。終わりを意識の外に追い出していたからだ。

 それでもこの関係はいつか終わりを迎える。明夜の傷は快方へと順調に向かっており、こうして歩けるほどにまでなった。ここまで来たのなら、傷が治るまでとざっくりした期限が切れるまではどのみちあと少しだろう。


「それは…私もあまり考えてなかったな。なにs」


「てめぇ!見つけたぞこのアマぁ!!」


 二人しかいなかった静かな空間に突然怒鳴り声が響く。驚いて声の方向に振り向くと、そこにはいかつい顔をした二人の男が立っていた。

 フードをかぶり、暗くて顔がよく見えないというのに。明らかに激怒しているであろうことが伝わる怒気を身にまとい、道をふさぐように二人並んでいた。


「糞アマが!てめぇのおかげで儂らの組はぼろぼろじゃぁ!」


「死んだと聞いていたがここであったが百年目!今度こそ地獄に送り込んでやらあ!」


 いうが否や、男二人組は背中から長ドスを抜き放ち夜那と明夜に走り迫ってくる。

 その走り寄る二人を見てあっけに取られていた明夜は、我を取り戻し背中とズボンとの間に挟み込んでいたベレッタPX4を抜き構える。


バン!バン!


「ぐおっ!」


 二回銃声が鳴り響き、腹を抑え男が一人倒れ伏す。しかし、もう一人の男はさらに速度を増し明夜に迫る。

 走り込んで間近にまで迫った男は長ドスを腰だめに構え、もはや銃撃が間に合わない明夜に刺突しようとする。


「おらぁ!」


 が、しかし。明夜の横から庇う様に割り込んできた夜那が足を突き出し、男の腹に足を突き刺す。

 足で迎撃された男は、思わず腹を抑えてふらふらと体を折り曲げて下がる。

 夜那は手から力が抜けた男の手首をひねりあげ、素早く長ドスを奪い取ると。左側の肺へえぐり込むように突き刺す。

 突き刺した勢いのまま、右ひざで柄を蹴り上げより深くへ差し込む。


 そして二人の男は息をしない、ただの肉塊へと変貌した。



「なんだこいつら…」


「…ごめん。これは私狙いの連中、危険なことに巻き込んだね。」


「この世の中には死ななきゃ安いって言葉もあるんだ、このくらいなんでもない。それよりこの下移動する?」


「人殺したのに切り替え早くないかい?」


「早くしないと警察きちまう。何か案無いか?」


「キミ一般人のはずだよね?まぁいいや。とりあえず指紋の付いたそのドスは回収だね。で、帰ろうか。そのあとのことは任せて。」


「了解、よっと。よし、帰ろうか。」


 騒ぎを聞きつけて、人が出てくる前に二人は人目に付かないように急いで帰り、部屋に入る。



 部屋に戻ると明夜はスマホを取り出して電話をし始め、夜那はそれを見ながらベットに腰掛ける。

(人を殺したのに、あんまり感情も。何も動かないな。)

 夜那は自分の手を見て、一人襲ってきた男を刺した瞬間を振り返る。


 今日彼は人殺しになった。


「キミ?大丈夫かい?」


 いつの間に電話を終わらせたのか、明夜がベットの近くに寄ってきて。夜那を心配そうに見つめながら声をかける。

 一般人が人を殺す。それはどれだけの衝撃になるかは計り知れないだろう。たとえ兵士であっても、いざ人を目の前にすると引き金を引けないなんてことはよくあることだ。おまけに相手が襲ってきたとはいえ、銃なんかの遠距離からではなくドスで直接刺したのだ。

 明夜は参って当然だろうと考えるし、そんな事態にしてしまったのは自分の責任だと彼女は考える。


「ん、電話終わったのか。」


「ああ、これで私の部下が動くから捜査されることも。大事になることもないから、とりあえずは安心してもらっていいよ。」


「そうか、助かる。」


「それで、手を見つめてぼうっとしていたみたいだけれど大丈夫かい?」


 そう問われ夜那は、上げていた手を下ろし。明夜に向かって少し困ったように笑う。


「ああ、思っていた以上に平気だ。まぁだからこそ少し考えるところがあってな。それも時間が解決してくれるだろうし、ヘーキヘーキ。」


「本当に大丈夫ならいいけれど、無理はだめだからね?」


「おうよ。ダメそうになったらちゃんと相談するさ。」


 人を殺した事よりも、殺した後特に何も感じない己に思うところがあると言葉にする夜那。

 しかし、裏社会の人間でもない夜那が人を殺して本当に何もないのか心配な明夜。だが、本当の心の内を知るすべがない以上。今はこれ以上の心配だと伝える言葉は飲み込み、次の話題に移り気分を変えさせようと試みる。


