1 プロローグ
それは私が幼いころに遡ります。
「お母さん、あれは何してる人?」
幼い私は思わず買い物中の母の袖を引っ張りました。そのときの母は私をどう見ていたのでしょうか。恐らくあまり快く思っていなかったと思います。ですが、母はきちんと答えてくれました。
「あの人たちは商人って言って、いろいろなところを旅して、珍しいモノを買ってくる人よ」
珍しいモノ……。一体どんなものだろう。珍しいっていうくらいだから夜に輝く星とかかな。と思いました。
「……」
「ほら、ついてこないと迷子になるよ」
母は私の手を握って他の屋台に行きました。私に商人をあまり見せたくなかったのでしょう。商人と言う危険が常に付き纏う職業に娘に興味を持ってもらいたくなかったから。そしてその娘の目が輝いていたから。
当時の……いや現在もですが、商人というのはハイリスクハイリターンであると同時にハイリスクローリターンな職業でした。目指す人は大概が一発を狙って参加する人で、ほぼ全員が失敗していました。その中には命を落とす人もいます。なので世間一般、商人を目指すのはよくないという風潮になっていました。ですが、やはり一発を当てた人は生涯安泰といわれる程に稼ぐことができ、羨望の眼差しを浴びる職業でもありました。
それはもちろん私も知っていましたし、普通の人はならないというと思っていました。私の家系は代々女性が魔法を使うことができました。その魔法で人を助けるために代々調合所を営んでおり、私は母のあとを継ぐことを期待されていました。母はもちろんのこと、私も魔法を使うことができました。そして私は薬を調合するための教育などを受けていました。
毎日薬を調合するための勉強も楽しかったですが、私の中では沸々と商人になりたいという思いが沸き上がっていたのでした。
そしてそんなある日。私は決心しました。商人になってみせると。決定打はやはり授業でしょうか。世界のいろいろな薬のつくり方を学び、それが文化として使われているところを見てみたいと思ったのです。当然、私がこれを打ち明けると両親は苦い顔をしました。そのことは私も予想できていました。なので私は「これはより良い調合者となるための修行」「身を護るための魔法も勉強すること」「いろんな景色を見てみたいこと」と付け足しました。両親は「しょうがないな」と言いました。「今の学校で優秀な成績、つまり評定がすべて4.5以上なら修行に出ても良い」と私が商人になることを認めてくれたのです。
あの日のことは今でも鮮明に思い出せることができます。あの時は本当にワクワクしました。そしてあの十二歳の時の夢は六年のときを経て、もうすぐ夢から現実になります。
「辛くなったらいつでも帰ってきてもいいのよ」
「……グスン」
父は泣き崩れていました。心配するのは分かりますが、そこまで泣かれると私が心配してしまいます。門出は笑顔で行きたいものです。私は父と母にハグをしました。両親への門出のあいさつです。
「お父さん、お母さん。この私、エルサ・シャルルはより良い調合師になるために修行にでます。行ってきます」
両親にそう宣言すると父は泣き崩れ、母は頑張るのよ、と言ってくれました。
「行ってきます!」
私は感謝の念とこれからの期待を込めた威勢のいい声で言うと、調合師の修行への一歩を踏み出したのです。