「せっかくの夜那との初デートなのに、最後に飛んだケチが付いてしまったね。私はとても悲しいよ…」


「まったくだ、あの連中は人のデートを邪魔した報いで馬にけられたに違いない。」


「ふふふ、確かに。蹴った馬はずいぶんと狂暴だったみたいで運がなかったね彼らは。」


「しょうがない、連中はそれだけの事をしたからな。でも…そうだな、また今度二人でやり直しでも同だい?」


「お、その言葉を待っていたんだ。ぜひ、行かせてもらうよ。」


「今度はもっとロマンチックなところにでも連れていくさ。」


「だが、そのデートの前には私はここを出ていかないとね。待ち合わせというのもしてみたいし。」


「せ、青春の波動を感じる単語だ。しかし、そうか。いつ出るか決めたのか明夜。」


「うん、こうして部下を動かした以上あんまり長くゆっくりは出来ないからね。来週のうちには出ようと思うよ。それで、なんだけれど。」


 明夜は楽し気に会話をしていた雰囲気から、一気に真剣な表情へ変わり。場の空気も、和やかな物から静謐。嵐の前の様に大きなことが起きる前兆の様に静まり帰る。

 そんな変化を肌で感じ取り、真剣な明夜に相対する夜那も姿勢を正し。どんな言葉が来てもいいようにと心持を切り替える。

 気持ちを完全に切り替えた夜那を見て、明夜は口を開き。言の葉の続きを口から紡ぎ始める。


「ねぇ、キミ…。もう察しているだろうけれど私は裏社会の人間だ、それもローマを縄張りとするマフィア。今回の様に危険な目に逢うかもしれない。いや、曖昧な言葉はやめよう。確実に命を狙われることがあるだろう。そして、今のような平和な生活に戻るのは困難になるだろう。


 それでも、もし。今まで二人で過ごしたこの20日間を好きになっていてくれて。平凡な日常を飽きて飛び出してしまいたいと感じていたのなら。

 今、この瞬間よりももっと素敵な明日を約束しよう。」


「私と共に来てくれないか?夜那」


 そっと言葉とともに差し出された手。明夜の口から紡がれた言の葉は、今よりももっと良い明日への誘い。

 その手を取った明日はきっと刺激的で、今よりも楽しく。明夜やその周りの人と楽しく在れるであろう、非日常への道。

 そんな明夜の言葉に夜那は――


「それは物凄く素敵なお誘いだ明夜。それに、初めてキミじゃなくて俺の名前を呼んでくれた。今までは、別れることを意識しての壁だったんだろう。それを崩すほどの覚悟確かに受け取った。


 だが、その手を俺は取ることができない。」


 その言葉を聞いて明夜は、悲し気に手を下ろし。ぎゅうっとこぶしを握り締め、夜那を見つめる。


「それは、やっぱり。私がマフィアだからかい?」


「いや、それは違う。今の俺には捨てられないものがあるから、その手を取れない。だから、今回は断らせてもらうだけさ。だから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ明夜。今は決別の場面じゃないんだ。」


 夜那は明夜の固く握りしめられ、白く美しい手が血の気の引いた深い感情の込められた手をそっと添えて立ち上がり。目と目を合わせ、自分の思いを伝える。 

 その言葉を受けた明夜は添えられた手から離し、夜那の頬を両手で触り包む。


「じゃあ…次、考えさせてもらうよ。夜那が思わず手を取りたくなるように、私を見てくれる方法を。例えば、こんな風にね?」


 そのまま、どんどんと顔を近づけ二人は唇を触れさせる。





 そして時間は流れ、明夜が夜那の家を出ていく日になった。空は透き通った蒼い色を視界一杯に広げ、ひんやりと寒い空気を地上に卸している。


「じゃあ本当にいろいろとありがとう夜那。また今度、ちゃんとしたお礼をさせてもらいに来るよ。」


「ああ、その時は連絡をくれ。こっちも出迎える準備をしておく。」


「もちろんさ。下に部下も着いたみたいだし、それじゃ」


「またな、明夜。」



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